火龍に会いに行きます③
魔物が少ない時期は通行されているとあって、馬車が通れるくらいの道幅で木々が伐採され、それなりに整備されている。
と言っても所々木の枝が横から伸びてきており、普通なら問題ないのだろうが馬の上でこの速度となると……。
「あぶなっ!」
頭スレスレを通過していく尖った枝。
基本的にはハバキ様の動きに合わせて俺も避ければ当たらないのだが、それでも一瞬反応が遅れるので毎回ギリギリで冷や汗が出る。
こんな暗い森で良く前が見えるものだ、感心する。
時折魔物が行く手を阻むように現れるが、襲い掛かろうとした瞬間に腕を斬り飛ばしたり、大型が道を塞いでいれば僅かな隙間を通り抜けたりと、とにかく速度を緩めるという事はしない。
常に剣を構えているので片手で馬を操っている訳だが、よくもそんな芸当を易々とこなすものだ。
しかしハバキ様の弱点、虫系が現れるとその動きの精密性があからさまに下がる。
そんなに避けなくても……、と俺でも思うほど大きく距離を取って駆け抜けるし、中央付近にでも中型が居れば、木にぶつかるんじゃないかとハラハラするほど端に寄せ始める。剣を向ける気すらないらしい。
「ついてきてないか!?」
そして必ずこう言う。
俺が後ろを確認して追って来る気配が無い事を伝えると、「了解だ」とでも言わんばかりに、鎧の腰部分の留め具を掴んでいる俺の手を軽く叩く。
そうやって森を走り続け、左右の木々が少しずつその数を減らし始めた頃、ハバキ様が剣を鞘に収めた。
「もうすぐ抜ける! 速度を上げるぞ!」
そう言いながら俺の手を掴み、腰に回させる。
しっかり捕まってろという意味だろう、俺も念の為抜いておいた短剣を鞘に収め、ハバキ様の腹の前で自分の腕を掴む。
ハバキ様は今までのように俺の腕をポンと叩くと前掲姿勢になり、馬の腹を脚で押す。
馬は速度を上げ、視界の木々は更に減り、森の終わりが確認できる。
聞かされていた程魔物が多かったようには思えないが、運が良かったのか?
後はこのまま森を抜けるだけだと思ったその時、突然森の終わりに何かの影が現れた。
「っ!」
ハバキ様がもう一度剣を抜く。
悪いが俺は振り落とされそうなのでその余裕は無い、虫系でない事だけを祈る。
馬の速度は緩まず、その影に向かって突き進む。
結果から言えば、影とすれ違いはしたものの、大きな被害は出なかった。
馬が速すぎたのと、向こうが月明りを背にしていた事もあり全く見えなかったが、魔物ではなく人だろうという事だけはわかった。
「あの速度でこんな事ができるのだろうか……。」
刀身の根元から先を失った剣を眺め、ハバキ様は呟く。
「何があったんですか?」
小さな被害の方を詳しく聞こうと尋ねる。
「確認はできなかったが、あれは人だ。種族まではわからないが……。」
「攻撃したんですか?」
「いや、逆光で視認が困難ではあったが、両手を大きく動かしていたから人だろうという事はわかった……。ただし、それが悪意のある者であるおそれは捨てられない。」
「そうですね。」
「何かあればすぐに対処できるように剣を構え、集中していたのだが……。」
「いたのだが?」
「何もしてこなかった。……いや、来なかった筈だ。」
「でも気がついてみれば剣が真っ二つって事ですか?」
「そうだ、何をされたのか全くわからない。こんな事は初めてだ……。」
「戻って確かめてみますか?」
「いや、やめておこう、貴公を山まで連れて行くのが先だ。どうせ帰りに通るのだし、その時に確かめるとしよう。」
独りだと危険じゃないか? 武器も失った訳だし。
「その……、迂回して領主館に戻った方が……。」
「いや、こんな事が出来る者が私達に敵意を向けていたのだとしたら、すでに私はここにいないだろう。命を取る気はないのだと思う。」
「でも剣は斬られた訳でしょう?」
それを聞いてもう一度、持ち手だけになった剣を見つめるハバキ様。
「向こうの立場になって考えてみれば、まるで私達が襲おうとしていたようにも見えるのではないかな。」
言われてみれば。
剣を構えて鎧を着た何かが、超高速で森の中から自分に向かってくるんだ、どちらかと言えばこちらが誤解される側か。
しかしあれが万が一盗賊だったり……、なんてことも無い訳じゃ無いだろうし、警戒はしておくに越したことはないだろう。
「じゃあ、これ貸しておきます。封鎖されたところまで行けば魔物は出ないんでしょう?」
そう言って俺は短剣を差し出す。
「確かに魔物は出ないが……、しかし……。」
「いいんですよ、ここまで連れて来てもらいましたし。俺達友達なんでしょ?」
「ふっ、成程そう来たか……。確かに、友の善意を断る訳にもいかないな。」
「あげる訳じゃありませんからね? 貸すんですからね?」
「わかっている、返す為に生きて戻れと言いたいのだろう? 私の無事を祈ってくれているのは嬉しいが、いつもそんな回りくどい言い回しをしているのか貴公は?」
「馬で送るって言えばいいのに狩りに出る、なんて茶番をする人に言われたくありませんね。」
「ふふ……、ふははははは……! それもそうだな! では私からも一つ。」
「何でしょうか?」
「友人に【様】はおかしいだろう? 敬語もやめてくれ。」
「あー……、そうだな、そうするよハバキ。……これでいいか?」
「うむ、改めてよろしく頼むアレン、これは有難く借りておく。」
ハバキは俺の手から短剣を受け取る。
馬は領主館を出発した時と同じ速さで山を目指す。




