エピローグ
地下都市クィンドールは崩落し、全域が土の下に埋まった。
避難に使われた長い通路も、崩落に巻き込まれて半ばで崩れている。
数千人の避難民は、オベウスが作り上げたクレーターの中で縮こまっていた。
そう、彼が月へ着陸した時に作り上げたクレーターだ。
中央には変わらず〈オベウス一号〉が鎮座しているが、領土主張の海賊旗はオベウスの手によって撤去されていた。最初から冗談のようなものだ。
どうせ彼は旅立つのだから、領土を主張して王の座に収まっても意味がない。
クレーターの口を塞ぐように巨大なシールドが張られ、〈クリエイト・エアー〉で十分な空気が確保されているため、避難民たちがすぐに死ぬ心配はない。
加えて、〈グラヴィティ〉の魔術による人工重力も働いている。
だが、これら最低限の生命維持が行われているだけだ。
地下都市が崩れた以上、避難民たちはゼロから再出発せざるをえない。
そんなクレーターの、外縁部。
人のいないあたりをオベウスとエアナが共に散歩していた。
元奴隷のダークエルフたちに囲まれ、ひたすら感謝されたり握手をねだられたり、オベウスを”イーネカイオンの使徒様”として崇めはじめた信徒に対応したりしていたので、二人の顔に若干の疲れが見えている。
「これの用意で時間がかかった。もっと早く助けに行くつもりだったんだが」
オベウスが、シールドの張られたクレーターを見回しながら言った。
エアナの耳は彼が既に治療したため、その言葉を正常に聞き取っている。
「……そもそも、どうやって中の状況を知ったんだ? 地下都市が自爆する事を知らなければ、こんな避難場所を作りはしないだろう?」
「王宮にファーサイトの術式を仕掛けておいた。念のためにな」
「あれは双方向から見えるものじゃないのか? どこにも無かったぞ?」
「廃棄孔の中だ。暗い場所だからな」
「ああ……」
月のさらさらとした砂へ、点々と足跡が刻まれていく。
「この先、どうなるんだ? 地下都市は崩壊し、食料の持ち合わせもない……」
クレーターの中に鎮座しているイーネカイオンと、そこに群がる避難民たちを眺めながら、エアナが言う。
「かといって、地上に帰るのも無理だ。本国のエルフたちに見つかれば厄介な事になる。……ダークエルフだけではなくて、この都市のエルフたちもな。彼らは基本的に、エルフの国の上層部からの命令で強引に送り込まれてきた者たちだ……」
「無いなら作れ、だ」
オベウスが言った。
「街作りに協力する。……かわりに、宇宙船の発着基地を作らせてくれ。基地の運用スタッフ、それから宇宙船を扱える人材も育成したい」
「本気か? 私達にとって得しかない取引だぞ?」
「本気だ。そもそも俺は、月面に基地を設営するためここまで来たんだからな」
エアナは信じられないものを見るかのような顔で、オベウスの事を見た。
「何の意味があるんだ、月に基地を作って? お前は地上の人間だろ?」
「他の惑星を探索し、いずれ外宇宙に出るための基地だ。もちろん困難だが……困難な道こそ切り開く価値がある。それに、他の惑星を自分の目で見てみたいだろう?」
「……スケールの大きい話だな。想像もつかない」
彼女は頭を振った。
「街を作ると言っていたが、食料はどうする?」
「魔力で成長する速成植物を持ってきている。イモや米だ。農業区の技術者や労働者たちが残っているなら、一ヶ月もせず軌道に乗せられるだろう。それまでの食料は……」
彼はクレーターに転がった魔石を拾い上げる。
「月の魔物を狩って現地調達する」
「……魔物食いか……。量の方は……いや、お前がいるなら心配ないか。これだけのクレーターを作れる魔術師なら、いくらでも好きに狩れるんだろう?」
「そうだな。真空空間に適応した魔物の中で、食える肉を持つ種がどれほど生息しているか、これが問題だが……少なくとも、ウサギに似た魔物はいた」
「月にウサギ? 童話じゃないか」
「これが童話の元だ。おそらくは」
オベウスは立ち止まり、エアナに向き直った。
「歩くのに飽きてきた。空中散歩に興味はないか?」
「飽きてきたってお前……たしかに、空中散歩は面白そうだけどな、しかし……」
「だろう。良い方法を思いついてな」
