9話 手紙の山と、数万人の彼女候補
薄く目が明く。
でも、体に残る倦怠感がそれ以上の動きをさせない。
「ふあ……」
昨日、私は外敵初撃破を決め、盛大に祝賀会が開かれた。
その上、誰かが『初出撃で乙型単独撃破は史上初』という記録を持ち出してきて、会はどんどんスケールアップしていった。
食事は豪勢、降り注ぐ褒め言葉、もちろん嬉しかったけど疲労も増大した気がする。
時間は……まだ大丈夫かな、もうちょっと寝てよう。
目を閉じ、再び意識がベッドへ沈み込む……直前にノックの音で引き戻された。
「んー……今何時?」
「まだ寝ててもいいはずですけど……誰でしょう」
こんな早くから訪ねてくるなんて大事なことか緊急なことだろうし、無視するわけにもいかない。
気合を入れて温もりと柔らかさから離れ、寝癖を抑えながらドアを開けた。
すると、箱が立っていた。
しかも、喋った。
「救世主様、あなた宛てに手紙がたくさんたくさんたっくさん、届いています」
「え、私?」
「手紙は朝食の後でしょぉ?」
寝ぼけた声が後ろから飛んでくる。
でもまあ仕方ない、昨日一番はしゃいでいたのはたぶんランさんだ。
中盤、何かを飲んでからそれはもうテンション爆上がりで、私を撫で、抱きしめ、抱え上げた。
あれ絶対お酒か何かでしょ……。
私は恥ずかしがる暇なんてなく、ただ振り回されてた。
今度こういうことがあったら飲ませないか、離れるかしておこう。
「そのつもりだったのですけど、あまりにも多いので。少なくともこの箱が三つ分はあります」
「え、三つか、それはお疲れ様」
「手紙とは別の手段が欲しいところです。あの、すみませんがすこしどいてもらえますか」
「す、すみません」
私がドアの前から退くと、箱がよたよたと入ってきて、どすんと床に着いた。
正体は色違いの制服を着た小さな女の子で、言葉通り箱の中には手紙がぎっしりだった。
「ふぅ、ランドセル使おうかなぁ」
「お、お疲れ様です」
「いえいえ。それで手紙なんですけど、今ほぼ全員で検閲してますが全然追いつきませんね。とりあえず今終わってる分だけ持ってきました」
「これ……全部私のなんですか?」
「そうですよ。これはあなたを応援しているものだけですね」
この箱いっぱいなのが私の……。
一枚手に取ってみる。
可愛かったとか、素敵だったとか、来てくれてありがとうとか、ひたすら賛美と激励だけが書かれてた。
なんか照れくさくて、思わず顔がにやけちゃう。
「それで、他のが問題なんですけど、求愛の手紙が今のところこれの半分くらいあります」
「求愛って、つまり好きですってこと?」
疑問で真顔に戻った。
私にラブレターってことだよね? なんで?
女同士で……ってここには女しかいないんだった。
いやそれにしても、なんで私に?
「そうです。要約すると『私の恋人になって』ということです。畏れ多いですねぇ」
「ええ……」
「それも後で持ってきます。他には、いろんな食べ物がたくさん、下着が数十着、何かしらの毛が数束ですね」
「食べ物ですか、それはみんなで分けて……って下着? 毛?!」
聞き捨てならない単語が発せられた。
下着を私に送ってどうするの…………履けばいいの?
それと何かしらの毛ってどこの……いや、聞くのはやめておこう。
「そうです。当然というか使用済みみたいでしたが、どうしますか?」
「す、捨てて! あと毛も!」
「一応聞いておきました。残りは朝食後、検閲が済み次第順次持って来ますので、よろしくお願いします」
「わかりました……」
「では、失礼します」
事務的に告げて、女の子は出ていってしまった。
手紙の山を前に、途方に暮れる私。
いや、応援はありがたいんだけど、こんなに、と思ったし、なによりなんか変なのが届いてるらしいのが……。
「ランさん」
「ん?」
「まさかこの世界には下着を送る慣習があったり……?」
「ないない! そんなのあるわけないよ! ただまあ、どこの世界にも変なのはいるということで」
「はあ……」
また一枚手に取る。
拙い絵と字で『がんばってくださいきゅうせいしゅさま』とある。
これが私かな? ここが羽で、これは基地? じゃあこれが外敵かな?
