深夜の交信②♦
キイの声だけが虚しく地下室に響く。
(む……、やはり通話能力は生きておらんのか? それとも元々強いマナは込めておらんのか……。)
顎先に手を当て、その場で柱を見つめながらしばらく考えるキイ。
(いや、そんな筈はないのじゃ。外交で住んでいたのなら通信は出来るようにしていないとおかしい。)
「もう一度問う、我が妹ミーム! 聞こえるか! 返事をするのじゃ!」
少しの静寂の後、目の前の柱から微かに声が聞こえ始めた。そしてその声は段々と大きくなっていく。
〔こちらです、確かにキイ様の声が……。〕
〔え? 何で嘘でしょ? 何かあったのかしら? なりすましの他人じゃないの? イタズラ? やばくない?〕
〔いやそれはわかりませんが……、そもそも陛下の部屋の通信粉をお持ちなのはキイ様しかおりませんので……。〕
〔そっか、何かしらねいきなり。連絡するなら先に言ってよねって感じよ。〕
〔通信しますよって言ってから通信を始める事も出来ないと思いますが……。〕
〔そっかそっか、そりゃ無理よね、知ってた。〕
〔それより早く返答をされた方が……。〕
〔あ、そうだわ! じゃあ取り敢えずお茶を入れて来てくれる? まず喉を潤してから……。〕
「全部聞こえておる!!!!!!」
キイが声を荒げる。
また少しの間があり、コホンと咳払いが聞こえ、酷く落ち着いた声で厳かにミームは喋りだした。
〔我が姉キイよ、いかがいたしました、旅先で何か火急の要件が出来たとでも?〕
何事も無かったかのように話を進めようとするミーム。キイは呆れた表情を浮かべる。
「いや、普通にしてよい。火急の要件でもない、確かめに来ただけじゃ。」
〔確かめる? 私なら元気よ!〕
「いや、お主の安否を確認するためにわざわざ通信したわけではない。お主が治めている国は心配じゃが。」
キイの妹で、エルフの国の現女王であるミームは、政治にはほぼ関心がない。とはいえ、関心がないというだけで暗君でもなく、キイが様々な政策で安定させた国を維持し、逆にキイが得意ではない外交の分野では無自覚とはいえ結果として発展させている。
〔心配ないって、悪い人なんて意外と居ないもんよ?〕
「それはワシも重々承知じゃ、お主に言われるまでもない。居ないとも言わんがの。」
〔じゃあ何なの? これ、エルフ以外にバレたらまずいんじゃないの?〕
アレンには濁して答えていた少しだけ強いマナの力、それがエルフのみが知るこの通信の力の事である。他の種族にこの力を漏らすことは許されない事であり、また、漏らそうとするエルフも長い歴史の中で存在してはいない。
エルフが柱へと入れた世界樹のマナはすべて世界樹へと繋がっており、通信を行いたい柱を削った粉をふりかけると通信可能な状態となる。付いた粉が取れると通信状態は切れてしまうので、止めたい時は拭き取るのが一般的だ。
「心配は要らぬ、人間の町ではあるが今はワシしかおらぬ。実はの、明日からこの町に住むことになったからその報告と、実際にこのマナが機能しておるかを確かめたかったのじゃ。寝ていたら起こしてあげねばいかんからの。住み始めた後でも良かったのじゃが……、勘の鋭い男もおっての。」
〔男!? 姉様住むってもしかして彼氏できたの!?〕
「まあそこに一番反応するじゃろうとは思うたが……、悪いが違うのじゃ。その男達とはクロウとして一緒に旅をしておっただけじゃよ。」
〔今男達って言った? 達って! 何人も居るの!? え、やばくない? 今の聞いたセバス? 姉様汚れちゃった……。〕
「だから違うと言っておるじゃろ、セバスまで巻き込むでない。セバスもそこにいつまでも居らんでよいから、ワシが許す、仕事に戻るのじゃ。」
溜息をつきながらミームの執事であるセバスを御守りから解放したキイ。
「もう一度言うが、ワシは旅を止め、人間の町で暮らす事にしたのじゃ。ちゃんと約束の日には女王として国に戻る、そこは心配するでない。そして、幸か不幸かこうしていつでも連絡が取れる事も分かった。ただし、お主の方から連絡をしてはいかんぞ、通信粉を送るつもりもないからそのつもりでおるのじゃ。あとワシはまだ処女じゃ。」
〔あ、そうなの。遊びに行ってもいい?〕
「なんでお主はそんなに軽いんじゃいつもいつも!」
〔え、何か重たい話してたっけ?〕
「そういう意味で言うておらんわ! ……まあ良い、場所はいずれわかるじゃろう。そのうち魔王に勝つような凄腕の剣士をそちらへ向かわせる予定じゃ、そやつから聞くといい。」
〔うっそ! その人間さんってかっこいい!?〕
「いや、汚いおっさんじゃ。」
〔ふーん、勝手にすれば。これってずっと繋いでおくの?〕
「いや、終わったら拭き取るつもりじゃよ、そちらの声が聞こえては意味がないからの。」
〔そっかー……、うん、わかった。久々に姉様のジジイ語が聞けて嬉しかったよ! 会える日を楽しみにしてるね、それじゃねー。〕
「ジジイ語というのはやめるのじゃ、これは直らん。」
〔私が先に産まれてたらお爺様の所で育てられたのは私だったんだもんね、あぶなー、ジジイ語喋る私なんて嫌だもん。〕
「その話はもうよい、これで通信を終わるのじゃ、いつか会おう我が妹よ。」
〔はーい、二回目だけどそれじゃねー。〕
キイは柱にかけた通信粉を拭き取る。そして来た時と同じように、宿屋へと人知れず戻っていくのであった。




