蹂躙された風呂ンティア④
「という訳でして、その日から辛く短いアサシン修行とメイド修行の日々が始まったのです。」
ローランはミュウという名で暮らしていたが、引退する予定のココノエさんに依頼して、売られる筈だった前日に育ての親を殺してもらい助け出されたと言う。
「ローランってのは偽名なのか?」
「いえ、ミュウという名を過去と共にその日に捨てて、今の名前を師匠がくれました。私は娘さんにそっくり過ぎて、同じ名を付けるのは死者に縋るようで嫌だと言っておりましたね。代わりにくれたローランという名は、死んだ妹さんの名前らしいですよ。」
十分死者に縋ってるような気もするけど、ようは重ね合わせたくなかったという事かな。
「私にそっくりだという娘のレイラさんの名は、師匠が一度口にしたのを聞き逃さなかった妹が自ら強引に貰いましたね。」
「レイラだと!?」
ハバキ様が驚いた声を上げる。
「はい、私の血の繋がらない妹ベスは、レイラと名を変え医術の勉強を致しました。」
「ではレイラが2年前にココノエの紹介で現れたのは……。」
「そうですよ、性格は正直良いとは言えませんけど、頭は良かったようですね。たった3年で全て吸収して私達の前に戻ってきました。」
「そうだったのか……、何故それを私に隠したのだ……。」
「隠した訳ではありませんよ、言う必要が無かっただけです。」
ハバキ様は利用されてるような気分になっているのか、少し落ち込んでいる。
「でもベスだっけ、今のレイラさん。ココノエさんはナイフを投げたんだろ?」
ローランが言うにはベスさんにも両親と同じナイフが投げられた筈だ。
「簡単な事ですよ、レイラに投げられたナイフには毒が塗ってなかったんです。おそらく初めから殺す気は無かったんでしょうね、刺さりはしましたが深くはありませんでした。」
「でもローランは殺してくれって言ったんだろ?」
「あの時は様々な事が重なってまともな判断力は持ち合わせていませんでしたから。今は殺す必要も無かったと思っていますよ。詳しく聞いた事はないのですが、師匠がレイラを殺さなかったのは師匠の師匠が師匠の妹さんを殺した事が師匠の中で大きな意味を持っているからだと思いますけど。」
「師匠という単語が多すぎるだろ。」
「それは仕方ありません、私は師匠の師匠の名を知りませんから。」
いや、わざとわかりにくくしてるだろこれ、ニヤついてるし楽しんでやがるな。
「カルコザ君だよ。」
トビーが口を開いた。
「カルコザ?」
「うん、一度ココノエ君から聞いた事があるんだ、その技は誰に教えてもらったの? ってね。」
聞いた限りじゃココノエさんはトビーを嫌っている筈だから、トビーに答えるとは思えない。
おそらくその問いに答えてしまったのは心の中だろうな。
「なるほど、ではカルコザ様が師匠の妹さんを殺した事が、師匠の中で大きな意味を持つのだと思いますよ、だから私に殺してと言われてもパフォーマンスだけで殺しはしなかった。これでいいでしょうか?」
「で、無知ゆえの絶望ってのは?」
「それです……、私まったく考えてなかったのですが、アサシンの修行って本当に辛いんですよ……、あまりに苦しくて絶望です絶望。レイラがすぐに逃げたというのも許されませんよ、今からでもあの辛さを味わわせてやりたいですね。」
くだらねえ……。
「あのレイラが逃げたのか?」
ハバキ様が意外そうな顔をして聞く。
「逃げたといいますか、師匠に頼み込んで学生になったというのが正しいですね。師匠に何かあったら治してやるからとか言ってましたけど。」
なるほどねえ、まだレイラという人には会った事はないけど、俺の中ではおじいちゃん思いのいい子な気がしてきたな。
ハバキ様は5年も一緒に居て何も聞かされていなかったのがここに来て爆発したのか、更に質問を重ねる。
「しかし、ローランの話を聞く限りではココノエはそれまで執事等したことは無かったのだろう? ローランもだが、私の所に来た時にはすでに礼儀作法は完璧だったのだぞ?」
「はい、ですから辛く短い修行と言ったのです。私と師匠はハバキ様の所へ辿り着くまでの3か月で全て学んだのですよ。アサシンの修行の方は領主館に入ってからも裏で続いておりましたが。」
「馬鹿な……、あれが一朝一夕で身についたものだというのか……。」
まあ聞いている限りじゃココノエさんは元から出来る人のようだし、違和感はあまり感じないけど。
「でもあれだな、ミュウとローランじゃだいぶイメージが違うな。」
俺がそう言うと、ローランが例の貼りつけた笑顔でゆっくりとこちらを見る。
擬音を付けるとしたら【ギギギギギ……】というところか。
「吹っ切れたのですよ、あの日、誰かに助けられる弱々しい自分も捨てたのです。というか師匠も驚いていましたけど、多分今の私が本来の私なんです。」
他人事みたいに考えてしまって申し訳ないが、まあ毎日殴られてちゃな。
「なんであいつは俺に喧嘩売って来たんだ?」
ずっと天井を見つめ黙っていたシヴが口を開いた。
「師匠がいつも大事に持っている本があるのですが、私が師匠の技を全て覚えた後、それを読みながらこう言いました。「ああ、今になってよくわかる。」と。」
「何が分かったんだ?」
「さあ、私はその本を読んだ事もありませんしそれはよくわかりません。ただ、その日から師匠は腕に覚えがあるという方の噂を聞いては……、という訳でシヴ様も狙われたのでございます。」
「何が「という訳で」だ、益々よくわかんねーな。」
「簡単に言うと私にもわかりません。レイラに言わせると【死にたがり】らしいですよ。」
「ココノエさんは、自分の役目が終わったと思われているのでは?」
この声はまさか? と思ったらそのまさかで、見ると腕を組んでタオルで目隠しをしたナインハルトが居た。
どこから目覚めていたのか知らないが、この場にいる事を受け入れて、その代わり絶対に見てしまわないようにしているらしい。
「起きたならおはようございますくらい言えよ。」
シヴが頭を叩いた。
「おはようございます。」
「本当に言う奴があるか。」
シヴが頭を叩いた。




