執事とメイド③♦
50を迎えたココノエは、裏の世界で生きる者達の間でその名を聞いたことが無い者は居ない、と言われる程の【生きる伝説】となっていた。
滅多に姿を見せる事は無い上、奇跡的に繋ぎが取れても仕事料は相場の三倍は取られるが、その代わり相手がどんな人間だろうが、確実にこの世から消してくれる。
真しやかにそんな噂がされていた。
実際これまでにココノエに失敗は無いが、必ずしも報酬が高い訳ではない。
ターゲットが善人だった場合は三倍貰うが、悪人だった場合は金は一切取らない。
今は亡き師匠、カルコザとの違いはそこだった。
「あれ、ココさん? 久しぶりですね!」
ココノエは旅の途中で見付けた、図書館のあるこの町がお気に入りだった。
普段はココと名乗っているココノエは、クロウだと顔見知りには説明してある。
仕事で様々な町を転々として、ゆっくりと過ごしたくなったらこの町の図書館に出向き、独り静かな時間を過ごす。
それを繰り返している内、図書館の司書であるレイラとはすっかり顔馴染みになっていた。
レイラは二十歳を迎えたばかりの娘で、器量も愛想も良く誰からも好かれていたが、レイラ自身はレイラ目当てに図書館に通うような男達を好ましく思わず、レイラに想いを告げた男達は玉砕を重ねていた。
図書館は早朝から開いているので、ココノエはいつも朝食を済ませてすぐに来るようにしている。
「ああ、前回借りた本を返しに来た、遅くなってすまないレイラ女史。」
「いえいえ、本当に常連といえるのはココさんくらいですから。」
「その様子ではまた恋心を散らせた者が出たようだな。」
「私に会いに来てただけだなんて、本に失礼です。」
「ふっ、まあいい。今回の主人公は何とも気持ちの良い男だった、特に少女を助けるシーンに向けて張り巡らされた伏線は素晴らしかったよ。」
「それは良かったです、今日も英雄譚を読まれますか?」
「そうだな、おすすめの作品はあるだろうか?」
ココノエは意外にも英雄が活躍する勧善懲悪物を好んで読む。
自分の理想の姿がそこにあるからなのだが、所詮は創作物、そんな風に冷めた目で見ている自分も居るという事は自覚していた。
それでも、正義の味方が活躍する話を読みながら自分を投影し、こうできたらどんなに素晴らしいだろうかと想像するのが好きだった。
レイラのすすめてくれる本に外れはない。
一度、レイラが居ないときに面白そうだとタイトルだけで選んだ本は、酷い物だった。
酷いというより、自分には合わなかったのだ。
レイラはココノエの好みに合わせた作品をしっかりと選んでくれる、彼女の頭の中にはどれだけの本の知識があるのだろうかと感嘆した事もある。
「今日はいつもと少し違った作品をご提案します。」
ニコニコと笑いながらレイラがカウンターの下から取り出した一冊の本。
表紙には苦悩に満ち溢れた男性の顔が描かれている。
「面白そうには見えないが。」
ココノエは眉をしかめる。
「これはですね、今までココさんが読んできた、英雄が悪を懲らしめて民を救うさっぱりとしたお話とはかけ離れていましてね。」
「ふむ。」
「最初は凄い力を手に入れた主人公が悪を倒していくのですけど、次第にその力に溺れ始め、自分はどうあるべきかを苦悩していく物語なんです。」
「最後はどうなるのだ?」
「結末はお教えできませんよ。」
「そうだな、わかった、今日はそれを読む事にするよ。指定席は空いているかね?」
「私しかいませんから勿論ですよ。」
ココノエはレイラの手から本を受け取り、一番奥の席へと向かう。
窓から暖かな陽が差し込む、時間が止まったかのような錯覚をさせてくれるお気に入りの席だ。
席に座り、ゆっくりと表紙をめくる。
主人公の男は神の加護を受け、町の者達を苦しめる悪を退治していくのだが、繰り返す内に感謝される事に慣れ、次第に増長し始める。
金品を要求し、力を振りかざすようになった。
(こうはなりたくないものだな。)
ココノエは自分に置き換えて、そう思った。
時間を忘れ読みふけっていると、レイラが横から飲み物をそっと差し出してくれた。
「本当はダメなんですけどココさんには特別。随分熱心ですけどもうお昼ですよ?」
「ん、ああすまない。気を遣わせたな。」
「どうですか?」
「うむ、この男が人助けを盾に法外な報酬を要求するようになったところまで読んだよ。つまらないという訳でもないかな、今のところは込められた教訓を噛み締めているよ。」
「噛み締めなくてもココさんはそんな事しませんよ。」
「わからないだろう?」
「だってクロウじゃないですか、報酬は貰うのが当たり前です。」
「一本取られたな。」
「冗談ですよ、ごゆっくり。」
笑顔で会釈をしてカウンターに戻るレイラ。
ココノエは窓の外を眺めながら、レイラの淹れた紅茶をゆっくりと味わった。




