メイドアサシンのファン②
「で、あれは何だ?」
マスターが紅茶のおかわりをくれたので口を付けながらローランに聞く。
「あの方は以前うちで働いていたのですが、勤務態度が酷いせいでクレームばかりでしてね。解雇致しました。」
でも特にそれを恨んでるって感じでもなかったけどな。
「ローランのファンなのか?」
「さあどうでしょう。トールさんと似たような性質ですが、トールさんのような純粋さは持ち合わせておりませんから、少なくとも私の方は嫌いです。」
「そっか。」
マスターを見ると先程と変わらずグラスを磨いている。
俺の視線に気付いて口を開いた。
「ローランさんに会う為にいつも来られますよ。仕事前のローランさんはピリピリとしていますので、終わるのを待っているようですねえ。」
「ご迷惑おかけしております……。」
何故かローランが謝る。
「いいえ、おかげ様で回数だけならうちで一番の常連ですよ。」
マスターはニヤリと口角を上げる。
そんなに来てるのかあいつ、よっぽどローランの事が好きなんだな。
「顔を覚えたとか言ってたけど、報復に来たりしないかな?」
「来るでしょうね。」
え。
「そんなあっさりと……。」
「大丈夫ですよ、弱いですから。それより先を急ぎましょう、商会の方は終わらせてきました。」
「早いな、じゃあマスター、これ。」
支払いを済ませて外に出る。
確かに美味しい紅茶だったな、今度キイにも教えてやろう。
ローランに連れられ今度は噴水広場から北へ、元々こっちに商会があって、今は馬を置いているという話だったな。
この町の住人になる為の手続きをしに一度来た役所の前。ここでローランを初めて見たんだったな。
そういえばあの時はここで馬車に乗って……。
「来ましたよ。」
そう言われてローランが見ている方を向くと、あの時の馬車がこちらに向かって来ているのが見えた。
「てっきりトールさんのとこに置いてある馬で行くのかと思ってたよ。」
「あれはよほど急ぐ時か馬車に乗れない時だけです。どうしてもアレン様が私の背に密着したいと言うのなら融通しますが?」
「うん、そういうつもりじゃないから忘れて。」
「恋人なのですから遠慮しなくても構いませんのに。」
「からかうなって。お、来た来た。」
俺達の目の前に停まる馬車。
御者とローランが話をしている、多分俺が急遽乗る事になったから説明しているのだろう。
「お待たせしました、奥にお乗りください。」
ローランに促されて先に馬車に乗りこむ。
外は高級感あるなって初日から思ってたけど、中も豪華な作りだな……。
「どうかしましたか?」
「ん? うん、ハバキ様はあまり贅沢な暮らしをしていない、ってトビーが言ってたから意外だなって思って。」
「ああ、この馬車の事ですか。」
「そうそう、作りもしっかりしてるし装飾とかも凄く高そうだな。」
別に本心で思ってる訳じゃないけど、ちょっと嫌味っぽい言い方になってしまった。
「これは陛下からの賜り物なんですよ。騎士の頃より遥かに忙しくなってしまわれたハバキ様へ、せめて移動の間くらいは休息が取れるように、と。」
なるほど、トビーもいいとこあるじゃないか。
「その心を知らずに、移動中でも仕事が出来るとハバキ様が喜んでしまわれたものですから、陛下が少し寂しそうにしていたのを覚えています。」
ははは、ハバキ様は真面目で熱心だな。
「ところで、どのくらいで領主館にはつくんだ?」
「夕陽が落ちきる前には着きますよ、大きく離れてはおりません。」
領主館は町から少し離れた所にあるらしい。
ハバキ様が治めている領土には、俺達の住んでいる町の他にもいくつか町や村があるのだが、どの町にも特別な肩入れをしないようにあえて離れた所に建てたんだそうだ。
「レイラさんもそこにいるのか?」
「レイラは領主館の庭の端に住んでいますよ。師匠も今はそこで療養中なので会う事になるでしょう。礼儀も作法もないのであまり会わせたくはありませんが……。」
「そっか。」
俺はむしろエヌの件で興味が湧いてるんだが。
「で、さっきの奴なんだけど。」
「さっきの奴?」
「うん、あのローランのファンが報復に来るかもって話。」
「ああ、本当に大丈夫ですよ、だってレイラに負けたくらいですもの。」
「どういうこと?」
詳しく話を聞くと、あの男がトールさんの所で契約していた時、その派遣先の一つにレイラさんの診療所があったらしい。
仕事内容は書類や薬品の整理、器具や患者の部屋の清掃等、ようは雑用だな。
各派遣先でクレームを貰ってくるので、ローランがさっさと解雇しろとトールさんに言ってもトールさんは持ち前の優しさをフルに発揮させて庇っていたそうだ。
身内ならまだ何とか評判を落とさずに済むかもしれない、と嫌々送り出したのが丁度人出が足りなくて困っていたレイラさんの所で、そこでレイラさんと大喧嘩、一方的に殴られて逃げ出した。という事らしい。
レイラさんは烈火の如く怒って怒鳴り込んできたが、すぐに他の優秀な人材で穴埋めをして事なきを得たようだ。
「それってレイラさんが強いって話じゃないよな?」
女性に殴られて逃げ出すなんて、とも思えるが、戦場で輝く女性は何人も見て来たからその線は捨てきれない。
「レイラは腕立て伏せを10回もすれば、翌日ベッドから出てこなくなります。そのくらいです。」
あ、そう。
そりゃアサシンの修行なんかやりたがらない訳だわ。
「その頃からずっとローランに付きまとってたのか?」
「ええ、と言っても私は様々なお屋敷で働いておりましたから、殆ど顔を合わせる事は無かったのですけど。酷くなったのは解雇してからですね、他にやる事もないのでしょう。」
「にしても、突然恋人ですってのは……。」
「不快だったのでしたら申し訳ありません、いい加減面倒だったもので……。」
「いいよ別に、あいつの前では恋人って事にしとこう。」
「ふふ、じゃああの方にも価値が生まれますね。」
「どういう意味だ?」
「いいえ、なんでも。」
まあ、取り敢えずか弱い女性に勝てないような奴なら確かに心配は要らなそうだな。




