10.言ったろう、必ず助けに来ると。俺は約束を守る男だ
王宮へと突風が吹き込んだ後、地下都市を丸ごと揺らがす大爆発が起こった。
都市中の主な魔力回路が過負荷で焼き切れて、一瞬、周囲が暗闇に包まれる。
すぐに補助魔力回路系統へ切り替わった。
魔力を大量に使う人工太陽にかわり、薄暗い月光灯が点灯する。
「何だ!? ……オベウスは? 無事か!?」
王宮の入り口付近で戦闘していたエアナが叫び、爆心地を見た。
月に照らされ、半壊した王宮が浮かび上がる。
その崩れかけた階段の奥に、女王が鎮座していた。
「女王、シルドル……」
エアナが呟き、歯を強く噛み締めて、矢のような目つきで女王を射抜く。
爆発の前まで戦闘の真っ最中だった両軍の兵士たちが、時の止まったように立ち尽くし、その二人を見ていた。
回路が焼けて壊れたスプリンクラーが、王宮の上に豪雨を降らせはじめた。
「クイント。背後は任せるぞ。手出しは不要だ」
「お任せください、姫様」
反乱軍が、彼女の周囲を守るように布陣した。
「……私は反乱軍〈イーネカイオンの牙〉のリーダー、エアナだ!」
魔剣の切っ先を向け、エアナが叫ぶ。
「長年に渡る圧政と非道のツケを払ってもらおう! ダークエルフの自由のために、貴様の首を貰い受ける!」
「……くくく。くははは! 何も知らぬ箱入り娘が! 我を倒せばダークエルフが自由になれるとでも、本気で思っているのか!? これは傑作だ!」
膝を打ちながら、女王が笑う。
「貴様らは自滅への引き金を引いただけだ、この愚か者どもめ!」
「愚かで結構! 賢しらに理由をつけて嗜虐心を満たすお前のような悪逆非道の女王より、よほど上等だ!」
「ならば! 証明してみせろ!」
豪雨に打たれながら、女王が立ち上がった。
その両手に嵌まる神話級の秘宝、〈生死の環〉が輝きを放ちはじめる。
対するエアナも魔剣を構え、魔力を練り上げた。
「来い!」
「……覚悟ッ!」
放たれた矢のように、エアナが豪雨の中を女王へと一直線に駆ける。
「〈死の右手〉!」
その進路上に無数の影が伸び、実体化した。凡そ生命を憎む亡者たちの右手が地獄から伸び、エアナを手中に捕らえんと伸びる。
「てやあああっ!」
エアナが勢いを止めずに魔剣を振るう。
影の右手がいくつも両断され、掠れて消えた。
切ったそばから、無数の手が彼女の周囲から次々と湧く。
全方位から伸びる手。その攻撃を踊るように華麗な足さばきで回避しながら、全てを切り落とし、エアナは女王へと徐々に近づいていく。
だが、距離を詰めるにつれ影の右手は密度を高め、あと数歩のところでついに前進が不可能になった。
その場で必死に回避を繰り返し、ときおり影を切り裂くエアナの懸命な試みは、しかし延命以上の物にはならない。
「諦めろ。お前ではな、我には勝てんよ」
「なんだと!?」
「何故か分かるか? 我らは何も変わらんからだ。ただ、責務によって動かされている……我は本国からの要求を満たすために。お前は奴隷たちの祈りを成就させるために」
「一緒に……するなっ!」
エアナの肩に、影の手が掴みかかる。じゅう、と肉が焼けた。
すぐに切り払い、辛うじて態勢を整える。
「だがな……背負った重さが、違うのよ。我は覚悟している。千年であろうが二千年であろうが、この地下都市を運営し続けるつもりでいる。ただ蜂起の象徴として利用され、周囲の奴隷たちが求めるように演じているだけのお前とは違う!」
エアナの剣筋が乱れた。力任せで実体のある影を切り払い、魔剣の先端が欠ける。
「我を殺して、それでどうするつもりだった? 地下都市を運営する覚悟はあったのか? お前の他に、貴族の血を引く者はいないのだぞ?」
「……私はただ、犠牲になった人々を救いたいだけだ」
彼女は周囲を囲む影ごしに、女王へとまっすぐ剣を向けた。
「酷い目に遭ったのは奴隷たちだけじゃない。だろ、母さん」
