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10話 どうぶつって何?

 二又の木でできたフォークを手に取って、ふと改めて朝食を見てみる。

 灰色のちょっと硬めのパンっぽいの、赤と緑の菜っ葉のサラダ、赤紫の実か何かを焼いたもの。

 そしてたぶんデザートの、キマキのスライス。

 ランさんの部屋でジュースを飲んだ時に聞いたからこれだけわかるけど、あとは全然覚えられない。

 赤いのがアイ……なんだっけ。

 でもまあ、今すぐ覚える必要はあまりなくて、せいぜい食べたいものを言う時に困るくらい。

 記憶喪失って便利だなぁ、とか思った。


「最後に、守護者規則421条が追加された。『いかなる記者も基地に招き入れてはいけない』以上だ。今までは大目に見てきたが、昨日今日とあまりにも多すぎる。追い返すのも一苦労だ。特に報酬をもらうなどしていた場合、それなりの処罰を下すので気を付けるように」


 隊長の険しい声が響き渡る。

 お金とかをもらって記者を中に、って、やっぱりそういうのがあるんだね。

 どれくらいもらえるのか地味に気になる。

 あと、問題になってる割にはやっぱりそれっぽい人は見かけない。

 これもメイド的な人がどうにかしてるんだろうか。

 部屋の掃除とかも知らない間にされてるし、本当に謎が多い。

 今度探してみようかな、それとも呼んだら来てくれたりするのかな。

 ……なんて呼べばいいんだろう。


「うへー、記者か。まああたし達が目的じゃないと思うけど」

「カノン、私がいる時以外に取材とか応じちゃダメだよ? 絶対に」

「わかりましたけど、そんなにですか? 少しくらいなら質問とか答えても……」

「あいつらはすごいんだから! 枝毛の数から爪の長さまで調べられちゃうよ!」

「それはさすがに言い過ぎよ。でも本当に、隅から隅まで知りたいっていうくらいの熱があるわね」

「私も何度か受けたけど、外敵の方がマシなんじゃないかと思うときもあったよ」

「そ、そんなに……」


 ニュースで政治家が出てきたときに囲まれたりしてるけど、あんな感じなんだろうか。

 いろんなロゴが入ったマイクをたくさん押し付けられながら話しているのを見て、大変そうだなぁとか思ってたけど、もうそれが他人事じゃなくなるかもしれない。

 あれ、でも確かこの街って新聞社は三つしかないんじゃなかったっけ。

 じゃあ人数自体はそれほど多くなかったりするのかな。

 というか前も思ったけど、(記憶喪失)の何を知りたいの……?


「ま、こんな話しててもしょうがないし、そろそろ食べよっか」

「そうですね、いただきます」


 ランさんがいるし、記者の取材もたぶん大丈夫でしょ。

 伝家の宝刀『覚えてません』もあるし。

 それより今は、目の前の朝食が先だよね。

 お皿の上のものをフォークで突き刺し、口へと運んだ。


 シャリシャリ、パリパリ、シャキシャキ。


 今日まで食べたものの食感は、ほとんど全部この三つの音で表すことができる。

 味は良いんだけど、物足りない。

 少なくとも一品は必ずサラダで、あとは焼いたり煮たりしてあるけど、野菜や果物の範疇は越えない。

 なんか他のものを食べたいなぁ。

 具体的には──────


「お肉食べたい……」


 そうつぶやくと、何かが落ちる音がした。

 そっちを見ると、口をぽかんと開けたコアさんと目が合った。


「今何て……?」

「き、聞き間違いよね……?」


 …………あっこれまずいやつだ。


「い、いや、なんか、そんな感じの食べ物ありませんでした?」

「あ、もしかしてシュローニアのこと?」

「え? あっはい、それです! それ食べたいなって!」

「なーんだ、びっくりしたよ」

「美味しいわよね、私も好きよ」

「あたしは普通かなぁ。それにしても、聞き間違いで良かった良かった」

「あはは……」


 そっか、動物がいないなら『肉』は全部人間のものを指すのか。

 気が付いて良かった……危うくとんでもない危険人物になるところだった。

 もしそんな噂が広まったら、お食べくださいって自分の体を……。

 ってそんなわけないよね!

