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8話 初出撃、初撃墜

 門に一番近い、大扉の前。

 基地のほぼ全員が集まって、ランドセルを背負って待機している。

 真剣な顔に子供のもの、というミスマッチは全然慣れなくて、その可笑しさで少しだけ気が楽になった。


「救世主様、これを」

「え? あ、そっか、そうですよね……」


 私にも、当然のように赤い同じものが渡された。

 まあそうだよね、私もお披露目で飛ぶんだから要るよね……。

 せめてもう少し違う何か、例えば普通のリュックみたいな形だったら良かったのに。

 中身だけ移し替えたりできないのかなぁ。


「準備はいいか?」

「はい、大丈夫です」


 とはいえ、いつまでもこうしてるわけにはいかない。

 扉のむこうから、救世主様はまだかという熱気が伝わってくる。

 深呼吸をして、ランドセルを背負って、制服の裾を絞って、もう一度深呼吸をした。


 よし、行こう。

 私の合図で、大きな音をたてゆっくりと開き始めた。


「「「!!!!!!」」」


 ざわめきが最高潮に達した。

 今にも門が破壊されそうなくらいの圧力。

 隊員たちが急いで駆け寄って、少し強引に押し開け始めた。

 あの中を進んでいくのか……みんなの助けがあるとはいえ、一歩も動ける気がしない。

 しかもランさんは傍にいない。


『よし、そこでしばらく待て』


 耳につけた通信機から、隊長の声がする。

 指示をするからつけておけ、とさっきもらった。

 戦闘の時とかもこれをつけて、陣形とか進退の指示を出すらしい。

 音質は悪くないし、耳も痛くないから結構良いものなんだろうなぁ。


『道ができるまで、手でも振っておいたらいいんじゃないか』

「手ですか……」


 ぎこちない笑顔を作って、かくかくと振ってみた。

 その瞬間、吹っ飛びそうになるくらいの歓声を浴びた。

 思わず身がすくむ。

 私ただ手を振っただけだよ……?

