紅茶を手に入れます②
俺達がナギと話した所は待合室のような場所だと思うから、奥の部屋というのは診察室なのだろう。
ローランに少し待っていて欲しいと言われたので、椅子に腰掛けて待つ。
ナギはカウンターで何かの資料を読んでは別の紙にメモを取っている。
しばらくすると診察室の扉が開き、機嫌の悪そうなローランが顔だけを覗かせた。
「お待たせしました、どうぞ。」
「うん。」
立ち上がって診察室へ向かう。
ローランが扉を大きく開いてくれたので中を見ると、椅子に座って咥え煙草、脚と腕を組んで踏ん反り返っている白衣の女性が目に入る。
髪は赤く、結んではいるがボサボサで、目付きの鋭いこの女性がレイラさんだろうか。
「何か用か?」
彼女の最初の台詞はそれだった。
「レイラ! 失礼は許さないって言ったでしょ!」
やはりレイラさんで間違いなさそうだ。
「別に失礼なんてしてないだろ、いいから早く入って閉めなよ。」
俺に言ってるのか。
「ああすいません、失礼します。」
言われた通り室内に入って、後ろ手で扉を閉める。
「こちらがレイラです、ご覧の通りでして……。」
「いや、いいよ気にしなくて。初めましてレイラさん。」
レイラさんは煙草の灰を落としながら、表情を変えずにこちらを見ながら言う。
「さん付けなんか気持ちわりーからやめてくれよ、あんたがジジイをあんな状態にしたシヴって奴か?」
う、怒ってるなこれは……。
当然か、ココノエさんを治してやるからって医者になったんだもんな……。
「い、いや、俺はアレンって名前で、でもシヴは俺の身内なので、そこはほんと申し訳なく……。」
と、しどろもどろになっているとレイラさんが大笑いし始めた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、ジジイの自業自得だから謝んなくていいって! あと敬語もやめろよ鬱陶しいからさ。」
何だ、怒ってないのか。
「レイラ! お願いだから失礼のないように!」
「うるせーな私の勝手だろそんなもん、ここ私の家だぞ。」
「アレン様申し訳ございません! だから会わせたくなかったのに……。」
ローランが焦っている、珍しい。
「いや、気にしてないから大丈夫だって。えーっと、レイラ、突然邪魔してすまない。」
「いいね、飲み込みの早い男は好きだよ。まああんたひょろいし顔も好みじゃねーけど。」
そう言ってレイラは煙草を消した。
「うう、申し訳ありません、申し訳ありません……。」
ローランはずっと頭を下げている。
「だからいいって、謝らなくて大丈夫だから。」
優しく肩を叩くとローランは顔を上げたが、この世の終わりのような表情をしていたので申し訳ないが少し引いてしまった。
「で、アレンだっけ? あんた何しにここに? ジジイのお見舞い?」
「お見舞いとはちょっと違うかな、実はココノエさんの持っている紅茶を少し貰えないかと思って。」
「あ~、ボコボコにした上で持ち物まで寄越せって? 見掛けに寄らず悪い奴だねあんた。」
「いや、そういうつもりじゃ……。でもそうは言っても先に仕掛けて来たのはココノエさんだって聞いてるんだけど……。」
「わかってるってじょーだんだよ、じょーだん。ジジイなら奥の部屋で寝てるよ、まああんたに手出しはしないと思うね、どのみちトイレも一人で行けねーから。」
そう言ってレイラは霧吹きで何かを俺に吹きかける。
「うわ、何だこれ!」
「消毒だよ、ジジイは馬鹿だからそれなりに元気だけど、一応重症だからね。」
ああ、なるほど。
って先に言ってくれよそういうのは……。
