朝食を食べます
翌朝、部屋に差し込む朝日で目が覚めた。
ローランが朝食の支度をしてくれているんだろう、いい匂いがする。
本館の食堂じゃなくてこっちで食べようって決めたんだったなそういえば。
階段を降りて例のトビーが挟まった部屋の扉を開けると、ローランが居た。
「おはようございますアレン様。」
「おはようローラン、早いね。」
「メイドですから。それより先程、ギルドマスター様がコゲパン様を連れて参られましたよ。」
「コゲパンさんはどうしたの?」
「眠らせてシヴ様の部屋の前に置いておきましたけど。」
「あ、ああ、そう。」
眠らせて……って。
昨日の吹き矢を持ったローランが思い浮かぶ。
「ナインハルトは?」
「朝食をお誘いしたのですけど、仕事があるからと帰られました。」
「そっか。」
テーブルについて出された紅茶を飲む。
窓は開けられ、心地良い風が入ってくる。
「先に召し上がられますか?」
「いや、シヴはわからないけどキイはそろそろ来ると思う、いつも早いから多分もう起きてはいるんじゃないかな。」
「畏まりました。」
そう言うとローランはテーブルの中央にパンの盛られた皿を置いて、壁際に立ってお腹の前で手を重ねた。
「どうした?」
「何がでしょうか?」
「いや、座らないのか?」
「座りませんよ?」
「なんで?」
「メイドですから。」
ああ、そう。
仕事モードだと徹底してるんだな。
「まあいいんだけど、ご飯くらいはみんなで食べたほうが美味しいと思うよ。それとももう食べちゃったのか?」
「私は皆様の後で頂きます、お気遣いなく。」
「それだと……」
昔と変わらないじゃないか、そう言い掛けてやめた。
同じじゃない、虐待されてた頃と全然状況は違うのに、俺は馬鹿な事を言おうとしたな。
「大丈夫ですよ、過去の事は忘れましたし、もう吹っ切れていると昨日申し上げたでしょう?」
察してしまったか……、すまないローラン……。
「ほう、良い風が入っておるな。」
少し気まずいと思っていると、いいタイミングでキイが入って来てくれた。
「おはようございますキイ様。」
「おはようキイ。」
「うむ、おはよう。良く眠れたかの?」
「ああ、でもカーテンは買わないとな、朝日で目が覚めた。」
「地下ならそんな事は心配しなくても良いぞ?」
「いや、いい。エルフの文化は尊重するよ。」
「昨日の仕返しかの。」
微笑みながらキイも椅子に腰掛けた。
すぐにローランが紅茶を差し出す。
「すまんのローラン。シヴはまだのようじゃな。」
「ああ、いつもの事だ。」
「そうじゃの、では先にいただくとするのじゃ。」
「そうだな。ローラン、頼む。」
「畏まりました。」
「三人分じゃぞ。」
「冷めると美味しくありませんよ?」
「シヴではなくお主の分に決まっておる、黙って用意するのじゃ。」
「しかし私は……」
「ではお主は今日限りで解雇じゃ、今すぐハバキの元へ帰るがよい。」
「ふふ、キイ様は卑怯な手をお使いですね。」
「アサシンに言われとうない。」
キイは外を見つめたまま紅茶を飲んでそう言った。
何となくこの二人は馬が合いそうな気がするな。
ローランが朝食を取りに厨房へ向かったのと入れ違いでシヴが入ってきた。
コゲパンさんを引き摺ってきたようで、ほんの少しだけ機嫌が悪い。
「なんだよこれ。」
「おはようシヴ。」
「おはよう、朝食の準備は出来ておるみたいじゃぞ。」
「おう、おはようさん。……ってそうじゃねえよ、これはなんだって聞いてんだ。」
シヴは手に持ったコゲパンさんを指差した。
「さあ、なんじゃそれは、誰じゃ。」
キイは見てないんだよなコゲパンさんを。
「俺達が起きる前にナインハルトが持って来たらしい。」
「あの野郎、ここはゴミ捨て場じゃねーんだぞ。」
お前が言うな。
「取り敢えず目が覚めるまで隅っこにでも転がしといたらどうだ?」
「そうだな。しかし驚いたぜ、化けて出やがったのかと……。」
言われた通りにコゲパンさんを部屋の隅に投げ捨てるシヴ。
「変わった名前じゃの、ポンドロチョン程ではないが。」
「ああ、俺達この人の名前知らないんだ、コゲパンさんはあだ名だよ。」
「ナインハルトはなぜ名も知らぬような男をここに連れて来たのじゃ?」
