エルフの秘密
宿を出て、ああでもないこうでもないと思案しながら町を散歩する。酒が入り過ぎて普段は気にかけない事でもつい考え込んでしまう。
俺に出来る仕事って何だろう、クロウは上手くいってたけど、それはシヴとキイ、それにあいつがいたからこそだしな。
死なない事を利用して、いっそ見世物小屋ででも働くか……。
いやいや、確かに剣を飲み込んでも死なないし、水の中にどれだけいても死なないんだが、痛いし苦しいのは変わらないからな、最後の手段だろこれは……。
剣術道場……、ならシヴに教わった方がいいに決まってる。俺だってそこまで弱いわけじゃないんだけど、ナインハルトには勝てそうもないしなあ。まあ三日くらいかければ勝負には勝てるだろうけど。
料理もお金を取れる様なものはできないし……、魔法は使えないし……。こうして考えると俺って何にも出来ないな。逆に運だけは凄くいいんじゃないのか、賭博で稼ごうか……。
違う違う、これじゃ駄目な人の思考だよ。どんどん後ろ向きの思考ばっかり生まれて来る。
ぐるぐると頭の中を掻きまわしながら歩いていて、ふと我に返ると水の流れる音が耳に入ってきた。纏まらない考えに振り回されている内、どうやら川の近くに来たらしい。
顔でも洗って少し頭を冷やそうと音のする方へ向かう。
「む、アレンか?」
声のした方を見ると、向こうから知った顔のエルフが歩いてくる。
「キイじゃないか、何でこんな所に? 部屋に戻ったんじゃ……。」
「す、少し夜の町でも見ておこうと思っての。それよりお主こそどうしたのじゃ。」
「散歩だよ、散歩自体には特に意味はないんだけどさ。無事に町人になれたわけだけど、仕事とかこれからどうしようかなって。」
「なんじゃそんな事か。ワシだってまだ何も考えておらんぞ。」
「キイはいいじゃないか、薬の調合も出来るし。そもそも身分を隠したり偽ったりしてるお忍びの旅とかいう訳でもないんだし。」
「まあの、隠している訳ではないが。」
川の水を両手に汲み、パシャパシャと顔を洗う。キイが横に座り、タオルを差し出してくれた。
受け取ったタオルで顔を拭きながら、俺は悩んでいる事をキイにぶつけてみる。
「酒のせいかわからないんだけど、俺ってなんか才能あったっけ? って悩んじゃってね。」
「皆が皆才能だけで商売をしている訳ではないのじゃ、やりたい事の為に努力をしておる者も世界には……」
「わかってる、それはわかってるよ。やりたい事ってのがそもそも見付からなくてさ、俺の目標は家を買う事だったから。」
「そうじゃの。じゃが、今焦ってそれを見付ける事が必要じゃとも思えんがの。」
「でも仕事はしないと。」
まだこの町に来て数日、確かに焦る必要もないのは自分でもわかっているんだけど、何が出来るかって考え始めるとこんなに不安になるんだな。
俺が余程思いつめた顔をしていたのか、キイが俺の頭に手を添え、ゆっくりと自分の膝の上に誘導する。そのまま膝枕の体勢になったところで、俺の頭を優しく撫でながらキイが諭すように喋り始めた。
「あのシヴが、まだ家も買う前からオウルになろうとしてくれたのは何でじゃと思う?」
「そりゃ、シヴは自分でも言ってたけどあの強さだし、オウルが一番しっくりくるというか……。」
「ギルド側にあのような事情があったせいで手間取ったのは計算外じゃと思うが……。それは置いておいて、我先にと定職に就きたがる男ではないじゃろう? 狩った獲物の肉を食べるなり、それを酒と交換するなりしていれば食うのだけは困りそうもないからの。」
クロウの頃も、野営が何日も続く事はよくあった。町で買った食料が底を突いた時は、獣を狩って食べるというは当たり前に行っていた事だ。
次の町に辿り着くまでにその肉が残っていたり、角や爪、薬の材料になる希少な部位なんかは保存しておいて、欲しがる人へ売ったり、こちらの欲しい物と交換したりしていた。
「シヴはワシらが様々な事を、焦りから間違った決断しなくて済むように体裁を整えてくれたのじゃよ。どの道オウルになるつもりじゃったかもしれんし、お主かワシがなると言えば別の事をしていたかもしれん。大工でも農業でも運送でも、力仕事なら何でも出来るじゃろ。」
「そうか……。シヴも素直じゃないんだよなあ……。」
「ふふ、そうじゃな、不器用なんじゃよ。」
シヴがさっさとオウルになってしまったからこそ焦った部分もあるのだが、まあ、シヴの気持ちは嬉しいな。
「オウルになっただけで、何も依頼を受けなければ評判はどんどんと下がるだけじゃがの。超高難度の討伐依頼でも来れば一発で頼れるオウルとして認知されるじゃろうが……、ここでは難しいかも知れんの。」
「平和な町だもんな。」
「取り敢えず吹っ切れたようじゃの、宿屋へ戻るとするのじゃ。」
「もう少しこのままで。」
「甘えるでない。」
キイは俺の頭を放り出すと立ち上がり、スタスタと宿の方へ歩いて行った。俺は体に付いた砂を叩いてから、早足で後を追う。
「あれ? 俺の頭に木屑付いてるんだけど、木でも切って来たのかこんな時間に。」
キイの脚から引っ越して来た木屑をつまみながら尋ねる。キイは無言で振り返ると、俺の顔と手に持った木屑を観察する。そうして少し微笑むと、ゆっくりと言った。
「それはエルフの秘密じゃ、忘れよ。」




