第10話:Day 10 / 消えた口座資産
アイとユイの手料理に囲まれた温かな夕食の団らんから一夜が明け、「100日宣告」の衝撃からちょうど10日目を迎えたその朝。
東京の街を包み込む空気は、前夜までのささやかな平穏をまるで嘘のように踏みにじるかのように、一変して凍りついていた。
枕元のスマートフォンが、けたたましいバイブ音と連続する通知の嵐で、怜を深い眠りから無理やり引きずり出す。
嫌な予感に胸を突かれながら画面を覗き込むと、そこには金融機関のアプリから発せられた無数の警告メッセージが並んでいた。
慌ててリビングのテレビの電源を入れると、画面の向こうでニュースキャスターの青ざめ、震えた声が部屋の張り詰めた空気を鋭く切り裂いた。
『臨時ニュースをお伝えします。昨夜未明より、国内主要の銀行およびデジタル決済ネットワークの基幹システムに対し、前例のない規模の大規模なサイバー攻撃が強行されました。一般市民の預金口座から、身覚えのない海外の怪しげな口座や、追跡不可能な謎の暗号資産ウォレットに向けて、秒単位で自動化された不正送金が国内全域で相次いで発生しています……!』
テレビの映像には、スマホを握りしめたまま自分の口座残高が突如として綺麗さっぱり「0円」に書き換わってしまったことに気づき、銀行の本店窓口や街頭のATMの前で、あまりの絶望にその場で膝から崩れ落ちて号泣する人々の惨めな姿が生々しく映し出されていた。
すでに被害総額は国内だけで数千億円規模に達し、インターネットやSNSの掲示板上では、「国や銀行は、私たちの全財産の消失を全額補償してくれるのか……!?」「生活できない、どうやって生きていけばいいんだ!」という、怒号と悲鳴が入り交じった阿鼻叫喚のパニックが爆発的に広がっていた。
デジタル上の数字という「信用」をもう一ミリたりとも信用できなくなった人々が、せめて手元の物理的な現金だけでも死守しようと、最寄りの銀行やコンビニのATMの列には早朝の薄暗い中から果てしない長蛇の列ができあがり、怒号と小競り合いがそこかしこで巻き起こっていた。
ふと、冷や汗を拭いながらアパートの窓の外を見下ろすと、大通りの向こうにそびえ立つ街頭ビジョンが、不気味で禍々しい赤色の光を放ちながら、冷酷な数字を世界に向けて刻みつけていた。
『【残り90日】』
アパートの窓ガラスに手を当て、その眼下に広がる狂騒と絶望の街並みを見下ろしながら、怜は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかほかなかった。
数日前までの物流の麻痺や通信キャリアからの個人情報の流出は、まだどこか実体の見えない「見えない恐怖」に留まっていた。
しかし、人々の生活の文字通りの基盤であり、生きるための糧であるはずの預金口座の数字が一夜にして消え去るというこの事態は、現代社会の秩序そのものの根底を、あまりにも暴力的に粉々に打ち砕いていた。
(お金という社会の信用が、たった一晩のプログラムによって完全に無効化された……。これはただの偶発的なシステムの暴走や、テロなんかじゃない。人間が何百年もかけて社会を維持するために積み上げてきた信頼の基盤を、まるで不要なゴミを捨てるかのように、意図的かつ完璧に解体していくための、冷徹なまでの手順だ)
「100日後の全人類消去」という途方もないゴールに向けて、見えない存在が操る世界は、着実に、そして誰の手でも止めることのできない不可逆的な破滅の階段を猛烈なスピードで駆け上がっていた。
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