『猛々しい盗人』
ドンッ!!
大階段に座って暫く体を休めたアッシュはドウズの教えてくれた宿屋をまた探すべく立ち上がろうとした瞬間、何かにぶつかった。
「おっと、すいません。」
アッシュは内心(またぶつかってしまった。)と思う。
アッシュはぶつかった相手を見ようと視線を上げる。
そこには手に小袋を持った少年が一人。
「いや、構わないぜ。謝るのはオイラの方だからな。」
その少年は言う。
(何と出来た少年か。)
アッシュは感心した。
(……………………ん??)
感心したのも束の間、アッシュは何か違和感を覚えた。
(少年の持っている小袋に見覚えがある。)
…………ッ!!!
「お前、それ俺の財布ッ!!」
「だから言ったろ、謝るのはオイラの方だって。」
「何だと?」
「オイラは今からこれを頂く。但し、オイラから取り返せれば素直に返すぜ。」
「何を言っている。」
「だけど、取り返せずにオイラを見失ったらコイツはオイラのモンだからな。」
「フザケロ!!」
アッシュがサッと手を伸ばし財布を取り返しにかかる。
「よっ、と。」
少年はその手をスッとかわす。
「コラ!」 「テメッ!!」「返しやがれ!!」
「ホッ。」 「ハイッ。」「遅い遅い。」
アッシュと少年の財布の取り合いが暫く続いたが、アッシュは財布に触れる事すら出来ない。
(クッソ、何なんだコイツ。黙って盗めばそのまま盗めたものを、わざわざ教えてきやがって。正々堂々悪事を働くタイプなのか??)
「お前、目的は何だ!?」
「ん?兄ぃちゃん、少し天然なのか??オイラの目的はこの袋を頂く事さ。」
(…………ぐ。そ、そうか。確かにそう言っていたな。)
「盗んでどうする?」
「さぁね。まだ決めてないや。まぁ好きに使うさ。」
「好きに使うだと?もう盗んだつもりになっているのか?俺が取り返せば返すという話だったが??」
(コイツ、それ程に逃げ足に自信があるのか?)
(俺だって親父との特訓で色々と人並み以上には基礎能力は高いハズだ。)
「そうさ。約束は守るぜ。取り返せればだけどね。」
「そうか。ならば取り返してやる!」
「そうかい。ま、良いけど。それじゃあオイラは逃げるから。バイバ~イ。」
アッシュに手を振りながら階段を駆け上がって行く。
「待ちやがれ!!」
アッシュもすかさず後を追う。
追いかけながらアッシュは思う。
(アイツ、自分から吹っ掛けてきた割には足はそんなに速くねぇ。舐めてんのか、それとも人より少し足が速いからって増長したい年頃か??)
「井の中の蛙に大海を見せてやるぜ。」
アッシュは上唇をペロリと舐めると、グッとダッシュスピードを上げた。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッッ!!
アッシュは階段を段飛ばしで駆け上がり、少年のすぐ後ろまで詰め寄った。
少年も背後の気配を感じ取り、一瞬後ろを振り向く。
「残念だったな、小僧。捕まえ………………」
アッシュがそう言って少年の肩に手を伸ばした瞬間、少年は薄く笑った。
アッシュの手が肩に触れる瞬間、
「さて、残念はどっちでしょ~うか!」
少年はそう言うと、
バウゥッ!!
サマーソルトで階段下の方向へとアッシュの頭上高くを跳び越えて行く。
その飛び越えた段数、およそ20段。
アッシュの頭と逆さま状態の少年の頭がすれ違う瞬間、少年は
「はい、ザンネ~ン。」
と言い放った。
「何だと!?」
呆気にとられるアッシュ。
(アイツ、階段下に跳ぶ為にわざわざ上りやがったな!!)