 アイドルとかってこんな感じなのかなぁ……。

 あとなんか、倒れだす人がいるけど大丈夫かな。


 しばらくそんなことをしていたら、やがて隊員による道ができた。

 民衆を割り、羽を広げて遮って、私が歩けるようにしてくれた。

 広場まで数百メートルくらい、人の柵に合わせてゆっくりと移動する。

 私が颯爽と飛べたら良かったんだけど、ランさんの意見で地上を進むことにしてもらった。

 人に突っ込んだり、広場を越えて遥か遠くに、なんてことになったら大変だしね。

 まあどうせ、あとで飛ぶんだけど……。


 それにしても、鼓膜が破れそうだ。

 声の大きさで、窓も割れてしまいそう。

 かろうじて聞き取れる限りでは、『こっち向いて!!』とか『救世主様!!』とか叫んでる。

 それに隊員たちの、「押さないで!!」「離れて!!」という悲鳴のような声が加わって。

 イヤホンで音楽を聴いてたら、最大音量にしちゃって、それがずっと続いてる感じ。

 あと、やたら熱い、もはや暑いじゃなくて熱い。

 ランドセルの悪すぎる通気性で、背中との間がべったべた。

 人の熱気でお湯が沸くんじゃないか、とまで思った。


 振り返ると、まだまだ門が近い。

 このペースだと、広場に着くのはいつになるのかな……。

 というか、じりじりと人が迫ってきている気がする。

 このままじゃみんなが……何かできることは……とりあえず、私も叫んでみよう。


「静かにしてください!!」


 言い終わったところで、とうとう鼓膜が破れたかと思った。

 でも、そうではない。

 私を中心に、波紋が広がるように観衆が口を閉じていく。


「あ、あの、えっと、押さないでください。あと、そんな完全に黙らなくても……」


 今、この場にいる全ての人が私に従っている。

 ほとほどにしゃべりながら、こっちに近づこうと押し合いもしない。

 私はただ、お願いをしただけなのに、ここまで急に変わるとは。

 すごい? いや、怖い。

 柵の一部だったコアさんがこっち向いてウィンクしてくれたけど、それどころじゃなかった。

 私が何言っても従うんじゃないか、という妙な確信があった。


 そんな私のことなんて知られることなく、スムーズになったおかげで広場への大移動が完了した。

 すでに満員、地面なんて全く見えない。

 木の上や近くの建物の屋上にもいるし、あらゆる窓から顔が覗いてるし、空にもかなりの人数が浮いていた。


『さすがに街のほぼ全員が集まるとなると、ここも狭いな』


 全員か……。

 ここに来て数日、私がしたことといえば買い物くらい。

 外敵だって写真でみせてもらっただけで、倒したことなんて当然ない。

 つまり実績とか、成果とかが一切ないわけだけど、それでもこの集まりよう。

 改めて、救世主《私》にかかる期待の重さを思い知らされた。


 さて、そんなことを考えてても時間は止まらない。

 隊長の合図で、広場の中央の舞台の上へ。

 見渡す限りの人、人、人。

 目線の先には、私。


 えっと、今からどうするんだっけ。

 何を言うんだっけ。

 視線が熱くて、痛い。

 とりあえず何か……何を……?


 口も開けず立ち尽くす私の耳に、通信機の音がした。


『カノン、落ち着いて、ゆっくり話せばいいからね』


 優しい声が耳へ流れ込む。

 ランさんが、傍にいる気がした。


『待たせたな!! 救世主様のお披露目だ!!』


 広場がわっと沸く。

 さあ、始まってしまった。

 でも、もう足は震えていなかった。



 さて、とにもかくにもまず名前だ。

 で、年齢と、記憶がないことと、頑張ります、と……。

 私が何か言うたびに、やたらと盛り上がって話しづらい。

 静かにしてください、って言えばまたそうなるんだろうけど、沈黙の中なんてむしろ話しにくくなるよね、やめておこう。


「よ、よろしくお願いします。えーっと、それで、えー……」


 って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。

 隊長の部屋を出てからここまでの短いシンキングタイムでは、たった数分すらもたずに話すことが尽きてしまった。

 好きなものとか趣味を言ったって、この世界にはなさそうだししょうがない。

 じゃあえーっと…………も、もういいや!

 司会の人に目配せ。


『よし、自己紹介は終わりだそうだ! それでは次、救世主様の飛行を見せてもらおう!!』


 いっそのこと、もう早く終わらせてしまうことにした。

 ちょっと飛んで、新聞記者の質問にいくつか答えたら帰れるはず。

 隊長もそれでも良いって言ったし、良いよね。


 さて、まずは羽を広げよう。

 これはそう難しくない、背中に意識を向けるだけで……よし、甲高い音とともに、六枚の羽が私を包み込んだ。

 それに合わせて、この日一番の爆発したような歓声が上がった。

 でも、私はそれどころじゃない。

 綺麗に飛べるかな……落ち着いて……落ち着けば大丈夫……。

 ふわっと、ふわっという感じで、ふわああああああああああああ!!!」


『あー、救世主様は少し緊張してるのかな。でもすごい飛翔だ!!』


────────────

──────


 街で一番高い、基地の塔を遥か見下ろして、私はようやくゆっくりと落ち始めた。

 結局うまく飛べず、歓声すら聞こえないところまできてしまった。

 まあ昨日の今日でできるわけないよね……。

 でも、周りに何もないこの空間は、少し風が強いけど解放感があって気持ち良い。

 ここだけ時間の流れが違うみたいだ。

 空、良いなぁ。


 それにしても広場はカラフルだなぁ。

 赤色一つとっても、濃淡、明暗、彩度、全く同じ赤を見つけるのは難しい。

 あそうだ、上手く並んだらドット絵とかできそう。

 今日みたいに集まってもらって、同じ色ごとに分かれたりして、上から見ながら「青い人もうちょっと右」とか指示をだして──────


『救世主様、大丈夫か?』


 完全に自分の世界に入っていたから、突然の声に体が少し浮き上がった。

 気が付くともう塔と同じくらいの高さで、静けさは失われていた。

 屋上で誰かが手を振っているから、振り返す。


「大丈夫ですよ」

『よし、じゃあそのまま降りてくれ』

「……わかりました」


 そんな通信してる間に、どんどん近づく舞台。

 もうちょっとだけ、ここにいたいなぁ。

 今のところ、パラシュート花火みたいな動きをしただけだし。

 空中で止まって手を振ったら、なんとなく救世主っぽくない?