「…………」
影が左右に退いてゆく。
半壊したスプリンクラーの豪雨と偽の月光の下、二人は直接、顔と顔を突き合わせた。
「……アーッハッハ! この我を指して、酷い目に遭っていると!? バカを言うな、これ以上ないほど楽しんでいるとも! お前も言っているだろう、我が嗜虐心を満たしているとな! お前を殺したあと、ダークエルフの奴隷共をどうしてやろうか、今から楽しみでならんわ!」
「分かっている。そうならざるを得なかった。分かっているんだ。どちらかが死んで決着をつける必要があることも。分かっているんだよ、母さん」
「黙れ、小娘ごときに何が分かる!」
「分からないとでも思うのか」
「黙れェッ!」
女王の目前にいくつも影の右手が生成される。
……全方位から同時に、隙間ひとつ作らず、攻撃が開始された。
たとえ影をいくつか切り払ったところで、逃げ道はない。
「うあああああああっ!」
凄まじい咆哮と共に、エアナが魔剣を振り上げた。
地面に溜まった水を盛大に跳ね上げ、雨の滴を後方へ滴らせながら、まっすぐ影の手へと正面から飛び込み、思い切り体当たりを食らわせ吹き飛ばす。
ぶつかった肩から彼女の長衣が溶け、痛々しく焼け焦げた肉が覗く。
「この程度ッ!」
さらに立ちふさがる影へと、同じく全体重をぶつけ、強引に道を開ける。
肩の肉がさらに溶け落ちて、白骨が露出した。
それでも彼女は止まらない。ついに、女王が剣の間合いに入る。
「覚悟ッ!」
「来い」
振り下ろされた魔剣が、袈裟懸けに女王の体を切り裂く。
……同時に、女王の左手に嵌まった宝石が強く輝いた。
エアナの負った傷が急激に回復し、元通りになる。
「な……なぜ」
「……こうなったからには、死ぬまで悪役を貫くつもりだったのだが。つい、な……」
エアナの剣は、上半身を半ばまで切り裂いた所で止まっている。
即死させるほどの傷ではないが、魔力の循環を止めるには十分な傷だ。
女王の指に嵌まった宝石が輝きを失い、影が全て消え去った。
魔剣の根本に嵌め込まれた魔石もまた、魔力を使い果たし、沈黙する。
「……やった! 姫様が女王を斃したぞ! 我々の勝利だ!」
背後で、ダークエルフの元奴隷が叫んだ。エルフの兵士たちが次々と武器を捨て、戦闘が急速に収束していく。ついに圧制者を打倒した元奴隷たちは、豪雨を気にもとめず踊るようにあたりを跳ね回って、互いに抱き合いながら口々に喜びを表現した。
「勝利、か。ハ。全てが崩れ去るというのに。愚か者どもめ」
「何だと」
「頃合いだ」
じい、と、魔術拡声器のノイズが都市の中に走る。
そして、機械的な音声のアナウンスが流れた。
――本国との連絡途絶を確認。月面地下都市クィンドールの反乱・独立・技術拡散防止プロトコルに乗っ取り、二十分後に自爆装置を起動します。
「は……?」
「逆らえないのには、それなりの理由がある。……実行に移す前に、より深く状況を調べるべきであったな。お前たちは自滅の引き金を引いただけだ」
青ざめたエアナの頬を、雨が伝っていく。
――五十秒。四九。四八。
彼女が動けずにいる間も、カウントダウンは無情に進んだ。
「な、なぜ誰にも教えなかった……?」
「喋れないようにされていた。奴隷にされていたのは、ダークエルフだけではない。それに、やつら、そもそも月面都市を潰したがっていてな……」
「なにか手は無いのか!? 自爆装置はどこだ!?」
「無数に。解除する時間も意味もない。街中の爆弾を解除したところで、区画ごとに一つづつ存在している廃棄孔が爆破され、気密が抜ける……ゴホッ、ゴホッ」
女王が血を吐いた。
とめどなく流れる血が地面を流れる雨と混ざり、崩れた王宮の地面を流れていく。
「転移門を修復して、本国との連絡を回復……いや、この手は無いか……」
「オベウスとかいう男さえ居なければ、こうなる事はなかったろうに」
