執事とメイド⑦♦
翌朝からココノエはミュウの事を調べ始めた。
ミュウには後からできた妹がおり、そちらは大層可愛がられていてますます自分の過去と重なり、救いたいという気持ちは使命感から義務感へと変わっていた。
家や家族構成は分かったが、徹底した下調べの中でココノエに仕事を急がなければならない理由が出来てしまう。
ミュウは幼い頃に本当の両親を亡くしており今の両親は里親で、すでにミュウは売られる事が決まっていた。
買い手は裏の世界では有名な下衆で、自分の気に入った娘はどんな汚い手を使ってでも手に入れ、飽きるまで遊んだら調教して客を取らせる、そんな男だった。
(正義の味方に憧れるにはもう遅い。この男が私に依頼をしてきていれば殺していたのだろうが……。)
長く裏の世界で生きて来たココノエは昨日死んだ。
だからといってこれまでの仕事の罪が消える訳ではない。
(こんな時、本の中の正義の味方達なら真っ先にそちらへ行くのだろうか。正義の味方になりたかったあの人は……。)
カルコザと共に両親を殺したあの日、二人を見てしまった妹、ローランの胸を即座にナイフで貫いたカルコザ、それを見て何もしなかった自分。
呆然としているココノエにカルコザは静かに言った。
「すまん……。」
何故謝るのだろうと思った。
顔を見られれば殺すと言っていた筈、何も間違った事はしていない。
「どうして……?」
師匠は悪くないよ、そう言おうした。
「お前に妹がいるという事は伏せておくべきだった、最初にこの子の部屋に入ったのはミスじゃない、お前に一目でも見せてやりたいと思ったんだ。」
いつも完璧なカルコザがあんなミスをする事に違和感はあったが、腑に落ちた。
「お前の親を殺したらお前とはお別れだ……、この家に戻り妹と暮らすのならそれがおまえにとって一番いい。そう……、考えていたんだ。……俺はお前を救おうとして、お前の未来を潰しちまった……。お前を連れて行こうとした事自体が間違ってた。」
カルコザの顔だけが見られたなら殺さずに済んだかもしれないが、ココノエの顔も見られている。
咄嗟の判断で手にかけてしまった。
カルコザはそれを悲観していたが、しかしココノエはそうではなかった。
ついさっきまで妹がいた事は知らなかった。
情が湧く時間すら与えられていない、謝られるような事ではないとすら思えた。
「その……、何て言ったらいいのかわからないけど、師匠は間違ってないと思うよ。妹がいるからってここに戻る気はなかったし、僕はこれからも一緒に旅が続けられる方が嬉しいよ。」
精一杯慰めたつもりだった。
「いや、俺は俺自身の復讐の為にお前を利用した。実の息子に殺されるこいつらを見て楽しむ筈だった。あの日偶然お前を見付けた時に思いついたんだ、だからお前に近付いた。」
「……嘘だよ。だって師匠は……」
「嘘じゃねえ! 最初は間違いなくそのつもりだった、俺の事を見ても思い出さねえから尚更好都合だと思った。」
「師匠が家に来てたのは僕が6歳くらいの頃だったし、期間も短かったからで……」
「どうでもいいんだよそんな事は、ついでにお前と過ごすうちに俺の復讐もどうでも良くなっちまった。お前に妹がいる事を知った時、お前の未来を思い描いちまった。あの時お前を救えなかったから……、今度こそは、そう思うようになってたんだ……。でも失敗した。」
ココノエは返す言葉を探していたが、見つからず、立ち尽くすしかなかった。
「あの日俺はお前に言ったな、俺は正義の味方じゃないから人を殺すって。」
カルコザは懐から毒の入った小瓶を取り出すと、ココノエから視線を外し空を見つめる。
「師匠っ!!」
「もしかして俺は正義の味方になりたかったのかもなあ……。」
そう呟いて、カルコザはその毒をあおった。
ココノエは止めようとしたが間に合わず、カルコザの体はその場でバランスを失う。
倒れるカルコザを受け止めたココノエは急いで解毒薬を飲ませようとするが、濃縮されたサツマタケの毒はすでにカルコザの身体の自由を奪い、解毒は不可能であった。
「何故師匠が死ぬ必要があるんです!? 何故! 何故……。僕は師匠と会えて幸せでした! 復讐の道具にしてくれても構うもんか! 出会わなかったらあの時僕は死んでたんだ! 僕は師匠に救われたんだ!」
カルコザはココノエの顔を見て微笑んだが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「な……るほ……ど……。すま……ない…………。」
そう言ってカルコザは息を引き取った。
(僕が殺したんだ、師匠の命は僕が奪った……。僕がいなければ師匠は腕を失う事は無かった……。こんな生き方をする必要は無かった、こんな死に方も……!)
カルコザの体を抱いたまま、暫くその場で泣き続けたココノエだったが、やがて意を決したようにココノエは妹とカルコザの遺体を担ぎ、夜の闇に紛れて町から消えた。
ココノエ自身が言ったように妹の事は重く受け止めてはいない。しかし、カルコザはそのせいで命を絶った。
そう考えると妹の遺体をぞんざいに扱う事は、カルコザの意思も軽く扱うような気がして放ってはおけなかった。
妹とカルコザの墓を作り墓を見つめたまま一日を過ごしたココノエは、墓標にかけていたカルコザのコートを手に取り、羽織る。
カルコザから教わった技はカルコザとの思い出、捨てる事は出来ない。
あの時の自分と同じ苦しみを持つ人間がどこかに居るかも知れない、カルコザのやりたかった事を自分がする事ができれば、カルコザへの弔いになるかもしれない。
そう考えたココノエは、アサシンとして生きていく強い決意を胸に秘め、旅に出た。




