6.旅立つ者と追いすがる者
採掘用の魔術機械と、それを扱える人員が増えるに連れて、アルザールの発展は加速度を増していく。
市街区への通路開通。市街区の廃棄孔の封鎖による気密の確保。崩れ落ちたミスリル壁の採掘と回収が開始され、瓦礫の下敷きになっていた街の物品もアルザール市街へ持ち込まれ始める。
灰色のコンクリートで作られた単調な街並みに変化が現れ始めた。
木のドアや布の飾り付け、石やレンガ作りの建物、徐々に人通りの増える市場通り。
それからすぐに、農業区が掘り起こされた。
隅の一角で、崩れたミスリル壁が空気を閉じ込め気密を保っていた部分が発見され、その土がすぐさまアルザールの実験農場に回される。
土の養分と水と光、それに魔力さえあれば、魔力速成植物の成長は極めて早い。
食糧生産が復活しはじめ、徐々にまともな食料が市民へ配給されていく。
鉱山区では、あちこちへ延びる長い地下道の先に残された鉱脈が再び採掘され始めた。
オベウス製の採掘機械や運搬車両が慌ただしく駆け回り、金属を含んだ鉱石や魔石の原石をアルザールに運んでいく。
ダークエルフの街とエルフの街に加えて、これらの資源を加工する産業街が徐々に形成され、面積を拡大していった。
いまだ自動化されたラインが必要なほどの産出量ではないが、いずれは魔石で稼働する工場が立ち並ぶようになるだろう。
ワシューは喧々諤々の末に、”王族の承認”を含まない法律を制定することに制定した。
エアナはいまだ王族の身だが、いくらかその肩から責任が降りた事になる。
同時に、クイントたち元親衛隊の面々もエアナの指示でレンドール率いる軍隊の傘下へ合流した。
実質的に、エルフたちの持つ全ての軍事力がオベウスの私兵になったことになる。
ワシューとオベウスの間で、この件についてちくちくやりあう光景が多発した。
その後、法律に従って市長選挙が行われ、圧倒的支持でワシューが当選する。
その後に行われた市議会選挙では、おおむね人口比に沿った形で民衆を代表した議員たちが当選する。その中には〈イーネカイオンの牙〉メンバーの過激派の姿もあった。
実際のところ、ダークエルフの過激派議員が最大派閥だ。次いで穏健派。
そこにエルフの議員、あとはイーネカイオン神を崇める宗教家が混ざる形になった。
そして、今までは月面の真空空間との間に〈シールド〉一枚しかなかったアルザールに、いよいよ天井が作られた。回収されたミスリルによる二重天井と、遮温用のコンクリート屋根による三重天井だ。
加えてリールクら技術者とオベウスの協力で、都市の生命維持システムが整備される。
いよいよ、オベウスやイーネカイオンの手を借りずとも鉱山から産出される魔石資源で街を維持できる体勢が整った。
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『見事なものだ』
イーネカイオンは首を巡らせて、アルザールの景色を眺めた。
周囲には多くの人々が集まり、彼の一挙一動に反応している。
『瞬きほどの時間で、これほどの都市を作り上げるとはな。お前たちには可能性がある』
巨竜が首を地面に着けて、集まる民衆と目線を合わせた。
その先頭には”イーネカイオンの使徒”としての地位が安定してきたオベウスが立つ。
彼の後ろには、エアナとワシュー、そして市議会議員たちが控えている。
『我は多くの文明を見てきたが。これほど文明の未成熟な段階で宇宙に都市を築き上げたのは、お前たちの他に例を知らぬ。……正直、これから何が起こるのか、我にはまったく予想ができん。だが、この調子ならば、いずれお前たちは我の体に並ぶほどの巨船を作り上げ、やがて我を追い越すだろう。対等な立場で話ができる日を楽しみにしている』
イーネカイオンは翼を広げ、畳んだ脚を伸ばした。
その巨体が動いたことで地面が揺れ、突風が吹く。
『さらばだ、耳長族。けして歩みを止めることなかれ』
その巨体が、不可思議な粒子を放ちながら消えた。
おそらく転移魔術に近い事を行ったのだろうが、オベウスですら、そこに魔力の反応を感じ取ることは出来なかった。……時代を一人で飛び越える天才魔術師も、数万年か数百万年か数億年か……それだけの時を生きてきた古竜を前にしては、いまだに未熟者だ。
『オベウス。転移しろ。座標は我が操作する』
ざわめく民衆を後ろに残し、彼は転移魔術を行使した。
転移先は、アルザールからすぐ近くの月面だ。
「……何か話でもあるのか?」
オベウスは巨竜の目前まで〈レビテート〉で飛び上がり、尋ねる。
『警告しておく。この星系は奇妙だ』
「どういうことだ」