「……まあ、いいか。エスコートしてくれるか?」
「任せろ、お姫様」
「こんな時ぐらい私を姫の役割から解放してくれよ、ばか。これから私が彼らを率いるんだぞ、もう胃が痛いぐらいだ……」
「悪かった。そういうつもりは無かったんだが」
「いや、いい。お前がズレてて感情を読むのが苦手なのはもう知ってる。そんな事より、月面を案内してくれ」
エアナが右手を差し出した。その手を掴み、オベウスが〈レビテート〉を使って重力を打ち消し、周囲に〈シールド〉を張る。
外周へ更に小さな円形の〈シールド〉をいくつか作り、そこへ〈クリエイト・ウォーター〉で水を溜める。水がぎゅうぎゅうに詰まり、圧力が高まっていく。
「いくつ同時に魔術を使ってるんだ……?」
「大したことじゃない。行くぞ」
二人は地面を蹴った。
水を打ち出し、その反動で姿勢をコントロールしながら、クレーターの外へ飛んでいく。
エアナに対しては推進力が効いていないので、彼女がオベウスにしがみつくような形になった。
クレーターの淵を越えた瞬間に、太陽のぎらぎらした直射日光が二人を襲った。
もう一枚、色の濃い〈シールド〉を太陽の方向へ展開して身を守る。
そのまま、二人は徐々に高い場所へと登っていく。
「……絵で見るのとは、ぜんぜん違うな」
頭上いっぱいに広がる満天の星を見上げて、しみじみとエアナが呟いた。
彼女は地下都市で生まれ育ったのだから、これが初めて見る夜空だ。
オベウスは〈レビテート〉の効きを調節し、空中の一点で留まれるようにした。
「なあ。お前は……街が出来た後も、ずっとここに居るのか?」
ほとんど抱き合っているような状態で近距離からオベウスの顔を見つめているエアナが、ささやくように言う。
「いいや、一時拠点だ。月の資源でもっと高性能な宇宙船を作り、他の惑星を探索しに行く。研究設備を船に備えれば、一点に留まる意味はない」
「……そうか。わかった。そこで別れることになるな」
エアナが寂しそうに呟いた。
「エアナ。責任を背負うのは尊い事だが、その責任自体が必ずしも必要とは限らない」
「なんだ、いきなり?」
「ダークエルフの”国王”が統治していた時代は、もっと緩かったはずだ」
「そうだと聞くが……何を言いたいんだ?」
「この規模の都市ならば、絶対的な女王は不要だ。エルフとダークエルフの間に残る傷跡を考えれば、エルフとダークエルフの間に生まれたお前が玉座に座るのは象徴として役に立つが……そんな象徴がなくとも、不満が溜まれば溝は深まるし、なければ癒える」
オベウスは、クレーターの中にいる数千人の避難民を見ながら言う。
「自分のやる事は自分で選べ。どんな責任を背負うのかも自分で決めろ。全員がそうやって生きられるとも、生きるべきだとも言わないが、お前はそれが出来るだけの能力を持っているはずだ。なのに他人の求めるまま、全てを受け入れて振る舞っているようでは奴隷と何も変わらない。仮にも奴隷を解放するために戦った人間が、それでいいのか?」
「……!」
彼女は意表を突かれ、考え込んだ。
「……お前が旅立つのは、先の話だろう? しばらく考えさせてくれ」
「ああ。先の話だ。ゆっくり考えろ」
そして、二人はクレーターの中に降りていった。
……避難民たちは全てを失ったが、それでも彼らの顔は前向きだ。
やむを得ない事情があったとはいえ、女王による圧制から解放されたのはエルフもダークエルフも同じだ。
それに、地下都市は既に手狭な状態だった。
彼らは完全に手詰まりの状態にあったのだから、今は解放を喜ばしく思っている。
……一ヶ月も魔物で食いつなぐ必要があると知れば、表情は変わってくるだろうが。
「さて、ゼロからの月面都市作りといこうか」
食料、インフラ、共にほぼゼロ。
あるのは一つのクレーター、それと一人の天才。
養うべきは、数千人の避難民。
目指すべきは、本格的な宇宙進出。
「なかなかに面白い挑戦だ」
無限に開けた可能性に胸を高鳴らせながら、オベウスが言った。
ここまでお読みくださりありがとうございました! これにて第一話完結です!
長くても数日以内には、内政パートの一・五話「月面街と宇宙船作り」の連載を開始しますので、どうぞこれからもよろしくおねがいします!




