叶わぬ物、叶える者④
キイの最後の質問でしばらく静寂が続いたが、その静寂を破ったのはトビーだった。
「い、今何て?」
「ハバ=キリコに聞いておるのじゃ。お主はトビーに恋心を抱いておる、相違ないな?」
キイに質問されてからハバキ様は顔を伏せていたが、何かを決心したようで強い眼差しで顔を上げた。
「間違い……、ございません。私は国王としてではなく、一人の異性としてトビー様をお慕いしております……。」
「うむ、よくぞ申したのじゃ。ではトビーよ、お主はどうじゃ。」
「どうって、ハーちゃんの気持ちは知っていたよ。」
「そんな事は聞いておらぬのじゃ、お主のハバへの気持ちを問うておる。」
また少しの静寂。
耐えかねてハバキ様が口を開く。
「叶わぬ事は承知しております、これ以上国王陛下を困らせるのは……」
「まって、いいんだよ、いい機会だね。僕の気持ちはハーちゃんと同じさ、僕もハーちゃんの事が好きだよ。こうして僕がハーちゃんの所に訪ねるのも、ハーちゃんを領主にして関係が切れないようにしたのも、僕の身勝手な願いからさ。もちろん、ハーちゃんには実際にそれだけの能力がある、いくら好きだからって出来ない人に大役を任せる程の馬鹿ではないよ。」
〔キャー〕
キイはそれを聞いて笑みがこぼれそうなのを必死に耐えている、それがよくわかる。わかるんだが、小声でキャーって言ったよな今? 何だよキャーって。
ハバキ様は言葉にならないみたいだが、目元が光ってる、喜んでるんだろう。
「ではトビー、お主は何故ハバの気持ちを知りながら、これまで応えることなく過ごして来た?」
「わかるでしょう? ハーちゃんの気持ちを知った時、僕も同じ気持ちで嬉しかったよ。その時は第三王子の立場だったから、いずれ兄上が王となった時は城を出てハーちゃんと暮らすことも出来るかも知れない、そう思っていたのさ。それが今は王様になっちゃった。ハーちゃんは確かに素晴らしい女性で、僕も大好きさ、でも、それだけじゃ駄目なんだよ……。」
トビーは核心の部分を言わない。言えないんだろう、それを言うとハバキ様を傷付けてしまうからだ、全部終わってしまう。
だが、そうならないように先程の茶番があったのだ。身分の差なんて、そう言いたいけど今は無理なんだろう、だからこそ。
「何故駄目なのじゃ、申してみよ。」
「言わせるのかい? そこまで察しが悪いとは思わなかったよエルフの女王、いや、分かってて虐めてるのかな?」
「女王陛下、もういいのです。私はこれまで通り王の手足となり領主として……」
「お主には聞いておらぬっ!」
キイが声を張り上げた。あまりの気迫にちょっと俺も漏らすかと思った。
「トビーよ、ハッキリ申せ。出自が平民の女と王では身分が違うか!?」
少し黙ったトビーだったが、涙を浮かべて答え始める。
「……そうだよ、その通りさ。僕が許しても、周りが認めないだろう。」
「周りが認めないと恋人にはなれぬと?」
「そうは言ってないよ。ただね、王の権力を使ってやりたい放題、貴族をないがしろにして平民を娶るような者に王を任せられない、そう言い出す者は必ず現れるよ。潜在的に不満を持っていた者、最初から僕を陥れようと考えていた者、古い考えの貴族たちがそれを扇動して、大きな波を作り出す。勿論ハーちゃんに敵意を向ける者も出て来るだろう。今、やっと世界が一つになろうとしている今! 下らない私情のせいで人間同士の争いの火種を生むことは避けなければならない! そうだろう!?」
肩を震わせ、やけくそと言わんばかりに力説するトビー。ハバキ様はうつむいている。
キイはそんな二人をひどく冷たい目で見ていた。
「実に下らぬな。人間の国王よ、お主はその程度の事で自分の気持ちと、この者の気持ちを無かったことにしようというのか?」
「その程度とは何だい! 僕だって苦しいんだよ! 平民が何だ! 貴族が、国王が何だ! そう出来たらどんなにいいか!」
もうトビーの顔はぐしゃぐしゃだ。
正直言うとここまでトビーが熱くなっているのは初めて見た、魔族の国に乗り込んだ時もニヤニヤ笑って飄々としてたからな、意外だ。
キイは小さな溜息をついて、トビーの頬に手を当てる。
「良いかトビー、お主はこれからそれを変えて行け、少しずつじゃ。身分等実に下らぬ物じゃ、そんなものは所詮役割でしかないのじゃよ。……しかしすぐにとはいかんじゃろう、変わる頃にはお主もハバも生きておらぬかもしれん。じゃがの、今のハバの爵位を思い出せ、少なくとも今日この屋敷に来ている者達は証人になる、たとえ発表が遅れても良い、必ず周知するのじゃ。」
「あ……。」
「わかったようじゃの。では、歯を食いしばれ。」
キイはそう言って微笑むと…………。
「ぎゃっ!!」
何故かトビーを目一杯ひっぱたいた。トビーはそのまま顔を歪ませて地面に倒れる。
