火龍に会いに行きます②
ローランは食料を探しに館に戻ってすぐにハバキ様と出くわしたみたいだ。
俺が泊まるつもりは無くすぐに出発すると聞き、食事を用意したら馬を連れて来るようにローランに指示して、すぐに執務室へ走り鎧を着て俺の前に現れたらしい。
「勿論助かるんですけど、いいんですか領主館の方は。」
ローランが包んでくれたパンを齧りながら尋ねる。
「貴公を山の麓まで送ったらすぐに戻る。明日に影響が及ぶことはないから大丈夫だ。」
徒歩のココノエさんが半日ちょっとで往復出来る距離だし、この馬の速さなら確かにそうだな。
「でも寝る時間があまり無くなるんじゃないですか?」
「帰りは全速を出すから問題ない、誤差だ。」
驚いた、とんでもない早さで景色が流れていくんでてっきり全力だと思っていたが、この速さでまだ最高速じゃないのか。
感触で俺が乗りなれてない事を悟って、振り落とされないように抑えてくれているのかな。
その後もハバキ様の馬は、速度を上げる事も下げる事もなく走り続けた。
ハバキ様の技術が凄いのか馬が凄いのかは俺にはわからない。
きっとそのどちらもなんだろう。
「その鎧も格好良いからとかじゃないですよね?」
「西の山の手前にある森はこの時期になると魔物が出るのだ、山の毒から逃げて来るからな。迂回して通らないようにするのが普通だが。」
「普通だが、って事は?」
「突っ切るぞ。」
やっぱりか……。
信用してない訳じゃないが、万が一があれば俺にも責任が……。
「馬上の私は強い、心配は無用だ。」
俺が何も言えないでいる事で察したのか、安心させようとしてくれているのはわかる。
まあハバキ様は見栄や虚勢でこんなことを言う人じゃないしな。
「お任せします、ハバキ様もパン食べますか?」
「いや要らぬ、そんな不躾な人間だと思われていたのか私は。しかもそれは領主館にあった只のパンだろう?」
「ローランが作った甘い何かが挟んでありますよ、何かは知りませんが美味いです。」
「……す、少しだけいただいてもいいだろうか……。」
可愛い。
ちゃんとハバキ様の分も用意されてるんだよ、少しなんて言わなくてもさ。
俺はもう一つのパンをハバキ様の腹に手を回して渡してやる。
「それ心配しなくてもハバキ様の為にローランが入れてくれたみたいですよ。」
「そ、そうか、ありがたいな。ではローランに感謝していただこう。」
「この挟んであるのって何でしょうね?」
「うむ、これは甘くて美味い、しかし何かはわからないな。」
「卵っぽいんですけどね。」
「しかしジャムのようでもあるな。」
「暗くて良く見えないし皆目見当が付きませんね、美味いけど。」
「私が言っても作ってくれないのに、貴公が言えばすぐに作るのだな……。」
「それはまあ、一応俺は使用人として雇ってますからね、その違いじゃないですか?」
「それだけではなさそうだが……。」
結局甘い何かの正体はわからなかったが、きっとまたそのうち作ってくれるだろう。
しばらく馬は走り続け、やがて大きな森が見える湖の前で止まった。
これから森に入るので少し休憩を取るらしい。
「貴公も馬の背に随分慣れた頃だろうと思う。」
「そうですね、自分で操れるとは思いませんけど。」
「そういう意味ではない、森に入るとこれまでのような平坦な道ではなくなるのでな。」
ああ、酔ったり振り落とされたりには気を付けろって事か。
「いざとなればハバキ様にしがみついてしまうかもしれませんので、先に謝っておきます。」
ランタンに照らされたハバキ様が微笑んで言う。
「落馬されるよりはマシだからそれは構わないのだが……、それよりも心配な事が一つある。」
「なんでしょうか?」
後ろで吐かないでくれとかかな、そっちはあんまり自信ないな。
「大型との戦闘は基本的には問題ない、切り伏せるか駆け抜けるかの判断は私が行う。」
ふむふむ。
まああの馬なら戦闘を回避しながら進む事も可能なんだろう。
「問題は小型の方だ、特にその……、翅が生えたタイプの……。」
「厄介なんですか? 数が凄いとか?」
まさか怖いなんて言い出さないとは思うが。
「いや、その……、……ゎいんだ……。」
良く聞こえなかった。
「すいません、もう一回お願いします。」
「怖いんだ……、虫……。」
まさかだったか……。
「だ、だからな、もし後ろから飛行速度が速い奴が現れたら……、その、頼む……。」
確かに小型の虫系には速い奴も居るけど……。
いや、まあいいか、ハバキ様の弱点が意外と可愛かったってだけの話だ。
「わかりました、こいつで落とせたらいいんですけど。」
何となく短剣を抜いて確認する。
滅多に使わないから滅多に手入れをしないのだが、取り敢えず腐食や刃こぼれは見当たらない。
「ふむ、それはかなり良い物だな。」
「ランタンの灯りだけでわかるんですか?」
「馬鹿にするな。」
そう言いながらハバキ様は、俺に短剣を寄越せと言わんばかりに手を出す。
鞘に仕舞ってからハバキ様の方へ。
「やはり。これはその辺の武具屋で手に入るようなものではないな?」
「そうですね、シヴが持ってる剣を作った人が、ついでにって打ってくれました。」
「あの巨大な剣か、あんなものシヴ殿にしか使えないだろう。しかも片手で操るのだそうだな。」
いや、今はシヴが持ってるけど本来の持ち主は違うんだよな。
まあややこしくなるから伏せておくか。
「そうですね、あと一人くらいは探せば居ると思いますが。」
「剣聖様の事だな。」
違うけど。
短剣を返してもらうと、丁度水を飲み終えた馬がハバキ様に甘え始めた。
「もういいのか?」
馬は瞳を閉じて顔をハバキ様に擦り付ける。
「よし、では行くとしよう、さっきの件だが、よろしく頼んだ。」
……さっきの件?
ああ、虫は追っ払ってねってやつか。
「出来るだけ頑張ります。」
出来る事は勿論するけど、絶対しますとも言い切れないからな、馬の上で剣振るの初めてだし。
先に跨ったハバキ様の手を掴んで、引き上げて貰う。
ハバキ様は腰の剣を抜いて切っ先で森を指す。
「このまま一直線だ……、行くぞ!」
そう言ってハバキ様が手綱をパンッ! と鳴らすと、馬はあっと言う間に森の中へ。
さっきまでより間違いなく速い。
正直言ってこの速度で森の中は、魔物云々以前に怖すぎるんだが……。
疾風のキリコの見ている世界は、俺の想像より遥かに凄かったみたいだな……。