きっと小さい子供からなんだろう。
こういうのだけでいいのにな、と思った。
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昨晩の騒ぎが嘘のような、落ち着いた朝食を終えた。
今日は約束通り、コアさんとヴァーユさんの部屋にお邪魔する。
「いやー、門の前またすごいね。救世主様はまだしばらく外出できなさそうだ」
「そうね、昨日ほどじゃないけど。でもきっと私たちも基地から出られないわね」
「そうなんですか、私のせいですみません……」
私も戦力になれる、というのはわかったけど、それ以外のところでかけてる迷惑が大きすぎる気がする。
この基地が私を中心に回っている感じ。
今朝も『救世主様と出撃する際に関する規則』が追加された。
全くそんな素振りはないけど、みんなの負担になってないかな……。
「何言ってるの! 救世主様は何も悪くないでしょ」
「そうよ。それに部屋でゆっくりできる良い機会だわ。コアは時間があるとすぐ外に連れ出すんだから」
「えー? でも盤上遊戯で負け続けるだけの一日は嫌だよ」
「あなたが弱すぎるんでしょう!」
「そんなこと言ったって……え、救世主様もやりたいって? しょうがないなあ、あたしの代わりにやっていいよ!」
「あはは……」
二人が仲良しだということが良く分かる。
それと、こうして悪くないと直接言われて、気持ちがいくらか軽くなった。
「あのねえ……確かに救世主様とはしてみたいけど……って、部屋の片付けしてないわ! ちょ、ちょっと待ってて!!」
「片付け? あ、あー、うん、お願い。救世主様、少しだけここでお喋りしよっか」
「いいですけど……」
ヴァーユさんはきっちりしてるイメージなんだけど、部屋だとそうでもなかったりするのかな。
さっき言ってたボードゲームを広げっぱなしとか、服出しっぱなしとか……うーん、考えにくい。
制服は人一倍整ってるし、食事も綺麗に食べるし……。
あそっか、コアさんの方かな。
「今失礼なこと考えてない?」
「え!? い、いやそんなことない、ですよ」
「あはは、ほんとかなぁ」
「そ、それより、外に比べてここは静かなんですね」
昨日のことを思うと、静かすぎる。
ひっきりなしに声をかけられるくらいのことは覚悟してたのに。
それに、みんな外出できないなら基地にいるはずなのに。
勉強とかしてたりするんだろうか。
「そりゃまあ隊長から強く言われてるからね。もっと構ってほしかった?」
「「「構ってほしいって!!?」」」
コアさんの言葉を合図に廊下に並ぶドアが次々に開いて、続々と顔が出てくる。
びっくりしすぎて、身長縮んだかと思った。
もしかして静かだったのって、私たちの話を聞いていたからか。
はいと返事をしたら、そのまま引きずり込まれて帰ってこれなそうだ。
「あっいや、構ってほしいわけでは」
「そっか……」
「そうよね、私たちなんて……」
「コアやランが羨ましいです……」
「あの、そこまで言ったつもりじゃ……」
顔が露骨に暗くなって、すごすごと部屋に引っ込んでいく。
なんというか、普通の友達くらいの距離感にならないのかな。
それこそコアさんやランさんのような……。
「あっはっは、もっとはっきり言ってみたら? 私はコアさんとしか話しません! とかさ!」
「ややこしくなるようなことを……あの、ヴァーユさんがこっち睨んでるんですけど」
一番奥、うっすら開いたドアの隙間で銀の瞳が輝く。
私今からあの部屋に行くんだけど、大丈夫なんだろうか。
心なしか私の方に視線が向いてる気がするし……。
「あー、よくあることだし気にしないでよ。さあ、片付けも終わったみたいだし行こうか」
よくあるんだ……。
他と同じようなドアのむこうは、ごく普通の部屋だった。
変な置物があったり一面写真だらけ、みたいなことはなくて、目につくものといえば二段ベッドくらいかな。
上はいろいろ物が置いてあって、下だけ使ってる形跡がある。
つまり一緒に寝てるってことだけど……。
「二人部屋ってことは、恋人同士なんですよね?」