「ビ、ビーちゃん!?」
ハバキ様はすぐに転がったトビーを抱き上げる。
「い、痛い!」
そりゃそうだろう。
でも何故かトビーは笑い転げていた。
ハバキ様は最初から最後まで困惑しっぱなしだったが、やれやれ、キイの満足そうな顔を見る限りは作戦は大成功だったようだな。
しばらくして庭に戻った俺達は、今まで隠していた重大な発表がある。と、酒が回って出来上がった貴族達を整列させる。
トビーは頬にキイの手形を付けたままでちょっとカッコ悪いが、そんなものは今に始まった事じゃないからどうでもいいか、ピンクだし。
「ここにいる君達だけに余から発表がある、いずれ城でキチンとした式典を執り行うつもりだが、聞いて欲しい。」
一体何があるんだとざわつく貴族達。
「今日ここに、エルフの国と人間の国との、国家を挙げての貿易を始める事が決定した。この件は時間をかけ、これまで余の命で内密にハバに進めさせていた物だ。ここまで漕ぎ着けるには並々ならぬ努力があった……。その功績を称え、男爵ハバ=キリコには子爵を与える。そして、この貿易にて国家へと利益をもたらすことに成功した暁には伯爵、その働き次第では侯爵も視野に入れている。いいね?」
さらにざわつく貴族達。しかし陰で話を進めていたなんて、よくもそんな嘘をつくもんだ。まあいきなりさっき地下に連れていかれて一方的に決められました、とは言えないだろうが。
「ハバキ殿は平民の出だぞ?」
「いや、でも今は男爵だ。男爵になった時にハバの名を頂いたのを忘れたのか?」
「しかし前代未聞だぞ、子爵位なら構わんとは思うが侯爵となると……。」
やはり平民というのが気になるようだな貴族様達は。
黙って見守っていたキイがトビーの横に並んで、右手を前に出す。すると貴族達のざわめきが止み、皆キイに注目した。
「これはエルフの国にとっても非常に重要な事じゃ。今ここにいる者達は王の信頼厚く、いずれも聡明で有能な者達と聞き及んでおる。だからこそ、先駆けてこの場にて発表に至ったのじゃ。」
「わ、私が有能なのは知っていたが、こうして言われると少し照れるな。」
「陛下の信頼が厚いというのも初耳だが、そうだったのか。」
「エルフの女王が仰っているのだ、嘘ではあるまいよ。」
御目出度い奴らだ。
「此度の件は、エルフの国にとっても非常に重大な歴史を刻む事になるじゃろう。よって、エルフの国に於いては、ハバ=キリコを公爵とする。お主達もそのつもりで接して欲しい。」
「こ、公爵!?」
「ハバキ殿がいきなり公爵に!? そんなこと認められるのか?」
「いや、しかしエルフの国の爵位だからこちらとはまた違うのかも知れぬ。」
「そ、そうだ、こちらでは子爵。しかしあちらでは公爵……、どうしたらいいのだ。」
「歴史に名を残すと言っていたから、その人物が男爵ではまずいとの判断ではないか?」
今までで一番ざわついた貴族達。
ハバキ様がエルフの国の爵位、それも公爵を突然もらった事に理解が追い付いていないようだ。
「簡単な事じゃ。領主ハバキは子爵であり、貿易大臣ハバキは公爵なのじゃ。人間の国にいたとしても貿易に携わっている間は公爵、エルフの公爵と人間の王、結婚すら許されるのう……?」
言い終わると横目でトビーを見るキイ。
「あーあー、とにかく! そういう事だよ! 子細はいずれ皆にも伝達するし、式典も開くが、今はそれだけ覚えておいて欲しい、いいかい?」
トビーは無理やり纏めて挨拶を終わらせた。
ハバキ様も含めて三人はそれからしばらく質問責めにあっていたが、俺は興味がないのでさっきハバキ様と話をした場所に戻って座る。木に背中を預けて、貴族に取り囲まれる三人を眺めた。
そんな俺を見て、ローランが気を利かせて酒を持って来た、何故か三杯。
「ハバキ様……、良かったです。何か企んでいる雰囲気は察しましたが、こういう事だったのですね。」
「うん、そうなんだ。トビーはどうでもいいけど、ハバキ様にあんな事聞かされるとね。」
「ハバキ様が何か?」
あ、そうか、ローランは俺とハバキ様の会話を知らないのか。……まあいいか、後で話そう。
「まさかあのバカピンクが身分なんて馬鹿みてえなもんを気にするような奴だったとはなあ。」
突然木の上からシヴの声が聞こえて来た。
「シヴ!? いつからそこに……。」
「お前さんとハバキが話し始めたくらいからだな、盗み聞きする気なんざなかったんだがよ。」
結構前だな、しかしそれで酒が三杯か、なるほどね。
「コゲパンの人どうしたんだ?」
「ああ、すぐ酔いつぶれて話し相手にもならねーから置いて来た。しかしまあ、上手くまとまったみてーじゃねーか。」
「うん、折角近くに居てお互い好きなのに、身分なんて物のせいで叶わない恋なんてつまんないよね。」
「なるほどっ!」
ローランが手を叩いた。シヴと俺の会話で大体察したらしい。