レイラを先頭に俺達はココノエさんの病室へ向かう。
診察室の奥の扉を開けて廊下を進み、一番奥の個室へ案内された。
「ジジイ、入るぞ。」
レイラはノックもせずにココノエさんの部屋へ入る。
俺達もそれに続いた。
ベッドの上には品のいい老人、ココノエさんがいて、顔だけこちらに向けている。
「起き上がらせるわけにもいかないからさ、このままで話してもらっていいかい?」
レイラにそう言われ、俺は頷いた。
「意識がある状態では初めましてですね、アレンです。」
「ああ、ハバキ様から話は聞いている、迷惑をかけた。」
「いえ、迷惑という程の迷惑はかかっていません。ココノエさんから仕掛けて来たという話ですので、謝罪する気もありません。」
「当然だ、そちらが謝る必要はない。敗者への皮肉として上々だがね。」
さっきレイラが怖かったから謝ったのは内緒にしておこう。
「私には関係のない話みてーだからさ、戻らせてもらっていいか?」
レイラがつまらなそうにそう言うので、ローランの顔を見て頷く。
「畏まりました。レイラ、行きましょう。」
「は? 別にローランはここにいていいんだけど?」
「レイラに話があるからいいの、いいから来なさい。」
ローランはレイラを引き摺って部屋を出て行く。
「私の娘達がうるさくてすまない。」
「なんとも思ってません、むしろローランには世話になってます、まだ3日ですけど。」
「なるほど。で、用件は何かね?」
「実は、火龍に会いに行くつもりでして。」
「この時期はやめておきたまえ、サツマタケの毒で魔物すら寄り付かない。」
「それは聞いてます、でも俺は毒じゃ死なないので大丈夫です。」
「いや、確かに毒から生き延びた者は以前見た事があるが、君が身体強化の薬を飲んでいたとしても龍の穴まで行くのは無理だよ、長時間になるからね。」
何と勘違いしているんだろう。
「噂は聞いた事ありましたけど、身体強化の薬ってそんな効果もあるんですね、知りませんでした。」
「違うのかね?」
「違います、単純に不死ってだけです俺が。」
「…………。」
ココノエさんは黙ってしまった。
まあ突然こんな事言われても信じないか。
「普通なら口から出まかせを言っているだけの愚か者だ、と思う所だが……。あの男の理不尽な強さを見た後だ、簡単に嘘だと決めつける訳にもいかなそうだな。」
お、信じてくれるのか。
シヴのおかげ……、になるのかな?
「それで、君の話を信じるとして、今の私には案内はできないのだが。」
「案内が欲しい訳じゃないんです、勿論近道とか知ってるんなら教えて欲しいんですけど。」
「いや、すまないが私も普通の登山道を使っている。この時期はその途中、サツマタケの毒が届かない所で封鎖されているのだが、そこから少し入って採取をしているのだ。」
近道は無しか、まあ元々そこにあまり期待はしてないからいい。
「わかりました、ありがとうございます。ここからが本題というか、お願いなんですけど。」
「ふむ。」
「どうも火龍は紅茶が好きらしいんです、火龍に会いに行くのに手土産もないのは失礼かなって思いまして。」
「なるほど。紅茶を私に用立てしろという訳か。」
話が早いな。
「そうなんです、ココノエさんが珍しい紅茶を沢山持ってるってローランに聞いたので、図々しいのはわかってるんですけど、出来れば譲ってもらえないかなって。」
ココノエさんは目を閉じて考え事をしている。
シヴの身内だしあげたくないのはわかるんだけど。
「構わないよ。」
「本当ですか!? 助かります。」
「ただし条件がある。」
なんだ、シヴを連れてこいとか言うのか?