それを聞いたエアナの顔色が、いくらか明るくなった。
「……そうだ、オベウス! あいつは今どこにいる!?」
「廃棄孔から捨てた」
「なっ!?」
エアナが拳を握りしめて、半壊した王宮の天井を見上げる。
通常の素材で作られた天井部分は破壊され、外の球面天井が見えているが……多くの罪人を追放してきた悪名高い廃棄孔は、その形を保ったまま球面天井から生えている。
「……オベウス……」
エアナは呟き、オベウスの魔剣を見下ろした。
魔力の尽きた魔石が、不吉な運命を暗示している。
「滅茶苦茶な奴だった。宇宙に放り出された程度で死ぬかどうか……!」
「……確かに、捨てた後にも最後っ屁で化け物じみた威力の攻撃を放ってきたが……ガハッ、フーッ……真空空間に投げ出されて生き残れる奴などおらんだろうな」
女王が廃棄孔を見上げた。……これらの廃棄孔は、エルフの支配が確立された瞬間、本国の要請で作られた代物だ。
同じようなものが他の区画にも存在している。まるで、全ての区画から同時に空気を抜き、地下都市を滅ぼす必要でもあるのか、と思わせられるような仕掛けだ。
……自爆装置の存在を考えれば、実際にそういうつもりだったのだろう。
「……諦めろ……」
息も絶え絶えに、女王が言う。いつ死んでもおかしくはない。
思わずエアナは治療魔術を行使しようとしたが、失敗した。
既にほとんど魔力を使い果たしている。
「諦めて、受け入れろ……運命を……結局、それが人生なのだ、娘よ……」
「……嫌だ! 他にも道はある!」
エアナは叫び、決意と共に立ち上がった。
「私はオベウスを信じる。必ず助けに来る、と言ってくれたんだ! 信じる!」
「そうか」
女王が、わずかに微笑んだ。
「……信じた先に、幸せな未来があるといいな。わたしのようには、なるなよ……」
彼女は静かに瞳を閉じた。……長年に渡ってダークエルフを奴隷として酷使した圧制者としては、穏やかにすぎる死だ。
エアナはほんの一瞬だけ、父と母の揃っていた過去の穏やかな時間を思い返した。
――十九分。五九。五八。
カウントが進む。エアナは踵を返し、叫ぶ。
「……クイント! 住民を王宮前の広場に集めろ!」
「そ、そう言われましても! 自爆装置とやらを探すのが先決では!?」
「いいや! いくつか解除できたとしても、気密が破れれば運命は変わらん! ならば、私達は……救助の可能性を信じるべきだ! 一箇所に集合させ、迅速な避難に備えよ!」
「本気ですか、姫様!」
「私は本気だ! オベウス一人の存在で、この反乱の運命は大きく変わった! あいつは信じるに値する! 行けクイント、農場区画と鉱山区画に残った全員を救出してこい!」
エアナは他の指揮官を四方に送ると、階段を降りて王宮前の広場へ向かい、集まってくる人々を自ら整列させる。
降りしきる大雨の中、刻々と時間が過ぎる。残り十五分。
「ああ!? 今なんつった!? おい!?」
「何度でも言ってやる! 奴隷と一緒になど並んでいられるか!」
声の主はどちらもダークエルフだ。
使う立場だった者と、使われる立場だった者。
「すまないが、私の家族に寄らないでくれ」
「ああ? んだよ、その言い方は」
かと思えば、エアナの近くにいる技術者風のエルフとダークエルフの間で、不穏な会話が交わされはじめる。
「あと十分ちょっとで全員死んじまうってのに、何を我慢する必要がある!? エルフなんざ全員ぶっ殺しちまえ!」
王宮前の広場がにわかにざわめきはじめる。
そこへ新たな集団が到着した。
先頭に立っているのは、ボロボロに傷ついたダークエルフの男だ。
彼がエルフの男に肩を支えられながら歩いてきて、喧嘩寸前の場に割って入る。
「確かに。十分少々で、我々が死ぬ可能性はあるでしょうね」
ダークエルフの男が言った。ワシューだ。隣にいるエルフの男は、大通りで兵士たちに指示を出していた指揮官である。