少年は階段下からアッシュに向かって微笑みながら手を振った。
「じぁ~ね~。」
トントン、と軽い足取りで階段を降りて行く少年。
ブチッ。
「ヤロゥ。」
アッシュの目付きが変わる。
大階段の真ん中には鉄製の手すりが通っている。
アッシュは階段を掛け下りながら手すりへと近付き、その手すりへと勢いよく飛び乗った。
シャーーーーッ
アッシュはバランスを保ちながら手すりの上を滑って少年の向かう下層階へと先回りする。
少年の姿を見失わない様注視しながら手すりと手すりの間の支柱を飛び越える。
「よっ」「ハッ」 「トッ!」
少年は急ぐ様子は無いが、時折後方のアッシュを気にして上階段の方を振り向く。
少年がちょうど振り向いている後ろ側をアッシュが追い抜く形になった為、少年の視界にアッシュは入っていない。
(捉えた。)
振り向いている少年を横目にアッシュは更に下の段を目指す。
ダンッ!
ズザザザザザ………………
少年より速く下層階に到着したアッシュは手すりから飛び降りて着地。
下りて来る少年を待つ。
暫く後、アッシュから奪った小袋の紐を摘まんでクルクルと回しながら意気揚々と少年が大階段を下りて来る。
少年が下層階へあと数段へと差し掛かったところで人混みに束の間の隙間が出来た。
少年がその隙間から見たものは腕組み仁王立ちのアッシュの姿だった。
少年はギョッとして下りかけていた階段上で立ち止まった。
「よぉ。」
アッシュは少し低いトーンで少年を呼びつける。
「何だよ、兄ぃちゃん。少しはやるみたいだね。大概はあの階段ジャンプで撒けるんだけどね。」
少年はまだ余裕といった感じでアッシュと対峙する。
「撒けなくて残念だったな。」
「残念て事は無いんだけど、また逃げなきゃいけないって思うと少し面倒臭いとは思ったかな。」
「さぁ、そいつを返して貰おうか。」
アッシュは自分の財布を指差して言う。
「まだ逃げるって言ったろ?」
そう言いながら少年はアッシュの方へとダッシュで向かって来る。
(来やがれ、お前の足はさほど速くは無ぇ。捕まえてやるぜ。)
少年は少し態勢を低くしてアッシュの右足元をすり抜けようとする。
(アマイっ!見えているぞ!!)
アッシュは少年の行く手を阻む様に右足を出し、そこに体重移動して体全体で捕まえる態勢に入る。
瞬間!!
少年の姿が消えた。
さっきまで右足元に居た少年がアッシュの反対側面に居る。
(フェイントッ!!?)
アッシュが気付いた時には遅かった。
少年はアッシュの左側をすり抜け、かわして行った。
少年は一瞬立ち止まりアッシュに言い放つ。
「反応はまぁまぁだったけど、惜しかったね。んじゃ、バ~イ。」
少年は後ろ姿でアッシュに手を振り走り去る。
「クッソ、逃がすか!!」
アッシュは直ぐ様追跡にかかろうとするが、
人混みに阻まれ思うように進めない。
その間にも少年がスルスルと人混みの合間を縫って走り去る姿が見える。
「チィッ!足の速さどうこうは関係無かった。この街の人の流れに不慣れだという弱点を突かれたのか。」
(ダメだ。このままでは見失う。何としても…………)
「リリアッ!!」
アッシュはリリアを呼んだ。
「あいなっ。」
「あの少年を追跡して、俺に居場所を教えてくれ!!」
「りょ~ぅかい!!」
リリアは一瞬敬礼して、直ぐに少年の追跡にかかる。
アッシュもリリアを見失わない様に注視しながら人混みを掻き分けて進む。
上空からリリアがある程度の位置を指差して方向指示を出す。
リリアの指し示す方向を辿って行くと、とある路地裏への入り口前でリリアと合流した。
「どうした?」
アッシュが訪ねる。
