あくる日迷子・後編
喜左衛門の後を追ってたどり着いたのは、ハイキング用の小高い丘がある森林公園だった。
きちんと区で管理されている森林公園だが、午後の暑い時間帯に人はほとんどいない。
「ここ…じぃちゃんがエイトの散歩で連れてきてたところだ」
祖父がまだ歩けるくらい元気だった頃、エイトはよくこの公園の丘の上へ連れてこられていた。
ワタルも何度か同行したことがある。
「ここには結構きてたの?」
「…じぃちゃんが亡くなってからは、来てない」
「なんで?」
「なんとなく、足がむかなくて…」
森林公園に来ると、なんとなく祖父が隣を歩いてくれているような気がして…でも隣を見ても誰もいなくて…それが、余計に祖父がいなくなったことを痛感させられた。森林公園を歩くと在りし日を思い出して、誰もいない右隣を寂しく思ってしまう。
寂しさに襲われるからエイトが行きたがっていても、自然と森林公園から足が遠ざかっていた。
ポツポツと話すワタルの言葉をトウマは遮らずただ聞いている。
ワタルとトウマの前を歩く喜左衛門はやがてハイキング用の丘にのぼり出した。
整備された丸太の階段を軽快に上がっていく。
二人もその後に続いていく。
登ること二十分、ようやく丘の頂上までたどり着いた。
「うあー…太陽ギラギラ、あちー…」
トウマが扇子で顔を隠しながらぼやいた。ワタルも口にこそ出さないものの同意する。
頂上にたどり着くと遮るものがなく、開かれた広場が現れる。
地上よりも一段太陽が近くなったこの広場は木陰になっていたハイキングコースの上り坂よりも体感五度ほど気温が上がっている気がする。
額ににじむ汗を拭い、広場を見渡すと木陰になっている崖と広場の境目に喜左衛門が近づいていった。口に咥えていたパスカードをそっと地面に置き、鼻先で茶色の毛の塊をツンツンしている。
「エイト…!?」
喜左衛門が鼻先でツンツンしているが探し犬のエイトだと気づき、ワタルは疲労も暑さも忘れて駆け出す。
「どこ行ってたんだお前…!心配したんだぞ!」
慌ててエイトに駆け寄ると、エイトは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
体を触ってみるが平常の体温で熱中症で倒れている訳ではなさそうだ。
なんとなく、エイトの周りだけ涼しいような気がする。木陰だからだろうか。
『本当になぁ。ワタルにも心配をかけてしまって面目無い』
空気に響く声ではなかった。耳元で微かに、聞き間違いと片付けてしまえるような細かな声だった。
でも、その声に聞き覚えがあった。恐る恐る隣を見ると、そこにトウマじゃない別の誰かがしゃがんでエイトを眺めていた。
『最後に逢いに来てくれて、ありがとうなぁ。エイト』
優しげな声、穏やかな笑いジワの老人。夏だと言うのにセーターを着ている。そのセーターはこの人物が愛用していたものだとすぐ分かる、着崩された服の伸びがあった。
「じぃ、ちゃん…?」
思わず声を掛けると老人の姿は一瞬で消えていった。初めからそこにいなかったように。
「ワタル!そいつがエイトなの?」
後ろから近づかれたトウマの声で、ワタルはハッとする。
木の葉の間から差し込む日差し、蒸し暑さ、うるさい蝉の声が一気に五感に訴えかけてきて現実に引き戻されたようになる。
ワタルは呆然としたまま、エイトと老人がいた場所を見比べてそれから息をついた。
「…ワタル?」
「なんでもない。…こいつがエイトだよ。見つかってよかった」
ワタルがエイトの頭を撫でると、手の感触で起きたのかエイトがパチリと目を開けて嬉しそうに体を起こす。ワン!と鳴いてワタルの手に頭を押し付けてくる。
「まったく…心配かけさせんな、バカ」
ワタルの言葉が通じているのか、エイトは嬉しそうにワフ!と吠えた。




