執事とメイド⑧♦
ココノエがミュウの事を調べていた日の翌朝。
ミュウはいつも皆の食事が終わった後で、冷めた残り物を独りで食べているのだが、何故か今日は両親に呼ばれ、両親と妹とテーブルを囲んで暖かい食事を取っていた。
理由はすぐにわかった、明日の誕生日で二十歳を迎えるミュウ。
明日になれば自分がどこかの金持ちの男に売られると両親に聞かされた。
だから最後の日くらいは人間として扱ってやる、そう言われた。
上機嫌に「いい値段が付いた」だとか「相手に逆らって自分の顔に泥を塗るなよ」だとか父親が言っているのだが、大して耳に入らず、ただ俯いて呆然と大粒の涙をこぼすしかなかった。
妹はそれを見て笑いを必死に堪えている。
母親は父親の考えたこの余興が、心底どうでも良さそうだった。
やがて、饒舌になった父親のどうでもいい言葉の中に、聞き流せない情報が紛れ込む。
「お前の本当の親は俺達じゃない。」
何度もそう思った事も、そしてそうあってほしいと願った事もある真実。
いつか本当の両親が笑顔で自分を迎えに来て、この家から連れ出してくれる、そんな妄想もした。
「わ、私の本当の両親はどこにいるんですか……?」
「何だ? 返事もしないから聞いてないのかと思ってたぞ。」
「お、教えてください、私の両親は……」
「死んだよ。」
ミュウ以外は聞いた事の無い声が、ミュウの疑問に答えた。
その場にいた人間が一斉に声のした方を見る。
開かれて日差しと風の入り込む窓の手前、白いYシャツにサスペンダー、握られた右手の指の間に投げナイフを三本、左手はズボンのポケットの中に入れ、その場所に静かに立っていたのは白髪で細身の老人、ココノエだった。
「ココノエさん!?」
驚いてミュウが椅子から立ち上がる。
「待たせた、すぐに済ませて朝食に行こう。」
ミュウの父親が立ち上がり何かを言おうとした瞬間、ココノエの投げナイフが空を切る。
狂いも無く鎖骨の間に突き立ったそれには当然毒が塗ってある、声も出せない父親の死は、時間の問題となった。
母親は叫ぼうとするが当然そんな隙は与えない、すぐに母親も父親の後を追う事になる。
「おや、君は静かだね。」
ココノエがそう話しかけたのは、血の繋がらないミュウの妹、ベス。
目の前で両親が殺されるのを目の当たりにしながら、恐怖にすくむでも怒りに震えるでもなく、頬杖をついて冷めた目でココノエを見つめていた。
「いや、なんつーかさ、自業自得なんじゃねーの? あんたさ、こいつに雇われたんだろ?」
ベスは持っていたスプーンでミュウを指す。
ミュウは固まっていた。
「そうだ、私が請けたのは両親の始末、君は対象に入っていないがね。」
それを聞いたベスは目を大きく見開いて、すぐに大声で笑いだす。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ……! あーお腹痛い。いやいや冗談だろ、じゃあ私は見逃してくれんの?」
「それは出来ない、と言いたいところだが、依頼主の意見も聞いてみないとな。」
「へーー、変わってんね。だってよ、お姉ちゃん?」
あの日カルコザが妹を殺さなかったら、今自分はここにいたのだろうか。
カルコザが妹を殺すか自分に委ねていたらどう答えただろうか。
ミュウには酷な二択だとわかっていながらも、そのヒントが得られるかもしれないとココノエは期待してしまう。
「よろしく……、お願いします……。」
「心得た。」
ミュウは殺す事を選んだ。
「あっひゃひゃひゃひゃ!! こいつはいいや! やっぱあんたも歪んでんねえ! 毎日毎日くそ親父にぶん殴られてりゃそりゃそうだよなあ!」
ココノエは大声で笑う目の前の娘の胸を目掛け、ナイフを投げる。
そこで夢は終わった。
ココノエは過去から目覚める。
シヴにやられた傷が激しく痛むが、自分に引退を決意させたあの薬の効果は確かに絶大で、致命傷はないらしく、自分はもう駄目だ等という考えに至る事はなかった。
「ようくそ爺、目えさめたか。」
そう言って煙草をふかしながらココノエに近付く白衣の娘。
手入れを一切していない赤いぼさぼさの髪をポニーテールに纏めており、吊り上がった目でココノエを見る。
「レイラか……、まさか私が君の世話になるとは。」
「ウケるぜほんと、いつもはあんたの被害者を面倒見てんのにな。よっぽどいかれた奴に喧嘩売っちまったのか?」
このレイラと呼ばれた白衣の娘は正式な医者ではなく、いわゆる闇医者というやつだがその腕は確かで、ココノエの推薦によりハバキ御用達として働いている。
トビーも勿論知っているので実状は闇も何も無いのだが、法律上は医者ではないので、一応ここはレイラに用意された自宅兼無認可医院という事になっている。
領主館で病人や怪我人が出た時がレイラの主な出番だが、表に出せない怪我人を治療したり、伝染病患者が出た時は強制的にここに隔離したりと、無認可は無認可で便利な部分もあった。
「いや、確かにあの強さは理不尽だったが……、なんというか、そうだな、まるで正義の味方のような男だったよ。」
「はー? 意味わかんね。75にもなるとボケちまって仕方ないねえ。」
「ふっ、そうかも知れんな。」
「で、姉ちゃんは何してんの? 見舞いにも来ないんだけど。」
「ローランは来ないだろう、この三人で顔を合わせるのは嫌だろうからな。」
「まーだそんな事言ってんのかあいつ、もう5年も経つんだぜ? みんな過去は捨てるって約束しただろっつーの。」
「レイラのような、心と感情の切り替えがあっさり出来る人間の方が少ないのだよ。」
「そんなもんかねえ、ま、いいけどさ別に。あんた骨だいぶやられてるよ、寝てりゃ死にはしないけど、動き回ったら保証はしないね。」
「だろうな、しばらく世話になる。」
「心配すんな、下の世話までしっかり看てやるよ。」