 ゆっくり落ちてる今なら、できるんじゃない?

 根拠のない自信で、試してみることにした。


 そこに留まるイメージで、羽の先まで意識して……。

 力を抜いて、そこに……止まる……。


 …………?


 ふっ、と下に引っ張られるような力がなくなった。

 も、もしかして……!

 恐る恐る目を開けると、もう塔が上へ動くことはなかった。


 や、やった!

 止まれた!!

 空中で!!

 この感覚、忘れないようにしなきゃ!

 そうだ、手を振ろう!

 おーい、私できたよ!!


 しかし私の喜びは、歓声よりも大きな音でかき消された。


『救世主様、早く降りてきてくれ!! いや、行けそうならそのままあの塔の上に行ってくれ!!』


 突如鳴り響くサイレンに、色の波がうねり始めた。

 実際に聞くのは初めてだけど、何が起きてるのかは教えてもらっていた。

 よりにもよって、今日来るなんて。

 とにかく急いで地上へ……いや、飛んで行っちゃおう。

 その方が速いし、今なら行けそう!!


 ──────なんてね、ちょっと空中で留まれたからって、調子に乗るんじゃなかった。


「ああああぁぁぁぁ」


 塔との距離に対して、明らかにオーバースピードだ。

 さっきの感じで意識しても、微塵も遅くならない。

 このままじゃ、間違いなくぶつかってしまう。

 いっそ衝突したら止まれるかな……壊しちゃうかもしれないけど、羽が守ってくれるだろうし……。


 なんて考えてる間に、もうどうにもならなさそうな距離になっている。

 意を決して、目を瞑った。

 ぶつかるっ──────


「おっと危ない。カノン、大丈夫?」


 大きな音もなく、柔らかい何かに包まれて私の動きは止まった。

 この声、この匂い、目を開けると、やっぱりランさんだった。


「あ、ありがとうございます」

「お疲れ様。あ、空中停止できてたね」

「そうなんですよ! なんか気が付いたらできてて!」


「お−い、話はあとにしてくれ」


 上から、隊長が覗き込んでいた。


────────────

──────


「外敵が現れた。丙一が1、丙三が3、丁一が5だ」

「ちょっと多くない?」

「救世主様の歓迎でしょ」

「うるさいぞ。それで、だ。救世主様には出撃してもらいたい」

「わ、わかりました」

「観衆や記者の目もあるからな。とはいえ小型ばかりだから、そう気負うこともない。準備運動にもならないかもしれないな」


 ちょっと飛ぶのも精一杯なんですけど……。

 確か丙型が、平均的な守護者が一対一で倒せるくらいなんだっけ?

 ならまあ大丈夫なのかなぁ……。

 もういっそ私は見てるだけで、頑張ってるふりだけして他の人に任せたい。


「よし、先行隊はもう行ってくれ。補助隊は待機だ。救世主様、簡単だが説明をするぞ」


 視界の端で、何人かが羽を大きく広げて空へと飛び出していく。

 思わず見上げると、彼女たちは空中で舞うように集まって、綺麗な隊列を組んで羽ばたいていった。

 いいなぁ、いつか私もあんな風に飛びたいなぁ。


「説明するぞ?」

「あっはい、すみません」

「向こうの遠く、黒い点が見えるか? あれが外敵だ」

「あっち……はい、見えます」

「あれに向かえば良いからな。さて武器だが、救世主様に合うものはほぼないんだ。とりあえず今はこれを使ってくれ」


 いつの間にか、隊長の後ろに布を被った何かがあった。

 それをはがすと、私ほどの大きさの、銃のような形のものが現れた。

 羽と同じような色で光沢があって、滑らかで曲線が多い。

 見てると無性に触りたくなって、持ち手らしきところを掴んでみた。


「あれっ、動かな……っ」

「あ、翼を出さないとたぶん持てないよ」

「そうなんですか、じゃあ……うわ、うわわわ」


 う、腕が!

