11話 二回目の出撃
朝食から戻って、一息ついたらすぐノック。
いつもの女の子だ。
「手紙です。今日はこれともう一つです。ここに置いておきますね」
「ありがとうございます。今日は少なめなんですね」
「十分多いですよ」
でも箱二個だけだし、昨日おとといに比べたら全然……いや多いね。
あれが異常すぎただけで、これでも尋常じゃない。
ようやく一箱読み終えたところなのに……。
せっかくもらった気持ち、全部受け取りたいと思ってたけどもう諦めたくなってきた。
「朝刊の効果があるといいんですけど」
「どうだろう、減るとは思うけど熱心な人はどうだろうね」
「こういうの送ってくる人ですか? 諦めてくれませんかね……」
「いっそ誰かと恋仲になれば、いや、それでも変わらないかもしれないね」
昨日、隊長を通じて新聞に私の声明文を載せてもらった。
誰とも付き合うつもりはないとか、応援はちゃんと届いてますのでとか、端的に言うと「もう手紙は送らないで」という内容。
それが一面の一番目立つところに掲載されたのが今朝だから、明日からはマシになると思いたい。
でも一応善意だし、いらない、とはっきり言えなかった。
「あ、ところでこの後何か予定はある?」
「ありませんよ。お出かけですか?」
「ううん、今は行けないし。実はカノンに──────」
私に何か、を聞く前にサイレンで遮られた。
室内だとお披露目の歓声を思い出すほどのうるささで、寝てて出撃できませんでした、なんて言い訳はできなさそう。
数秒経って止むと、基地がにわかに騒がしくなった。
「外敵来ちゃったね」
「ですね……塔ってどっちでしたっけ」
「あ、じゃあ見送りついでに案内しよっかな」
「お願いします」
そういえば、ここから塔の頂上ってどうやって行くんだろう。
エレベータがあるとは思えないし、階段があってもあの高さは登りたくないし。
あ、あの時みたいに外から行くとか?
それだと私、またすっ飛んでいっちゃいそうだけど……。
まあ何かしらあるよね、と駆け足でランさんについていった。
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何かしらありませんでした。
まあ階段はあったんだけど、登りたくないし時間がかかる。
だから一階でランドセルを受け取って、裾を絞って空を仰いだ。
飛び上がるのは余裕だけど、問題はその後の着地だ。
空いた時間に練習とかしようかなぁ……。
「じゃあ私が先に行くから、落ち着いて飛んできてね」
「すみません……」
すっと上がって、ぴたっと止まる。
基本中の基本の動作、早くできるようにならないと。
でもすぐには無理だし、今はまたランさんの胸を借りよう。
なるべくゆっくりになるように意識しながら、地面を蹴った。
「おー……っと、上手になってきてるね!」
「もご、あ、ありがとうございます」
思いっきり突っ込んで、優しく柔らかく受け止められる。
やむを得ないとはいえ、みんなの前でいつまでも抱き合ってられないし、軽く突き放すようにして離れた。
無事、着地。
なんだか視線が痛い。
「あー……そういうのは部屋でするように」
「ご、誤解です!」
「あはは……」
「まあいい、それより外敵だ。乙二が1、丁二が2、丁三が4。気を付けていけ」
「また乙型?」
「救世主様がいるし大丈夫でしょ」
あのでかいのか……。
でも一撃だったし、私も大丈夫だと思う。
……いや、またあんな大きな光線撃ったらきっと落ちちゃう。
今度はもっと調節して、ちょうど良い攻撃を出せるようにしないと。
でも倒せなかったら他の人が危険? うーん……。
「陣形は前回と同じ、先行隊と補助隊に分かれて、救世主様は後者についていく。先行隊は乙型に不用意に手を出さないようにな。では行ってくれ」
銀翼の守護者たちが羽ばたいていく。
まるで天使のように煌めく先輩たちを横目に、私も準備を始めた。
「うあぁー」
ゲルが私の腕に伸びていく。
決して気持ちよくはない冷たさが腕を包み込んだ。