「だからこそ、人生最後の十分ぐらいは静かに過ごしませんか。恨みつらみはあるでしょうが、その元凶は絶たれたのですから。わたしたちは全員、誰もが圧制の被害者ですよ。もちろん、被害の度には違いがありますが……この都市にいるエルフは、全員がエルフの国から強制的に送り込まれた人員です。それに、反乱軍に協力したエルフだって……」
ワシューが静かに語り、場を収めていく。
……カウントダウンが進む。十分。無機質なアナウンスだ。
エアナは魔術師たちを集め、自らも混ざって怪我人を治療し始めた。
「オベウス……まだか……」
「おい、今オベウスって言ったか、あんた?」
一人のエルフが寄ってきて、エアナに尋ねた。
オベウスにやられて、少し前まで王宮の正面玄関で気絶していた指揮官だ。
「……あの滅茶苦茶にクソ強い化け物野郎が、俺たちを助けに来るってのか?」
「ああ。必ず、来る」
「まじかよ。じゃ、今後の身の振り方を考えなきゃな……奴にゃ勝てねえ、ガハハ」
彼は豪快に笑いながら、広場に集まったエルフたちの元へ戻っていった。
……そして、着々と時間が過ぎていく。
前触れもなく、どん、と地下都市全体が鋭く揺れる。
避難民たちが悲鳴をあげ、身を寄せ合った。
「……今の揺れは……いや、考えている場合ではないか」
エアナは無心で怪我人の治療を繰り返す。
残り五分を切った頃、ようやくクイントが戻ってきた。
鉱業区や農業区に残っていた人々を後ろに引き連れている。
この都市に居るのは全員がエルフとダークエルフのため、子供や老人、病人がほとんど存在せず、距離があるわりに迅速な避難が行えたらしい。
「これで全員か?」
「はい。おそらく、生存者はこれで全員です」
王宮前の広場が数千人の避難民で埋め尽くされた。
収まりきらず、王宮や階段にはみ出している者もいる。
エアナはダークエルフとエルフ両軍の指揮官たちに、民衆をなるべく密集させるよう指示を出した。自らもあちこち駆け回って整列に協力する。
……そして、カウントダウンが二分を切る。
「魔術師たちに、カウントダウン五秒前から結界を張るよう……」
再び地面が揺れる。壁面全体がびりびりと震えて、金属の軋む音が全体に響いた。
「いや……今すぐに結界を張れ! 落下物に備えろ!」
半円状の結界ドームが、周囲を覆った。
残り一分。
ガン、ガン、ガン、と規則的に三回、壁面が激しい爆発で打ち鳴らされる。
「来たか……!」
エアナが瞳をうるませながら、音の出処を見た。
王宮の後方だ。残り五十秒。
「……皆の者! 衝撃に備えろ! 結界の強度を増やせ!」
一瞬の後、王宮の背後にあるミスリルの金属壁が円状に赤熱し、爆発と共に壁が抜ける。そのまま王宮を叩き潰し、階段を登った先に平らな脱出ルートが完成した。
直上のスプリンクラーが吐き出し続ける豪雨が赤熱部に降り注いだ。
じゅうじゅうと音を立てながら冷却されていく。
壁面が破れたにもかかわらず、空気は抜けていかない。
何らかの方法で気密を保っているのだ。
「あれは……!」
広場の民衆が、一様に息を飲んだ。残り四十秒。
星々のきらめく宇宙を背景に、巨大な竜が立っている。
その巨体が通れるほど広い通路を、何らかの手段で作ったようだ。
それは緩やかに上昇しながら、クレーターのような場所に繋がっている。
これなら避難民を短時間で逃がせるだろう。
「イーネカイオン様だ……!」
「おお……なんということだ、神が自ら我々に助けの手を!」
民衆が感動し、感謝の祈りを捧げた。
……本来イーネカイオン信仰を持たないエルフたちも、便乗して祈っている。
残り三十八秒。
「オベウス……!」
エアナの目線は竜ではなく、その頭上に集中していた。
竜の頭に、一人の男が乗っている。
「おい……あの、イーネカイオンの頭の上に乗っている男……」
