酒と薬②♦
「一体どのような者でしょうね。」
「さーな、それが分かれば苦労はしねー……よっ!!」
裏庭に出て十歩程歩いたところで、シヴが剣を盾にしながら咄嗟に振り向いた。金属と金属のぶつかる高い音を響かせ、何かがシヴの足元に落ちる。
「シヴ様! お怪我は!?」
「問題ねー、上にいやがったか。」
シヴの視線はギルドの屋根の上に向けられている。
「これは、投げナイフ……? にしては特殊な形をしておりますが。」
ナインハルトが拾い上げた投げナイフは、鋭い両刃になっており、その刃の間は細かく凹凸が刻まれていた。持ち手は円になっていて、指一本なら楽に通る大きさをしている。
「あーなるほどな。何となく読めたわ。そりゃアサシンが使う飛び道具だな。」
「アサシンがシヴ様の命を狙っているのですか?」
「いや、命は狙ってねーみたいだな見た所。本当ならその凹凸に毒が塗ってある筈だからよ。」
「よ、よく御存知で……。」
ナインハルトは青ざめた顔で持っていた投げナイフを地面に落とす。実際に毒が塗ってあれば、毒の種類にもよるだろうが下手をすれば命に係わっていた。
「それより次が来るぞ、様子見は終わったみてーだな。お前さんは下がれ。」
コクリと頷いて、警戒しつつナインハルトはシヴから離れた。
再びシヴが屋根に視線を戻すと、一瞬空中で何かが光り、次々と同じ物が飛んでくる。正確にシヴの体を捉え、かつ上下左右に揺さぶりをかけて飛来するナイフを、すべて剣の刀身で受けながら、どこから飛ばしてきているのか観察する。
(思ったより性質がわりーなこいつは。)
シヴに向けて投げられるナイフは、一か所からではなく、常に屋根の上を移動しながら様々な角度から放たれていた。
(つっても、殺せもしねーもんをそんなに大量に持ち運んでるとも思えねーな、そろそろ弾切れおこすんじゃねーのか。)
予想通り、シヴの周りに九十九の投げナイフが落ちたところでそれは止まった。
「遊んでんじゃねーよ出てきやがれ、理由次第じゃその首すっ飛ばすぞ。」
数秒の沈黙の後、屋根の上にゆらりと人影が現れた。燕尾服の上に長いコートを纏い、白い手袋とモノクルを付けたその老人は、綺麗に整えられた顎髭を触りながらシヴを見下ろす。
「ジジイかよ、ふざけやがって……。」
「あれは……、ココノエさん……!?」
ナインハルトは見た事のある老人の登場に驚愕した。仕事で領主館へ赴く事もあれば、逆にハバキがギルドに訪れる事もあるのだが、その際必ずと言っていいほど顔を合わせているその老人。普段は感情を出さずに仕事に徹している優秀な執事であり、その姿とのあまりの差異に理解が追い付かず、頭が混乱していた。
ココノエは膝も曲げずに屋根から飛び降りると、小細工なしでそのまま着地する。
「まずは、合格。」
その冷たい眼をシヴに向けたまま、しゃがれた声でココノエはそう言った。
「お生憎様、合格なら先日そこのギルドマスターに貰ってるから何個もいらねーや。」
「シヴ様! その方は……」
「わーってるよ! 領主んとこの犬だろ!?」
「ほう、私を知っているとは……。あなたも裏で生きた事があるのですか?」
ほんの少し感心した表情を見せるココノエだが、シヴはすぐに否定した。
「んなわきゃねーだろ、金の為に悪人も善人も殺すおまえらみてーな薄汚ねー奴等と一緒にすんじゃねーよ。」
「なんとまあ、まるで子供のようなわかりやすい挑発だな。知性が微塵も感じられない。」
ナインハルトは混乱した頭で、取り敢えずこの戦いはやめさせようと動く。
「おやめくださいココノエさん、一体どういうおつもりなのですか!」
「動くな。」
威圧を含んだ冷酷な眼。こけおどし等ではなく、本当に人を殺せる人間の眼。ナインハルトはその眼光に固まってしまう。
「あと一歩でも動けば……、ナインハルト様、あなたもただではおきません。私はそこの教養の欠片も感じられない輩が、どれほど強いのかを確かめに来ただけです。」
「ローランの師匠ってのはてめーだなジジイ? 俺達が領主に危害なんか加えねーってあの馬鹿ピンクに聞いてねーのかよ。」
「聞きましたよ、聞きましたとも。あなたは私より遥かに強いから手を出してはいけないと、そうお聞きしました。確かに少々腕に覚えはあるようでございますが、その頭の悪さから察するに……、その下品な大きな剣を力任せに振り回して来ただけでございましょう。王はその印象だけで勘違いをされたご様子。」
「王から止められておきながら何故!」
ナインハルトは納得できないのか大声を出す。
「私は挑発と受け取りましたよ。王からの挑発、無視するわけにもいきますまい。私の不出来な弟子も、隙があるのかないのか、強いのか弱いのかよくわからないと言っていましたねえ。不出来とはいえ可愛い弟子の言葉です、確かめたくなるじゃないですか。」
「確かにシヴ様は隙があるのかないのかよくわからないですね……。」
「変なところで納得してんじゃねーよ、もういいから来やがれ。無理だと思ったらさっさと退けよ、殺す気はねーってのがわかったしこっちも殺しはしねーよ。」
「これはこれは、お優しいですねえ。殺す気が無いというのは語弊があります、現時点では『殺す価値無し』というだけでございますよ。」
脇からコートの中に手を差し入れ、ココノエは武器を取り出した。その武器はナイフより長く、一般的な剣よりは短い、美しい波紋の片刃の剣。その細い刀身の鈍い光を確認して鞘へと戻し、腰を落として左手に鞘、右手で柄を添えるように握ると、少しづつ前傾姿勢になる。
「少しは私を楽しませろよ?」
そう呟いて恐ろしい速さでシヴの前まで距離を詰める。と同時に抜かれた剣の軌跡は、ココノエを中心に美しい半円を描いて横一文字に振りぬかれた。
「ほう、躱しますか。」
シヴは空中に居た。