『種族が混成しすぎている。エルフと人間……それに、お前の話を聞く限り、地上には数多くの種族が暮らしているのだろう? ドワーフや各種の獣人や竜人……まだまだ多くの知性を持つ種が居ると聞く。我は多くの惑星を訪れてきたが、原始時代のうちに一つの種が他を滅ぼし、覇権を握っているのが普通だ。生き残っていても二つか三つ程度だろう』
イーネカイオンが首を持ち上げて、頭上の青い惑星を見る。
『……それに。この星系には三つ、魔力を持たぬ種族でも居住できるほど環境の良い惑星が存在している』
「なに?」
『一つ内側の軌道にある火山の星と、一つ外側にある大海の星だ。魔力放射からして、これら二つの星にも文明が存在する』
「人為的に作られた星系だと言いたいのか?」
『いや、違う。それほど大工事が行われた痕跡はない。だが、違和感がある……警戒せよ、オベウス。この銀河を見回しても、未熟な中世文明からいきなり宇宙へ飛び出すような魔術師は、おそらくお前の他にいない。何か起きた時に対処できるのはお前だけだ』
イーネカイオンは、真剣な顔でオベウスを見つめている。
『悪いが、協力できるのはここまでだ。回らなければいけない星は他にもある。それと、遠くないうち、我らの巣で次代の子を設計しなければならんから……その材料を集めねばならんのだ。いや、実際、本当はこんな所で話している時間的余裕など無いほどでな』
「……どういう生殖形態なのか知らんが、子供を作るのは一大事なんだろうな」
『うむ……はよう帰らんと、他の二八頭にどやされるわ』
「二八? それは……つまり、ハーレムなのか?」
『いや、性があるわけではなくてな、部分的な経験や構成術式を受け渡して……ああ、本当にこんな話をしている場合ではないのだ! さらば!』
そして、巨竜は一瞬のうちにその姿を消した。
オベウスは近寄って魔力の反応を確かめたが、やはり何もない。
「効率百パーセントの魔力変換か、あるいは魔力以外の技術体系か……いずれにしても、宇宙は広いな」
- - -
一週間後。
アルザールのダークエルフ街中心、市庁舎近くの広場に巨大な石像が完成した。
十分の一スケールで――それでも十分に大きい――作られたイーネカイオンの像だ。
その頭の上には、やや誇張されたサイズの杖を構えたオベウスが乗っかっている。
地下都市クィンドールに穴を開け、皆を助けに来た瞬間をイメージしているらしい。
ちなみに。
オベウスがイーネカイオンと約束した”頭の上に乗せてもらい宇宙を飛ぶ”という約束は、この直前に果たされている。
けっこうな勢いで外へ放り出されたので、戻るためにファーサイトの術式でイーネカイオンと連絡を取り、巨竜の頭上に乗ってクレーターまで戻ったのだ。
「来たが。何の用だ」
「石像の完成式典に出なかったであろう? 良い出来だから、見せておきたかった」
完成してから数日後、エアナは手紙でオベウスを呼び出した。
彼女は優美な長衣をはためかせ、オベウスのすぐ近くまで寄る。
広場だけあって近くに大勢の市民がいるが、空気を読んでやや遠巻きに見守っている。
「……自分の像をありがたがっている暇はない。腰を据えて取り掛かるべき研究がいくつもある。帰ってもいいか」
「あのな、オベウス……」
彼女は一瞬で不機嫌になり、諮問するような口調で話し始める。
「言っておくが、私はお前のことが……分かるだろ。それなりに勇気を出す必要があったんだぞ。なのに、デートどころか会いにも来ないのはどういう事なんだ」
「……俺は別に、お前のことは好きじゃないぞ? 一度もそうは言っていない」
「なっ」
エアナが動きを止めた。周囲の民衆もフリーズした。エアナは全身から怒りを発散させながら再起動し、オベウスに食ってかかろうとする。
が、オベウスに機先を制された。
「まだ、な。これから好きにならないとは言っていない。いいか、デートしたいならお前の方から誘ってこい。お前のことを好きにさせてみせろ」
「……私から、誘う……」
彼女は頬を染めて、やや俯き気味になり、オベウスを上目遣いで見た。
「そうだ。恋愛沙汰はよく分からんが、好いてる側が踏み込むものじゃないのか」
「私から……誘う……」
「ああ」
「誘う……」
「誘え」
「……今夜、アルザールの天井エアロック前で」
やや小さな声で、恥ずかしそうに彼女は言った。
後ろで民衆が小さくガッツポーズを取った。
「今夜? いいだろう」
「じゃあ……今夜に」
「ああ」
「そう、今夜に……」
「何回同じことを言うつもりだ」
「……うるさい! 何を話せばいいかよくわからないのだ、ばか! また後でな!」
エアナは褐色の頬を真っ赤に染めながら背を向けて、大股でどこかに歩いていった。
「お前の住んでる仮の家、そっちと反対側じゃないか」
「……あっ」
「大丈夫か?」
「へ、平気だ! いいか、全力で誘ってやるからな! 期待して待て!」
彼女はそのまま間違った方向へ歩いていった。




