浴場事件②♦
ハバキの予想は浴槽は川と地下で繋がっており、栓を抜けば川の水位と同じ高さまで水が流入してくるのではないか、という物だった。
理にかなっているのだが、シヴもナインハルトもいまいち理解が出来ないでいる。
「いや、それだと止まらねーんじゃねーのか?」
「……そうだな、もっと小さな物に置き換えてみればわかるだろうか。例えば二杯のグラスがあったとしよう、そのグラスは地面すれすれでお互い繋がっている。片方に水を注ぐとどうなるか想像できるだろうか?」
「あー、成程な、水を注いだ方のグラスが川って事か。」
「そういう事だな、抜いた時は勢いよく噴き出していたが、今は水流も止まっているだろうし栓をハメ直すのも難しくはないだろう。」
「はー、よくできてんなあ、しかしまあ面倒くせーだろうによくそんなもんこさえたな。」
「確かに、今までそのような造りの風呂など見た事も聞いた事も無い、エルフの知恵だろうか。」
「魚とか入って来ねーだろうな?」
「流石に最初から最後までただの空洞で繋げてはいないんではないか?」
「ふ~ん、まあいいや、とにかく水は溜まったんだ、女王様に怒られねーうちに沸かすとするか。」
シヴはナインハルトの方を見て、空に向けて火打石を放り投げ、持っていた栓を再び元の場所へと差し込む。
ナインハルトは放物線を描いて落ちて来た火打石を左手で掴んだ。
「そうですね、いささか時間を取られ過ぎました。急いで取り掛かりましょう。」
そろそろ迎えが来る頃合いだ、と言って玄関に向かうトビーとハバキと別れ、シヴとナインハルトは再びボイラーの前にいた。
無事に薪にも火が点き、順調に進んでいたかのように見えた風呂焚きだったが、少しだけ予想外な事があった。
ナインハルトは風呂を見ていなかった為、薪を運んで来た時点では広さを把握しておらず、用意した薪では若干足りないおそれが出て来たのだ。
「どうしましょうか、ギルドに戻って薪を持って来てもよいのですが、シヴ様に火の番などさせられませんし。」
「いや、火の番くらい別にいーんだがよ、それよりもっと簡単な方法があるな。」
そう言ってシヴは、片付けるのを忘れて置いたままにしていたテーブルを拳で叩き割り始める。
「まさかそれを燃やすのですか?」
「そのつもりがなくてテーブル殴ってんだとしたらただのアホじゃねーか。」
「ああ、確かにそうですね。」
納得がいったという顔をして頷くナインハルト。
「いやいや、素直に納得するところじゃねーからな今の? 変なところで天然出すんじゃねーよおまえは……。とにかくよ、これで片付けも終わるし風呂は沸くし、一石二鳥だな、デカいのを最後にしといてよかったぜ。」
テーブルが半分ほど炭へと変わった頃、ナインハルトはシヴの望み通りに、少し熱めの温度で風呂を沸かし終えた。
なんだかんだと言いつつも、シヴはそれが終わるまで近くにいて、ナインハルトの剣の弱点、改善点等の話をしてくれたので、ナインハルトにとっては実りの大きな時間となった。
「お待たせしました、後は温度の調節をここで続けますので、シヴ様は入浴されてください。」
「ん? おまえさんがずっと張り付いてねーといけねーって訳でもないんだろ? 入ってきゃいいじゃねーか。」
「有難いお言葉です。これだけの湯量ですから冷めにくいとは思いますが……。とはいえ放置する訳にもまいりませんし。」
「ここまでやってくれたんだ、ここはメイドの嬢ちゃんにでも任せておまえさんも浸かっていきな。」
一度は礼儀として断ったナインハルトだったが、この日は朝からココノエの襲撃に巻き込まれ、二度も町へ買い物に行き、トビーとトールの傍で精神をすり減らし、自力で立つ事も出来ないトールを背負って家まで送り届け、ギルドから薪を担いで舞い戻り、風呂まで沸かして疲れ果てていたので、風呂でゆっくり汗を流したいと思っていたのが本当の所だった。
「そ、そうですか、ではお言葉に甘えさせてもらいま……す…………」
疲れが溜まっていた状態で、更にずっと中腰で風呂焚きをしていたナインハルト。
急に立ち上がったせいで立ち眩みを起こし、自信がボイラーから掻き出しておいた灰で足を滑らせ、そのまま後頭部をボイラーを支える石に強かに打ちつけ、意識を失った。




