執事とメイド④♦
「面白かったよ、ありがとう。今日は借りて帰らなくて済んだな。」
ココノエはレイラに読み終えた本を返す。
「どうでした?」
「面白かったと言ったろう?」
「それだけですか?」
「他に答えようがあるかね?」
「いつも細かく感想をくれるじゃないですか。あのシーンが良かったとか、あの行動だけは理解できないだとか。」
「そうだったかな。」
「そうですよもー、やり直し!」
「やり直しと言われても困るのだが……。」
「じゃあ今日はこれを借りて帰って下さい、もう一度読んで、明日感想をお願いします。」
「し、しかしだな……。」
「じゃあもうココさんには本をおすすめしてあげません!」
「それはもっと困る、勘違いしないで欲しいのだが面白かったというのは本心だ。ではもう一度読み返すとするよ……。」
ココノエは一度返した本を再び手に取る。
「はい、二度目はまた違った読み方が出来るかも知れませんよ?」
「そうだろうか。まあいい、明日まではこの町にいる予定だ、明日も来るよ。」
「お待ちしていますね!」
レイラは微笑んだ。
ココノエは宿へ向かいながら本の内容を思い出していた。
力に溺れ増長した主人公は、助けていた民から嫌われていく。
やがて誰からも相手にされなくなり、手にした力を持て余し始める。
苦悩し、反省し、もう一度やり直そうと心を入れ替える主人公だが、すでに自分が必要とされていない事に気付く。
同じく神の加護を受けているという者が現れたからだ。
その者は以前の主人公のように民を助け、皆から信頼され、増長せず、力を誇示するような事もせず、民の信頼を勝ち取って行った。
次第に主人公は死を願うようになる。
自分を殺してくれるような力を持つ人間を求め、腕に覚えがある武芸者の噂を聞きつけては足を運び、闘った。
死による敗北を望む自分が、もう殺さない、大人しく殺されよう、そう誓うのだが、いざ闘いが始まれば、勝利で得られる快感を求める自分が顔を出し、殺してしまう。
本気で闘っても自分を殺せる人間を探さなければならなかった。
自分を殺せる者がいない事に独り腐っていく主人公だったがある日、後から現れた男は神の加護を受けているどころか、魔の力を以て皆に取り入っているという事実に気付く。
それを説明しても信じる者はすでにいない。
殺されるチャンスが来たと思った。
主人公はその男と闘う事を決意する。
皆を救う為ではなく、自分を救う為。
「また一人、私の優越感を満たす為だけに、命を散らす者が出るかもしれん。どれだけ誓いを立てようと、この業だけは未だ断ち切れん。私の領域に不用意に近付く獣とそれを狩る事、どちらが罪か。」
それが物語の中で描かれる主人公の最後の台詞だった。
主人公と魔の力で民を操ろうとした男は舞台から消え、男が魔の力を持っていた事を知らない民は悲しみに明け暮れる。
もう誰も主人公の事は思い出さなかった。
(哀しい男だな。しかし、私が同じ状況ならどう思うのだろうか……。もう一度読もうとは思わないが、読書感想文は考えておかねばな。)
膨れたレイラの顔を思い出し愉快な気持ちになるココノエ。
この日は宿で早々に就寝したのだが、夜中にたたき起こされる事になる。
「おいココさん! あんたも手伝ってくれ!!」
大声で部屋に入って来た宿の主人に図書館が燃えていると説明され、ココノエは返事もせずに全速力で図書館へ向かう。
大勢の見物人と、手分けして火を消そうとする者達。
「おい! 中はどうなっている!」
ココノエは先頭で水を撒いている男に尋ねる。
「わからん! 鍵が開けられないんだ、今扉を壊すためにハンマーを取りに行っているところだ!」
「レイラは!?」
「レイラちゃんなら家にはいなかった! 多分まだ中だ!」
「どけ!!」
ココノエは扉の前に立ち、その隙間に薄い刃物を高速で僅かのズレもなく振り下ろし、鍵を両断する。
「レイラ!」
レイラの名を叫びながら火の中へと飛び込みカウンターを見るがいない。
周囲を見回しながら奥へと走り、ココノエの指定席の所まで来てそこにレイラが座っている事に気付く。
「何をしている! 早く逃げるぞ!」
「……ココさん、助けに来てくれたの?」
「そうだ! 生きていて良かった、煙を吸わないようにしてついてこい!」
しかしレイラは動こうとしなかった。
「何をしている! 早く来い!」
「……私ね、もう生きていたくないの。」
「血迷ったか! このままでは本当に死ぬぞ!」
「さっきね……、クロウの人達が来て……ね。私ね……、嫌だって言ったの……。でも駄目だった。」
「何だと!?」
「私お父さんいないんだ……、ココさんみたいなお父さんが居たらいいなってずっと思ってた。」
「わかった、父親にでもなんでもなってやる! とにかくまずはここから出るぞ!」
「嬉しい、お父さん……って呼んでいい?」
「いい、いいから早く立ちなさい!」
レイラは俯き、涙をこぼす。
「うん、でもね……、もう駄目みたい。さっきから何も感じないの……。」
ココノエがレイラの視線の先を見ると、健を切られ、そこから大量の血を流す足首が目に入る。
男達が逃げられないようにしていったのだろう。
レイラはもう助からない。
ココノエはそう理解した。
「レイラ……、いや、私の娘よ。お前との時間は忘れない。」
「うん、私もココ……、お父さんとお話しするの凄く楽しかった。もっと早く言えばよかったなあ……。」
「私は、私の娘にこのような事をした奴らを許さない、すぐに謝らせに向かわせるよ。」
「そんな事しちゃ駄目だよ……、って言いたいところなんだけど……、私、そこまでいい人じゃないみたい……。幻滅しちゃった?」
「するものか、どこの世界に可愛い娘に幻滅する父親がいるというのだ。昨日の本の感想も考えて来たんだ、おまえの淹れた紅茶を飲みながらゆっくり話そう。」
ココノエはレイラを優しく抱きしめる。
「嬉しい……、嬉しいよ……。お父さん、ごめんね……、次のおすすめ……、焼け……ちゃっ………」
炎にまかれ崩れ落ちる図書館の入り口から、レイラを抱きかかえゆっくりと出て来たココノエを見て、人々は歓声をあげたが、もう言葉を発する事も、目を開ける事もないと知り哀しんだ。
「私の娘だ、出来うる限りの弔いをしてやって欲しい。」
そう言ってココノエは遺体を預け、財布ごと金を渡す。
その日、父親に憧れる若い女と、クロウの男5人の命の火がこの町から消えた。