「火龍にもし君が出会えたのなら、奇病の事について聞いてきてもらいたいのだ。」
エヌの事か、言われなくてもそのつもりだったから好都合だ。
「その件は知っています、今日エヌに会いました。」
「ほう、偶然かね?」
「いえ、ローランに薬屋を聞いたら地図を渡されて……。」
「ふ、なるほど……、ローランから大層気に入られているようだな君は。しかしそういう事なら話は早い、ローランに紅茶の場所を教えるので呼んでもらえると助かるのだが。」
「わかりました、ありがとうございます。」
思ったより話しやすくていい人だったなココノエさん。
俺はお辞儀をして部屋の扉を開ける。
丁度向こうからローランが来ていたので、説明して交代しようとした。
「アレン様は入られないので?」
「うん、俺はレイラさんに話があるから。」
そうローランに言うと表情が引きつって固まったが、無理やり押し込んで扉を閉める。
診察室まで戻り、煙草を吸いながら何か書き物をしているレイラさんの向かいに座った。
「話は終わったのかい?」
「ああ、無事終わった。」
「あっそ。」
「それで、ココノエさんに一つ頼まれごとをしたんだ。」
「へー、何でも自分でやるあのジジイがねえ、珍しい事もあるもんだ。」
「エヌの事なんだ。」
レイラはペンを置いて俺を見る。
「何て?」
「エヌの事だよ、俺はエヌに会っているんだ今日。勿論あの顔の事も知ってる。」
「ちっ、どうせローランだろ。」
「そうだ、エヌに会うよう差し向けたのはローランで間違いない。」
「で? あんたはあれが何かわかるっつーの?」
「いや、俺にもわからない。150歳のエルフにも聞いてみたが、心当たりはないらしい。」
「ふん、だろうね。あたしもあの気持ち悪いできもんにゃ手を焼いてんだ。」
本当だ、レイラは気持ち悪いって普通に言うんだな。
「で、龍なら何か知ってるんじゃないか確かめて来て欲しいというお願いだ。」
「なるほどね、そりゃ私からも頼むよ。無理やり引っぺがしてみた事はあるんだけどね、何日かすりゃあすぐまた生えてくんだよあのクソ。」
「エヌの命にはかかわらないと聞いたんだが。」
「そりゃあくまで今のとこだよ、色々調べてみたけど今はあの子の身体に影響は一切出てないってだけ。あのクソの正体がわからない事には、今後どうなるのかは予想もつかないね。」
そういう事か。
どちらにせよ急ぐに越したことはないんだな。
「そっか、わかった。もしかしたら呪いとか魔法の類かもしれないって話は聞いてるか?」
「当たり前だろ、私は主治医だぞ。その辺はジジイが色々調べたけどさ、似たような話がいくつか見つかるだけで、これだっ! ってやつにはまだぶち当たってないねえ。」
「そっか、その方面でも心当たりがあるんだ。あまり気は向かないんだけど、火龍が駄目ならそっちに聞きに行くつもりなんだ。」
「へー、そいつはいいや。あんた意外と顔が広いんだね。」
「まあね、でもそこが駄目だったら俺にはもう打つ手がない。」
「構わないよ、出来る事を全力でしてくれるんなら結果に文句なんか言わないさ。で、あんたの知り合いの魔法使い様ってのは偉いのかい?」
「魔法使いじゃないんだ、実は……」
「アレン様、戻りました! レイラは失礼をしておりませんか!?」
言い掛けたところで扉を勢いよく開けてローランが入って来た。
「おかえりローラン、紅茶の場所はわかったか?」
「ええ、いくつか候補を聞いてまいりました。」
「助かるよ。」
「あー、用事が済んだんならもういいだろ、私はこう見えて忙しーんだ。」
レイラは書き物に戻る。
ローランが居ると刺々しさが増すような気がするな。
「わかった、ありがとうレイラ、邪魔したね。」
「いいからさっきの件、ちゃんとやんなよ?」
「うん、約束するよ。」
レイラはこっちを全く見てないが、一応会釈をして診察室を出る。
待合室に出ると、ナギがニコニコとこちらを見ている。
「どうしたのナギ?」
ローランがナギに尋ねると、ナギは髪を結び直しながらゆっくりと答えた。
「ローランちゃんが来ると~、レイラちゃんが~、何だか嬉しそうなの~。」
全然そうは見えなかったけど。