「うん、そうだけど」
やっぱり。
今私の前にいる女の子二人は友達じゃなくて、恋人なんだなぁ。
なんとなく不思議な感じ。
「あたしたちはさておき、ランとはどうなの?」
「どうって、記憶喪失なので面倒を見てもらってるというか」
「ふーん……でも実際はどう思ってるの?」
「実際?」
「いろいろあるじゃん、髪綺麗だな、とか優しいな、とかさ」
「あーはい、綺麗で優しいですけど……」
「今ならランは恋人いないはずよ!」
なんかもう一人入ってきた。
確かに相部屋お願いしたけど、別にそういう意味だったわけじゃないし。
素敵な人だと思うけど、別に好きとか一言も言ってない。
友達にちょっと仲の良い異性がいたら、付き合っちゃいなよとか煽ってた頃を思い出した。
それよりも、しきりに部屋での様子を知りたがるコアさんと、なぜかそれより熱心に聞いてくるヴァーユさん。
女同士だし何もないよ! とか言ってもしょうがないしなぁ。
このままだと、雰囲気に飲まれて「実はちょっと気になってて……」とか言いかねないし、そうなったらもっとぐいぐい来られかねない。
何か別の話題を……と思ったところにちょうどよく飛び込んできた。
「あれ、なんだろ。誰ー?」
「救世主様いますよね? 手紙二箱目です」
ノックの正体は、また箱だった。
さっきより一回り小さいけどぎっしりつまってるそれは、よろけながら部屋の中に入ってきた。
「なんなのこれ」
「私宛ですよね?」
「はい、これらは恋文ですので、返事を出すなら慎重にお願いします。では、失礼します」
三人の中央に箱が置かれた。
二人の視線は私と手紙を交互に行ったり来たり。
これが二箱目……まだあと最低一箱か……。
「これすごいね……あたしもたまにもらうことあるけどそんな比じゃないね」
「何その話、詳しく聞かせなさい」
「え、遊んだ子からたまにもらったり。ちゃんと断ってるから安心して!」
「ならいいけど……」
「それよりこれ見て、写真まで入ってる」
「うそ! すごいわね……富豪だったりするのかしら」
コアさんが手に取ったそれには、椅子に腰かけた着飾っている女性が写っていた。
なぜかセピア色だけど、お金持ちっぽいというのははっきり伝わってくる。
「あの、写真で富豪なんですか」
「あそっか、物価とかも覚えてないんだね。写真は一枚で一週間は暮らせるくらいかかるよ」
「い、一週間ですか、それなのにこんな……」
「こっちには家にいる時間帯が書いてあるわ」
「ひえ……」
なんかもう勝手に開けて読んでるけど、そんなのどうでもいい。
本当にこれ全部が私へのラブコールなのか……。
私も適当につかんで中身を見る。
『好きです』『一目惚れした』『私、あなたを支えたいんだ』……。
なんかもう怖くなってくるよね。
「すごいね、少なくともこれだけの人は声をかけたら即恋人になるんだなぁ」
「あ、いたずらとか、からかってるだけとかはないんですか?」
「ない、と断言できるわ。駄目でもともと、当たって壊れろ、みたいなのはいるでしょうけど」
「この中から恋人にしてみる?」
「いやそんな、考えられませんよ」
「だよね、ランさんもいるし!」
「だからそういうのじゃ……そ、それよりも、恋人ってどんな感じなんですか?」
なんかまた話が戻ってきたから、自分でそらすことにした。
とりあえず、もう元の世界に戻るつもりはない、というか頭から消えてた。
つまりここで恋人を作ったり結婚したりするのかもしれないけど……。
女の子に恋なんてしたことないし、だからといって彼氏がいたわけでもない。
恋人というものがどういうものか想像できないから、話題ついでに聞いてみた。
「恋人か……どんな感じ?」
「私に聞くの? そうね……答えにくいわね」
「なんだろうね、綺麗だなと思うとか、ずっと傍にいたいとか……な、なんか恥ずかしいな」
「そ、そんな感じね」
二人とも顔をほんのり赤くしてうつむいてしまった。
うーん、わかったようなわからないような。
ずっと傍に……だから相部屋とかするのかな?