 なんか昨日の、というか今日もありそうだけど手紙の山のせいで、そんな想像をしちゃったけどいくらなんでもこれはない。

 とりあえず、ランさんの助け舟のおかげでごまかせたみたいで良かった。


 この後は口を滑らせないように、ひたすら美味しい美味しいと言って食事を終えた。

 これはこれで変な人なような……まあいっか。


────────────

──────


 朝食が終わったら、部屋に戻ってランさんによる規律の勉強。

 というのは半分建前で、私のこの世界での設定を練ったり、救世主としての立ち居振る舞いを学んでいる。

 ここには、私についての大事なもの、例えば戸籍、親、過去といったようなあって当然のものがない。

 覚えてないで通せばいいんだけど、いつまでもできるかはわからないから、今のうちに考えておこう、ということで始まった。


「じゃあ私はその、中央基地リンド西区の……なんでしたっけ」

「五番地だよ」

「五、ですか。私はそこで生まれたんですね」

「うん。でもすぐに覚える必要はないよ」

「そうですね。ところで、中央基地ってどんなのなんですか?」


 前、世界地図を見せてもらったことがある。

 でもそれは私の知ってるようなものじゃなくて、丸がいくつも書いてあって、その中に基地の名前が書いてあるだけだった。

 中央基地はその名の通り真ん中にあったけど、どんなところなのかはよくわからない。


「そうだなあ、とにかく広いよ。ここも大きい方だけど、規模が違うね。確か世界の全人口の半分はあそこにいるんじゃなかったかな」

「半分もですか! それはすごいですね」

「あとは……うーん、私も行ったのは何年も前だから覚えてないなぁ。街並みとかはあまり変わらないと思うよ」

「なるほど」


 人口の半分がいるところ、ってどんなんなの。

 東京みたいな? それ以上かな。

 一個の基地にいくつも地名があるみたいだし、広さもここの何倍もあるんだろう。

 いつか私も行くことがあるのかな。


「さて、今日はこれくらいかな。あ、そういえば、一応確認なんだけど…………肉を食べたい、っていうのは……?」

「え? あっそれですか! 違いますよ! なんていうか、食べる用の生き物がいるんです」


 ひと段落ついたら、朝の話を蒸し返された。

 ランさんには人間以外の動物の話をしたはずだけど、この若干引きつっている顔。

 まあ、確かに怖いよね……。

 恥をかくような発言だけじゃなくて、こういうドン引きされるような話もしないように気をつけないと。


「そ、そうなんだ。どんなの? 前言ってたネコやイヌとは違うのかな?」

「牛とか豚とか、鶏とかですね」

「ウシ……」

「角がこうやって生えてて、でかくて、モーって鳴きます」

「もー……うーん、やっぱり想像じゃ限界があるなぁ。あ、前に絵を描いてくれるって言ってたよね。ちょっと待ってて」

「え、言いましたっけ」


 あー、そういえばお出かけした時にそんな話を……描くとは言ってなくない?