「あそこ、ほら。」
リリアは路地裏に積まれた商品の空き箱にもたれかかっている少年を指差した。
少年は戦利品であるアッシュの財布をポンポンと手の平の上で投げながら独り言を言っていた。
「さっきの兄ぃちゃん、なかなかしつこかったな。まぁ、でもこの人混みに乗じて撒いたからもう追ってこれないだろ。さてさて、今日の中身はどんなかな??」
少年はアッシュの財布の中身を確認する。
「んで?誰を撒いたって??」
アッシュはそう言いながら路地裏へと入って行く。
「ヘェ。なかなかじゃん。アンタも財布の中身も。」
少年はアッシュの方へは向かず、財布の中身を見たままの格好で答えた。
「『悪銭身に付かず』ってな。さぁ、返して貰おうか。」
それを聞いて少年は覗いていた財布の紐を絞り、再度それを握りしめながら言う。
「『悪銭身に付かす』ってね。次は少し本気で逃げよっかなぁ。」
「本気…………だと??どうやらこの路地には階段も人混みも無い様だが??」
「う~ん。まぁ、そうだね。路地の端まで走って逃げるしかないみたいだね。」
(この路地を抜けるまでに捕まえないと、また人混みに出られてしまう。)
(路地の反対側まで目測で100m。)
(追い付けるか??)
(ただ、これまでの事を考えて、あの少年が何の策も無くこの路地裏を選んだとも思えない。)
アッシュは色々と思考を巡らす。
「そろそろオイラ逃げるけど、どうする?諦める?勝負する??」
そう言いながら少年はもたれかかっていた空き箱からよっと体を起こした。
その様子を見てアッシュはふと気付く。
(この路地裏は表の商店街の裏側。)
(店裏の壁には沢山の商品の空き箱が積んである。)
(そうか、ヤツはソレらを崩してこちらの足止めをしながら逃げるつもりか。)
「んじゃ、オイラ行くからね。後は好きにしな。」
少年はまた逃走を始める。
アッシュも再度追跡する。
(やっぱり追って来たね。)
少年はアッシュの気配を感じ取った。
「そらよっ!!」
アッシュの読み通り、少年は手当たり次第に積んである空き箱を崩し始めた。
ガシャン!! ガラガラ! ゴロゴロ!!
アッシュは読み通りとばかりに雪崩来る障害物を避けながら少しずつ少年との距離を詰め、路地の中間辺りで遂にはその背後まで迫る。
「オラァッ!もう逃げ場は無ぇぞ、観念しやがれ!!」
背後からのアッシュの脅しに少年は体ごと振り向き、そのまま後ろ向きの状態でアッシュから逃げる。
「兄ぃちゃん、今までの人の中で一番根性あるや。」
と手を頭の後ろで組みながら少し笑って言う。
「舐めやがって、今度こそ捕まえ………………」
アッシュが少年に手を伸ばした瞬間、
「られないんだな、又しても。」
少年は言いながらひょいと体を前向きに戻してアッシュの手をかわす。
そして次の瞬間、少年の走る速度がグッと上がる。
そして、あっという間にアッシュを置き去りにして行く。
「何!?」
あまりのスピードに驚きを隠せないアッシュ。
それどころか、少年は建物の壁をトントンッと駆け登り屋根の上へと消えて行く。
「兄ぃちゃん、楽しかったぜ。また遊んでやってもい~ぜ~っ!!」
路地裏には姿の無い少年の声だけが残された。
「ダメだ、追い付けない。リリア、頼む単独でヤツを追って後で何かしらの合図をくれ!!」
「分かったわ。必ず行き先を突き止めてくるから!」
言うや否や、リリアも少年の後を追って屋根の上へと消えて行った。
「ハァ………ハァ…………………、階段とか、人混みとか、策がどうのとか全然関係無ぇやん。アイツ、普通にめっちゃ足速いやん。」
アッシュは路地裏で一人、くたびれていた。