とここで、ふと思い出した。
「そういえば、コアさんって私のこと相部屋に誘いましたよね」
「え゛、それ今言う!?」
「そうだったわね……どういうことかしら?」
「あれはほら、記憶喪失だって言ってたし、救世主様だし、せっかくだからって」
「あなたこの前も誰か誘ってたわよね?」
「いやいやあれは冗談というかさ、ほんの軽いというかさ」
何も考えず言っちゃったけど、これ地雷だったよね。
口出しもできず眺めてると、一通りの追求と弁明の後、コアさんがヴァーユさんを抱きしめて決着した。
なんか二人の日常がわかった気がした。
「ごめんごめん、こっちの話ばっかりで。おしゃべりはこの辺にして、なんかで遊……ヴァーユ?」
「これで遊びましょう!」
私たちの間にマス目がかかれた板がねじこまれた。
床に置かれたそれに、手際よくチェスの駒みたいなのが並べられていく。
結構細かく彫刻されていて、机の上とかに飾っても可愛いかもしれない。
「えー、またそれー?」
「いいじゃない、好きなんだから! いいわ、私は救世主様とするから」
「あっはい、やりましょう」
「……いや待って、あたしと救世主様がやる! でもただやるだけじゃつまらないから、勝った方は何か1つお願いをできることにしよう!」
「お願いですか……」
「そう! なんでも! できる限り!」
「あなたね、救世主様にそんなこと……救世主様も別に乗らなくていいわよ」
「……いえ、やります、勝ったらお願いひとつですよね」
「お、いいね! やろう!」
「いいならいいけど……」
ちょっとためらったけど、良いきっかけにできると思ったから受けることにした。
ほんとはこんなのに便乗しなくてもできるといいんだけど……。
「よしじゃあ早速!」
「あ、その前にルールを教えてもらってもいいですか?」
「ああそうね、私が教えるわ。まず、これはこう動かせて、こっちは二回動かせるの。往復は禁止ね。それで──────」
見た感じ、チェスや将棋に近いかな?
もちろんそれらはやったことはある。
駒の動きも結構似てるし、なんとかなりそう。
「そして、こうなったら決着よ」
「なるほど……」
「さて、練習はなしだよ! お願いは決めた?」
「はい、決めました」
「ふふふ、あたしも決めたよ! じゃあ、開始!」
この勝負、負けるわけにはいかない!!
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「えっと、これで勝ちですよね……」
「……ぐはぁ」
「本当に弱いわね……最初から最後まで救世主様が有利だったわよ」
「知らないなら勝てると思ったのに……実はこれは覚えてたり?」
「そ、そんなことないですよ」
まあ覚えてるといえばそうのかな。
まあでも得意だったわけじゃないし戦術とかも知らないけど、そんな私でもわかるこの弱さ。
接待かと思ったけど、そうだとしても弱すぎるし、わざわざ賭けがあるのに手を抜くとも思えない。
「こんな判断の下手さでよく戦闘ができるわね……」
「そりゃこれ動かすのと自分で飛ぶのは違うよー。さて、残念だけど約束だから勝者の命令をどうぞ! 私にできることならなんでもいいよ!」
「じゃあ……」
身を乗り出すコアさん。
息を飲むヴァーユさん。
そんなに大げさなことじゃないはずなのに、こっちまで緊張してしまう。
一旦深呼吸をしてから、意を決して言った。
「私のお願いは──────」
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「それで、カノンって呼んでもらうことにしました」
「なるほど……みんなに、ね」
「それから何回か勝負したんですけど、本当にもう弱くて……っと、誰かが……まあたぶん……」
今日六回目のノック。
ドアを開けると、小さめの箱を抱えた女の子がいた。
「これが今日最後の手紙で、全部恋文です。あと、謎の液体も届いてましたが捨てておきました」
「本当にお疲れ様です……」
「では失礼します」
今度は液体って……なんか食べ物とかも怪しく思えてくる。
さすがにそんな人ばかりじゃないと信じてるけど……。
「ほんとにすごいなぁ」
「こういうのって、どうしたらいいんですかね……無難な方法ってありますか?」
「大抵の人は無視か断りの返事出してるけど、いっそ付き合ってみるのもありだよ。ほら、この人とか綺麗だし」
「うーん、そうですかねぇ」
写真写りのせいか、ランさんより普通に劣るように見える。
顔だけで見るつもりはないけど、これなら別にいいかなぁ。
まあ、そう焦ることもないよね。
とりあえず、無視はなんとなく嫌だけどこれだけの数に返事は書けないから、新聞か何かに声明を出すことにした。