「……ああ! 〈イーネカイオンの使徒〉か! オベウスとかいう名の!」
民衆たちも彼に気付き、祈りの対象を増やす。残り三十六秒。
彼は息を大きく吸い込み、魔術で声を増幅して、叫んだ。
「約束通り助けに来たぞ、エアナ! さあ、逃げろ!」
オベウスは竜の頭上で杖を振りかざし、出口へと道を作っているミスリルの金属壁を常温まで急速に冷却した。民衆が出口へめがけてなだれ込む。
エアナは脇に避けて、逃げ遅れた者がいないか確かめた。
そして、逃げる人々の最後尾につく。
残り十五秒。エアナは転んだエルフを助けおこしてから王宮前の階段を登り、ミスリル外壁を走る。
「イーネカイオン、もう一度だけ魔力を貸せ! 〈シールド〉!」
壁面に開いた円状の穴の上から、カウントダウンと共にシールドが徐々に降りてくる。
ゼロ秒で完全に出口を塞ぐ速度だ。
――十秒。九。八。七。カウントダウンがいよいよ一桁になった。
エアナが助けおこしたエルフが、シールドの隙間に滑り込む。
あとは彼女一人だ。
「間に合う……!」
エアナが確信した瞬間に、頭上で何かが軋む。
……設計された以上のスピードで膨大な水量を吐き出し続けたスプリンクラーが、ついに強度の限界を迎えた。
水を散布していた金属部品がもげて落下し、エアナの目前に落下した。
「なっ!?」
エアナの額を鋭い金属が掠め、脚をえぐった。バランスを崩し倒れる。あと五秒。
彼女は地面に転がったまま出口を見る。シールドがほとんど閉まっている。四秒。
オベウスが竜の頭上から飛び降りるのが見えた。三秒。
「だめか……」
彼女はふらふらと上体を起こし、そう呟いて瞳を閉じた。
諦めたわけではない。結界を張り、爆発を生き残れる万が一の可能性に賭けたのだ。
……結界を用意しながら、内心でこれからの未来に思いを馳せる。
(……少なくとも、女王を救うことはできた。地下都市クィンドールは崩壊するだろうが、オベウスとイーネカイオンが居るならば月面上に都市を再建することは可能なはずだ。なんとかダークエルフの命運は繋いだ……心残りがあるとすれば。これからオベウスが何をしでかすのか、興味があったな……)
三。二。一。ゼロ。
大爆発の重奏が鋭く空気を伝う。鼓膜が破れ、音が消え去った。
耳が聞こえなくとも振動で分かるほど、激しい破壊が周囲へ繰り広げられている。
爆破された廃棄孔へ吸い込まれていく瓦礫と、崩壊して次々と落下する球形天井。
にも関わらず、〈グラヴィティ〉の魔術による人工重力はまだ効き続けている。偶然なのか、それとも確実に天井の重みで街を潰すためなのか。
(……あれ。衝撃が来ない)
エアナの体を、誰かが抱きとめた。
彼女は瞳を開く。オベウスの体がすぐ目前にある。
周囲に強固な〈シールド〉が展開されていた。
爆発で吹き飛ばされてくる瓦礫を弾き飛ばし、びくともしない。
「なぜ……ここまでするのだ? オベウス、お前の命まで危ないのに……」
「―――――、――――――――。―――――――――」
オベウスが”お姫様抱っこ”でエアナを持ち上げる。
……エアナは瞳を潤ませながら、上目遣いでオベウスを見た。
言葉が聞き取れずとも、その顔を見れば、彼が真摯に答えたことは明らかだった。
オベウスは魔術で周囲の風を操り、シールドごと廃棄孔に吸い込もうとする力へ抗いながらゆっくりと歩みを進める。
「お前を信じて良かったよ、オベウス」
オベウスの腕の中で、エアナは言った。
「なあ。自分を大事にしろって言ってくれたよな」
オベウスがうなずく。
「じゃあ、お前を好きになってもいいか?」
「――?」
彼が、戸惑った様子で何事か言った。その口の動き方には見覚えがあった。
”演技なのか?”と聞いたのだ。こんな状況で。まったく鈍い男だった。
「演技なわけがないだろ。ばか」
エアナは上体を起こし、彼の頬へ口づけした。