 おもむろに立ち上がって、机の引き出しを探るランさん。

 戻ってくると、手には紙とやたらカラフルな色鉛筆が握られていた。


「これだけあればたぶん足りるよね。ちょっとそのウシを描いてみてほしいな」

「絵は苦手なんですけど……」

「大丈夫、笑ったりしないよ。というか元を知らないし笑いようがないよ」

「そうかもしれませんけど……」


 別に笑われるのが心配なわけじゃない。

 というか、私の絵はそこまで笑われたことはない。

 中学生くらいまでは確かに、見た相手が抱腹絶倒だった。

 でも次第に「なんか怖いね」だの「夢に出てきそう」だの言われるようになった。

 しまいには高校生の時、文化祭のお化け屋敷のデザインの担当までしてしまった。

 そんな私が描く牛、ランさんはどう思うんだろうか……。


「で、できました」

「おっ……こ、これがウシ……はー……なんだろ、よくわかんないけど怖い…………」

「いやそれは私が下手なだけなので! 実物はもっとまともなので!」


 耳ってどんなんだっけ、お尻の形は、足はどの辺……と考えすぎながら描いた結果、案の定モンスターが生み出された。

 実物を知らない人ですら怖がるんだ……。

 基地の人に見せたら新種の外敵だと思うかもしれない。


「そしてこの肉を食べる……食べるんだね……想像もつかないなぁ」

「でも美味しいですよ?」

「そうだとしても……うーん」


 渋い顔は変わらず、私の絵を眺めている。

 宗教や主義じゃなく、単純に人間以外存在しない世界だと、肉食はこんな反応になるのかな。

 さっきより印象が悪化してる気がするし。

 だから、それだけじゃないよ、と言うためにこんな話をしてみた。



「肉だけじゃなくて、お乳も飲んだりするんですよ」



「………………え?」

「お乳を搾ってですね……あっ」


 今回は手遅れ、ごまかしようがない。

 さっきまで彼女がなぜ微妙な顔をしていたかって、この世界にとって動物は人間だけだから。

 いくら違うと言っても、どうしても人間換算で考えてしまうんだと思う。

 だから、まるで私たちが共食いか何かをするように聞こえてたのかな。

 で、今、牛乳の話をしたわけだけど……。


「そ、そそ、そうなんだ、搾って飲むんだ……」

「違います! 違いますよ!! 牛! 牛の話です!!」

「わ、わかってるよ、これだよね?」

「そうですそれです! 人のじゃなくて牛のですからね!!」


 嫌な予感は的中、ランさんの頬が赤く染まる。

 私の顔もきっと真っ赤。

 思わず彼女の胸に目がいってしまって、慌てて背けた。

 話を逸らそうと思っただけなのに。

 野蛮な印象が一気に変態チックになった気がする……。

 脳内に浮かぶ、ピンクで肌色な情景を慌てて振り払った。


「そっか……すごいね……」

「すごくないです、普通です。牛ですし」

「そうだね……はー……あ、じゃあ気を取り直して、他の動物も描いてほしいな。まずはネコで! 可愛いんだよね?」

「え、まあ可愛いですけど……」


 一息ついたら追加注文が入ってきた。

 話題を変えられるのは良いけど、この絵を見てまだ私に頼むのか。

 さっきのが牛頭だとするならば、次のは化け猫になりそう……。

 百鬼夜行と呼ばれた私の美術のスケッチブックを見せてあげたい。


 とはいえ、猫の顔だけならまだ描けるほうだ。

 デフォルメにデフォルメを重ねて、丸と三角と何本か線を描くだけでできあがり。

 これだけはやたらと練習してた時期があるからなんとかなる。

 ……なってるよね?


「これがネコ」

「そうです。本物は可愛いんですけど……」

「へー……なるほど、これが耳なんだね。いいね、こうして見ると可愛く思えてきたよ。でもなんで上についてるんだろ」

「そういえばそうですね、なんででしょう」


 言われてみれば、考えたことなんてなかった。

 目と鼻と口の配置は人間とあまり変わらないのに……。

 でも、猫の可愛さの一因はこの耳だと思う。

 横についてたとしたら……きっと変だよね。


「ところでネコはなんのためにいるの? 可愛いって見るだけ?」

「大体そうですね。ペットというか、飼うんです」

「買う?」

「飼う、です。えーっと、身近に置いて、世話をしたり撫でたりするんです」

「なるほど、子供みたいな感じかな?」

「うーん……あ、お花とか育てるじゃないですか、あれの方が近いかもしれません」


 改めて言葉の意味を聞かれると、返事に困るなぁ。

 というか名詞だけじゃなくて、存在しない動詞とかもあるのか。

 なんか方言と知らずに言っちゃって、聞きかえされた時と同じ気分になった。


 それからは、大きな特徴があってなるべく簡単そうな動物の名前を挙げては、ひたすら紙に描いていった。

 これ鼻!? とかここまで首!? とかリアクションが良くて、いつの間にか私もノリノリだった。

 一番面白かったのが蛇を書いた時で、


「これは?」

「蛇って言います。毒があったりするんですよ」

「え、本当にこんなのいるの? 手も足も何もないけど」

「いますよ! こう、くねくね動くんです」

「ええ……これが生きてるの? 適当に描いただけとかじゃないよね?」

「はい、本当にこんなんです」


 まあ適当に描いたのは間違いないけど、一番実物と似てるのはこれだと思う。

 ランさんはしばらく眺めながら、どうやって動くの……と手をくねくねさせていた。

 そんな仕草に和んだりしながら描き続け、あっという間にそろそろお昼、という時間になってしまった。


「たくさんありがとね。なんかむしろ私が教えられちゃったよ」

「まだまだいますけど、あとは詳しくないというか、知ってても全く描けないですね」

「この世界に比べたら、これだけでも十分多いと思うよ。あと、今日聞いた中で一番良いと思ったのはやっぱりネコかなぁ」

「猫ですか、私も好きですよ。せめて写真でもあれば……」


 ぜひ、あんなの(私の絵)じゃなくて本物を見せたい。

 その愛らしい姿に撃墜されてほしい。

 きっと猫の可愛さは世界を超えると思う。


「耳と、あと『にゃー』だよね? 声も可愛いと思う」

「にゃーですか」

「そうそう、もう一回言ってみて」

「にゃ、にゃー?」

「うーん、可愛い!!」

「そ、そうですか」


 私が言ってもしょうがないと思うんだけど……。

 『にゃ』という言葉の響きは確かに可愛いけど。


「今度ネコの耳を模した何かを作ってもらおうかなぁ」

「そんにゃに……そんなに気に入ったんですか?」

「かにゃり……かなりね。んふ、うつっちゃった」

「あはは、可愛いですよ」


 ふと、猫耳をつけたランさんが脳裏に浮かんだ。

 黒? 白? 髪の色に合わせた方が良いかな?

 にゃあと鳴くランさん。

 うん、綺麗な中に可愛さもある、素晴らしい猫になると思う。

 ……私も誰かに猫耳を作ってもらって、つけてもらおう。

 ひそかな野望を芽生えさせ、昼食に向かうことにした。

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