4.進展と対峙
クレーターから地下都市クィンドールへと伸びた穴の奥深く。
細いドリルを備えたモーター駆動の穿孔機が、自爆後の衝撃で埋まった通路へ穴を開けた。操縦しているオベウスが、穿孔機を後方に下げる。
それから穴の奥深くに魔石爆弾を差し込み、周囲で見学しているダークエルフたちを後方に下がらせた。
通路を塞ぐように〈シールド〉を展開し、埋まった部分を発破する。
「次だ」
探査車の先から腕を生やしたような見た目のショベルカーを操縦し、発破で崩れた土砂を切り崩していく。
すぐ後ろに平べったい運搬車を持ってきて、そこへ土を入れた。
「おお……」
土を乗せた運搬車が地下通路を戻り、クレーター内の月面都市アルザールで土を降ろす。後ろをついてきたダークエルフの元鉱山奴隷たちが運搬車を囲み、口々に感嘆の声を漏らした。
「確かに、これなら作業は早くなるし、エンチャントしたつるはしで削るより遥かに楽だ……工期がぜんぜん短くなるぞ……」
「その通りだ。必要人員も少ない。今は一セットだけの製造に留めるが、これの量産体制が整えば、いくつもの鉱脈を同時に掘り進めるようになる」
ダークエルフたちの注目を浴びたオベウスが、運搬車から降りる。
「だが、機械を扱うには最低限の知識が必要だ。リールク?」
「えっと、どうも……」
近くの物陰から、眼鏡をかけたエルフのリールクが現れる。
ダークエルフたちの彼女を見る視線は、冷たい。
「僕はリールク。生命維持システムの維持管理を担当していた技術者です。その……技術者としての知識を生かし、近々、教師として講義を行うことになりまして」
「これら採掘機械を扱うものは、彼女の特別講義に出席してほしい。場所は、エルフの街との中間点にある学校だ」
反応は様々だ。エルフ野郎なんかに教わる事なんかねえよ、と否定的なものや、あの機械を動かすの絶対楽しいだろ、と楽観的なもの……〈イーネカイオンの使徒〉様に頼まれたらやるしかない、と目を輝かせるオベウスの信者も存在している。
「無理に、とは言わない。そのまま手掘りを続ける人員も必要だ。状況が気に入らないなら転職したっていい。やりたい物だけ志願してくれ」
……結局、半数以上のダークエルフたちが志願した。
志願者の名前を書類にまとめた後、オベウスは採掘現場に残った機械を地下通路の手前まで戻した後、ダークエルフたちの街へ向かう。目的地は中央に立つシティホールだ。
道すがら、オベウスとリールクは〈シールド〉と〈クリエイト・エアー〉を維持する回路の効率や魔力消費量について意見を交換した。
実際に生命維持システムを運用してきたリールクの知識がオベウスの才能と反応し、議論が一気に進展していく。
「……やはり、二重構造の中に魔法陣を仕込む構造になりそうか。いや、魔術金属の遮温能力は低いから、太陽光を防ぐためにもう一層必要だな……考えておく」
「ええ。じゃあ、僕は農業の研究に戻ります」
リールクと別れ、オベウスはシティホールに向かった。
岩を削り出した簡素な両開きドアを開く。
薄い岩の仕切りで一時的な間取りが作られていて、受付らしきスペースがあった。
もっとも、まだ職員は誰も居ない。
彼は無人のレセプションを通り過ぎて、会議室の扉を開く。
「呼ばれたぞ。用件は何だ?」
「ああ、オベウス様。どうぞ席についてください」
「だから、様は不要だと……」
「民衆にとって、あなたは〈イーネカイオンの使徒〉ですから。無礼を働くわけにはいきませんよ」
「宗教は嫌いなんだがな」
オベウスは席に着いた。ワシューの他には誰もいない。
一対一だ。
「法律の草案が完成しまして。できれば、他の者に見せる前に意見を伺えないかと」
手渡された直筆の草稿へ、オベウスが目を走らせる。
彼はざっとページを捲り、一瞬で最後のページまで到達した。
「俺の専門外だ。議会制への移行はやや過激だが、妥当でもある。特に言うことはない」
「……そうですか」
「他に用件は? なければ行かせてもらう。悪いが、魔術機械の製造で忙しいんだ」