「知らねーよ、あいつに直接聞いてくれ。」
「コゲパン様で間違いございませんよ、本名です。」
ローランが真顔で嘘をつきながら、キッチンワゴンに全員分の朝食を乗せて現れた。
「ちゃんと四人分あるかの?」
「ふふ、はい。シヴ様のお声は聞こえておりましたから。一日でクビになったなんてハバキ様に報告できませんものね。」
「なんだクビって? 粗相でもやらかしちまったのか?」
シヴが話を飲み込めないでいる。
「いえ、こちらの事です。それより今日はこのお屋敷での初の朝食ですからね、少し早起きして張り切ってしまいました。」
こってりとした肉料理は流石にないが、サラダにスープに魚のパイ包みに芋と野菜の炒め物に卵に……。
「多いな!」
「そうなんです、気合い入り過ぎてしまいまして……。」
「いいじゃねーか、朝は食わねえと力出ねえぜ?」
「まあこの二人がおるのじゃから残る事はないじゃろ、頑張ってくれたのじゃから有難くいただくのじゃ。」
「そ、そうだな。文句言ってる訳じゃないんだ、すまない。でもよくこんなに食材あったな。」
「はい、町の外れで行われている朝市で買ってきました。新鮮で安く手に入るので良く足を運ぶんです。」
ローランは説明しながら手際よく料理を並べていく。
そうか、俺達が寝てる間にわざわざ仕入れにまで行ってくれてたのか、これは俺も出来るだけ腹に入れないとな。
ローランもしっかりとテーブルを囲み、俺達と一緒に朝食を食べている。
これでいい。
しかし美味しいな、これも三カ月で覚えたんだとしたらハバキ様が驚愕してたのも頷ける。
「昨日と今日はワシが許す、予算は考えずに作ってくれて良いのじゃ。但し明日以降は予算を組んでおかんとの。」
「そうだな、ずっと好き放題やってく訳にもいかないし。でもどうやって決めればいいんだろうな。」
「まあでもこんだけ美味けりゃよ、ケチケチしなくてもいいんじゃねーかって気もしてくるわな。」
「確かにな、安くて新鮮なところで買って来たって言ってたし、量を抑えて質は下げなくてもいいんじゃないか?」
「一理あるのう、先代の王と王都で会食をした時もこれほどの料理は並ばなかったのじゃ。」
「一旦ローランに任せてみて、合計幾らかかったかで決めるっていうのはどうだ?」
「いーじゃねーか、それで行こうぜ。」
「うむ、まずは好きにやらせてみた方が指標が立てやすいかもしれんのう。」
「というか私明日から居ませんけどね。」
その一言で一斉にみんなローランを見る。
しまった、そうだった、ココノエさんの代わりに領主館へ帰るんだった……。
「ローランの料理が食べられるのは今日が最後って事か?」
「いえ、最後ではありませんけど。四日後にはこちらに戻りますし。」
「三日もこれ食えねーのか? 嘘だろ……、何でハバキんとこ戻らなきゃなんねーんだ? 必要あんのか?」
それはお前がココノエさんをボッコボコにしたからだろうが。
「あらあら、社交辞令でもそこまで言われたら喜んでしまいますよ。」
「……ローラン。」
キイがナイフとフォークを置いて真剣な顔をする。
「何でしょうか?」
「出来るだけ早くエルフの国からお主の代わりが出来るものを派遣する、それまで耐えて欲しいのじゃ……。」
「耐える……って、貿易の仕事は特に苦になりませんけど……?」
「良い、皆まで言うでない。シヴ、後でナインハルトの所へ依頼に行くからその場で請けるのじゃ。」
「おう、少し急げばエルフの国までなんざ二日もありゃ行けるぜ、帰りは知らねーがよ。」
「何だか壮大なお話になりましたねえ……。」
みんなローランの料理に完全に胃袋を掴まれている、冷静に異を唱える奴なんかこの場にはいない。
ローランだけが困惑していた。
「……ん、あ! お、おはようございますシヴ様! 不肖ながらこのガルボニー! シヴ様に昨日の謝罪を……」
「やかましい!」
コゲパンさん改めガルボニーさんは、目覚めてすぐにシヴが握って固めたパンの直撃をくらい、その場でまた眠りについた。
ガルボニーさんにぶつかったパンは空に向かって跳ね、放物線を描き倒れたガルボニーさんの口に入る。
この人昨日から気付いては落とされを繰り返してるけど、後遺症が出たりしないよな? 少しだけ心配だ。