他になにか武器を持つ良い方法はないのかなぁ。
「もう行けるか? 無茶はしないようにな」
「いってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
よし、準備完了だ。
六枚の羽を大きく広げて、私は風になった。
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あっという間に接敵して、わざと攻撃を受けて止まった。
ここまでは前と一緒。
えっと、落ち着いて、少しだけ引き金を……。
「これくらいかな? ……んんっ」
弱めに引いてみた。
右腕から疲労が全身に広がる。
でも意識を失うほどじゃなくて、部活の後くらいな感じ。
それでも光線は、人一人くらい余裕で入る大きさだ。
『まだ壊れてないよ!』
「はい!」
閃光が消えると、外敵の前側が大きくへこんでいた。
でも攻撃は止まず、遅くなったけど動いてる。
なら、もう一度。
光線を翼で防ぎつつ、再び同じくらいの強さで撃った。
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「疲れはどう? 運ばなくていい?」
「コアさん! はい、大丈夫ですよ」
基地への帰路、横に並んで飛ぶ。
疲労のおかげか、私がほどよいスピードになってる。
いつか自由に速さを変えられるようになって、こうやっておしゃべりしながら飛べたら楽しいだろうなぁ。
「二回連続で乙型破壊だなんて、すごすぎるわ」
「みんなのおかげですよ。私ひとりじゃとても」
「そうは言っても記録上は君がやったことになるから。月末が待ち遠しいね!」
「月末?」
「給料日よ。別にそのために飛んでるんじゃないけど、楽しみではあるわね」
「私ももらえるんですか」
「もちろん! あたしたちより多いんだろうなー」
お給料か……お小遣いくらいはもらえるのかな。
服とか自分で買えるようになるんだね。
いっぱいもらえたらお出かけとかして、ここは私が払いますよ、なんてね、ふへへ。
「ところで、二人は羽の数が違うんですね」
「うん? ああうん、違うよ。ヴァーユの方があたしより速いんだ」
「六枚に比べたら誤差よ。成績もほぼ同じなんだし、結局は個人の力量次第ね」
今は二人とも同じだけど、さっきまでコアさんは二枚、ヴァーユさんは四枚だった。
個人の力量か……飛行技術のかけらもない私には耳が痛い話だ。
でも今、体力を残してあれを倒せたんだし、たいして問題ないんじゃと思う自分もいる。
基本は身につけるつもりだけど……。
そういえば、なんで枚数が違うんだろう……っと、通信だ。
『あれ、誰か来るぞ』
『え、隊員?』
『いや……うげ、記者だ』
『よくもまあ……』
前を飛ぶ人たちのさらに先、人影が三つ見える。
記者らしいけど、こんなところまで来るんだね……。
この辺は飛行禁止区域って聞いたんだけどなぁ。
「どうしましょう……」
「ああ、見てるだけでいいよ。おっ、来たね」
「え? あ、うわぁ……あれどうなったんですか? 助けに行った方が……」
記者たちは先頭の手前で急停止すると、不自然なほど直角に落ちた。
失神とかっていう雰囲気じゃなくて、何かに足から引っ張られてるみたい。
そしてそのまま、何か叫びながら森へと吸い込まれていった。
『カノン! 大丈夫だった?』
「私はいいですけど、あの人たちは……?」
『あ、間に合ったんだね。気にしなくていいよ、墜落したわけじゃないし』
「で、でももしもなにかあったら」
『街に送り返されるだけだから心配しないで。それよりも私はカノンの体力が心配だよ』
「そうなんですか、なら……あ、私は大丈夫ですよ。今回は調節して攻撃したので」
『おー、いいね! あ、戻ったらお昼食べに行こうね』
「はい!」
メニューはなんだろうなぁ。
昨日食べた味の付いた麺、あれが良いなぁ。
見た目は鮮やかなスープスパゲティで、おしゃれなカフェとかで出てきそう。
具も結構歯ごたえがあっておいしかった……?