「一つだけ聞いておきたいことがあります。……あなたに政治的野心はありますか?」
ワシューの瞳に、懐疑と鋭い知性の色が覗いている。
オベウスを見極めようとしているのだろう。
「いや。政治に興味はない。俺はただ、自分の宇宙基地設営と人材確保を兼ねて、お前らの街作りに手を貸しているだけだ。十分に発展した段階で、アルザールからは手を引く」
オベウスは草稿をワシューに突き返し、彼の表情を観察した。
オベウスとしても、彼を見極めるよい機会だ。
「お前はどうだ? 野心はあるのか?」
「わたしは、ダークエルフとエルフがより良い生活を送れるよう努力しているだけです。それを野心と呼ぶ人も居るでしょうが、個人的な地位に関心はないですよ」
彼の受け答えに嘘はない。……と、オベウスは思った。
だが、この男は政治家だ。オベウスは警戒を解かないまま、話題を移した。
「そうか。……法案制定の項。議会による承認に加えて、王族による承認が明記されているな。確かにエアナは人気があるし、王の娘で身分も高い。いきなり王政を廃止するのは、さすがのお前でも過激にすぎると思ったんだろう」
「ええ。貴族はまだ必要ですよ。……女王シルドルが玉座に着く前の形には戻しますがね。あまり権力を持たない、民衆に寄り添う統治者と、実質的な行政権力を担う市長と市議会。今の所はこのシステムが合理的です」
「そのまま百年も経てば、貴族は不要になるだろうな。お前が発展したアルザールの権力を握る事になる」
「……それは結果であって、目的ではありませんよ。できることなら、なるべく早く有能な後任者を見つけて引退したいですね……あいにく、今はわたしの他に適任者がいない」
「能力のないものほど地位を望み、適任者ほど引退したがる。お前もそういう類か」
オベウスはワシューを眺め、頷いた。
信頼できる……とは言い切れないが、少なくとも確実に、信頼のできる男を演じられるだけの能力はある。
アルザールを任せるならこの男だ、とオベウスは判断した。
エアナも悪くない統治者になれるだろうが、ワシューは間違いなく優れた統治者で、二人の間にはいくらか能力の差がある。
……もちろん、他の〈イーネカイオンの牙〉メンバーは論外だ。
ただの反乱者に政権を渡せば、間違いなく血の雨が降る。
「王族による承認の文言を削除してくれ」
ワシューが顔にわずかな驚愕を浮かべた。
「本気ですか?」
「その項がある限り、エアナはこの街を離れられない。王族の責務を背負ったまま一生ここに縛り付けられる人生というのは、あまり良いものじゃないだろう」
「……ええ。そうですね。しかし、おそらく全員から反対されますよ」
「俺の賛成があれば通せる。これを利用するのは癪だが……俺は〈イーネカイオンの使徒〉だからな。王権はたいてい神と結びついているだろ」
ワシューは両肘を机に着けて、草稿の担当箇所を見直しはじめた。
「……ギリギリまで、この変更は隠したままでいきましょう」
「ああ。エアナにだけは俺から伝えておく」
オベウスは立ち上がり、会議室のドアへ向かった。
「オベウス。今更言うまでもないことですが……あなたが居なければ、反乱は成功しえなかったし、新たな都市を築く事も不可能だった。感謝しています。……そして、わたしはあなたのことを信頼しています」
「そうか。なら、次から試すような質問は控えてくれると助かる」
「そうですか? わたしの見立てたところ、あなたは能力を発揮する場に飢えているように感じますよ。あなたにとって、敵を打ち倒す機会は喜ぶべきものでは?」
「……お前は自分がいちばん優秀で、誰より正しい理想の未来を思い描けていると思っているが、それは幻想だ。暴走するなよ、理想主義者」
二人は口元に小さな笑みを浮かべながら睨みあった。
「嫌な気分だろう。分かったら、人の内面に立ち入るのも控えてくれ」
「ええ。そうしますよ。もう必要ありませんからね」
長い付き合いになるだろう。オベウスはそう思った。
そしておそらく、相手も同じ事を思っているだろう。