 肩から指の先まで、銀色の何かが!

 ひんやりしたゲルっぽいそれは、私の腕を覆いつくして、やがて銃と一体化して止まった。

 痛みや違和感は全くないけど、それが逆に不気味だ。


「あはは、びっくりしたかな。あ、そこの出っ張りは外敵以外には絶対に引かないでね。基地がなくなっちゃうから。それと、引く強さによって熱光線の強さも変わるから気を付けてね」

「わ、わかりました」


 基地がなくなるって、これ引いたらなにがどうなっちゃうんだろう……。

 そしてこの腕のおかげか、微塵も動かなかった武器が軽く力を入れるだけで持ち上がった。

 おー、私、なんて力持ち。

 模様替えとか引っ越しとか、役に立つかもしれない。


「よし、では出撃してくれ。隊員はみな君に合わせるから、自分の好きなように飛ぶと良い」

「は、はい。ところで、ランさんは来ないんですか?」

「満足に戦えるほどの体力はもうないからね。ここでカノンの無事を祈ってるよ」

「わかりました。じゃあえっと、行ってきます!」


 ぎこちなく手を振って、思いっきり地面を蹴った。



「……隊長、あれは追いつけないです」

「あー……先行隊、救世主様がもうすぐ着く、援護しろ」


────────────

──────


 空でうごめく、複数の黒い点。

 あれが外敵ってことは、なるべく早く行った方がいいよね。

 この飛行速度も、今はありがたい。

 あっという間に、ゴマ粒ほどから手のひら大、人間ほどの大きさに見え……って大きすぎない?

 あの周りをぐるぐる飛んでる、ちっちゃいのが隊員のみんなでしょ?

 確か丙型って、せいぜい人の倍くらいって聞いてたんだけど……。


『隊長、乙型だ!』


 飛び込んできた通信に、隊員たちの混乱した声が響く。


『何年振りだ!? 前線は何やってる!』

『陣形三の三に変更、救世主様の道を開けろ!!』

『ほんとに救世主様を見に来たのかもねぇ』

『そんな冗談言ってる場合じゃないわよ』


 あれが乙型……。

 写真では比較対象がなかったからわからなかったけど、あんなに大きいんだ……。

 屋内練習場に降ってきたら、ぺしゃんこにできそうなくらい。


『救世主様、もう見えてるだろうが、乙型がいる。だがその武器と君なら圧倒できるはずだ。私たちに希望を見せてくれ』

「わ、わかりました」


 大根を横倒ししたようなフォルムのいたるところに、私が持ってるのと同じような武器がくっついている。

 というかこの色、羽と何か関係が──────


「危ない!!」


 誰かが叫んだ。

 顔もないのに、外敵の視線を感じた気がした。

 その時すでに、私は羽に包まれ、外敵がビームが放たれ、衝突して激しい音と光。

 これが攻撃……っ!


「きゃっ!!」


 弾かれ、体が宙を舞う。

 痛くはない、けど内臓を揺さぶるような衝撃があった。

 でも、おかげで止まることができた。


 次は私の番だね。


「こうかな……当たって!!」


 先端を外敵に向け、思いっきり引き金を引いた。

 勢いよく、思いっきり、引けるところまで。

 加減なんてわからなかったし……。


「ひゃわぁ!!」


 空を引き裂いて、青白い光が迸った。

 轟音を立て、外敵へまっすぐ向かっていく。

 右腕から、体中のあらゆるものが吸い取られる感覚。

 昨日とは段違いの疲労感が、わかるくらい蓄積していく。

 でも、右手は離さなかった。


────────────

──────


『───……───…──────』


 誰かが何か言っている。

 気が付くと、目の前には大穴が開いた乙型があった。

 それが光沢を失って、落ちていくのを見届けてから、私も落ちた。

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