なんかコアさんが、にやつきながら寄ってきた。
「ねえ、ほんとはどうなの?」
「何がですか?」
「ランだよ、ラン。さっきの通信中とか、なんか良い顔してたよ!」
「え、そんな顔してましたか」
「それに、出撃前に抱き合ってたわよね」
「あれは私の技術不足なので……」
どうも二人はそういうことにしたいらしい。
いやまあ確かに、もしこの世界で恋人を作れって言われたらランさんしかない。
でもそれは選ぶとしたらであって、彼女が誰を好きかなんてわからないし、私とじゃ釣り合わないだろうし、まだ知り合って数日しか経ってないし……。
こんな考えが浮かんでくるくらいの、二人の熾烈な口撃を受けながらふらふらと飛んだ。
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民衆の歓声鳴り響く基地の空、塔の上にいるみんなの顔が見えるくらいまで来た。
ようやく着いた、今日はもう部屋でゆっくりしたい……。
「おかえりカノン。お疲れ様!」
「ただいま……っと」
この速度なら、問題なく自分で止まれるはず。
手を広げて宙にいるランさんの手前で、少し強引に足をつけた。
「あれ、受け止めてあげるのに」
「だ、大丈夫です!」
やっぱり。
でもさすがにさっきの会話があったのに、そんなことしてもらったら……。
というかよく考えると、ここじゃ普通に誤解されるよね。
うかつな行動だったなぁ。
ランさんはいろいろ言われてもいいんだろうか……。
「よっと……おぁー」
まあいっか、それよりも今は部屋に帰りたい。
武器を台に置くと、腕が元に戻っていく。
そういえば前は気絶しちゃったし、片付けるのは初めてだ。
冷たい水につけた腕をゆっくり引き上げていく感じで、少し気持ちいい。
「あはは、変な声」
「う……そ、それよりこれどうやって戻るんですか? 飛び降りるとか?」
「そうだよ、階段使ってもいいけどね。あ、もちろんランドセル使ってね」
それならこっちの方が楽で速いよね、とふちに立って地面を見下ろした。
…………怖い。
さっきまでもっと高いとこにいたけど、このくらいだと嫌な現実味がある。
ここから降りる、というか落ちるのはもう少し空に慣れてからにするとして、今日は階段で
「あっ」
なんかここすべあああああぁぁぁぁ──────
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「大丈夫?」
「はい……」
羽のおかげでふんわり降りられているけど、さっきはきゅっとするほど焦った。
よく叫ばなかったなぁ、と自分でも思う。
とりあえず、あそこにはもう立たないようにしよう。
「あとはランドセル返すだけですよね?」
「通信機も忘れずにね。あ、お昼は少し休んでからにする?」
「そうですね、いったん部屋に行ってから……」
「二人とも、ちょっといいか」
ベッドの柔らかさに思いをはせてすぐに、沈んだ声で引き戻された。
やっぱりというかなんというか、疲れた表情の隊長がいた。
きっとまた私に関わる問題なんだろうなぁ……申し訳ない……。
「まずは外敵の破壊、見事だった。乙型すら相手にならんとはすごいな」
「あ、ありがとうございます」
「さて、出撃直後にすまないが、頼み事が二つある。片方はランにも頼みたい」
「私にも?」
「ああ。一つ目、外に大勢の民衆がいるのは知ってるだろう? 自分たちの生活もあるしそのうち減るだろう、と思っていたが甘かったあの通りだ。そこで、救世主様には塔の上にでも出て、顔を見せたり二言三言喋ってほしい。できれば、しばらく毎日。君を一目見たい、というのが大半なはずだからそれで改善される……たぶんな」
「わ、わかりました」
なんて弱々しい「たぶんな」なんだろう……。
隊長のためにも、もう全力で、「散れ!」くらいは言ってしまおうと思う。
私もいつまでもお出かけできないのは嫌だしね。
「次に、君に直接会いたいという人もかなりいる。さっき空で君に向かっていったようなやつらだな。大抵の人は断れば終わりだがあいつらは面倒でな、できれば取材などを受けてほしいんだが……」
「あー……いいですけど……」
「ありがとう。一人じゃ大変だろうから、ランもついてやってくれ」
「わかったよ」
記者について一つも良い話を聞かないけど、私が取材を受けることで隊長のストレスが減るならやるしかない。
でもランさんがいてくれるとはいえ、危険な場所にまで飛んでくるような人たちが相手だと思うと、覚えてませんも通じない気がしてくる。
答えたくないです、とかだと根掘り葉掘り追及されるんだろうか。
「では早速明日の午前に予定を入れたいんだが、大丈夫か?」
「あ、明日……はい、たぶん」
「すまないな、よろしく頼む」
隊長は出ていった。
明日か……しかも午前中。
今夜の『乙型破壊二回目おめでとうの会』は軽めにしてもらって、早く寝なきゃ。
まあ確かに、早い方がいいんだろうけど……。
…………うん、そうだね、早い方がいいよね。
「すみません、ランドセルもう一回貸してください」
「カノン?」
「塔の上で手でも振ろうと思って……」
「あー……いってらっしゃい」
「いってきます……」
私はのろのろと、重い体を浮かび上がらせた。




