あくる日迷子・後日談
無事に探し犬のエイトは見つかり、ワタルの家に戻ってきた。
しばらく家族の監視が強いだろうが、それもあと数日で落ち着くだろう。
そして、睡蓮文具店へやってきた迷い犬の喜左衛門は、オーナーの許可を得て正式に文具店の看板犬となった。
人懐っこく、賢い喜左衛門は客受けがよく、口コミで広まったのか喜左衛門目当てでやって来る客も増えたようだ。トウマ曰く、シオが帳簿を見てホクホクとしている所を見かけることが多くなった、とのこと。
そしてワタルの電子許可証もヨダレでベタベタになったが無事に返ってきた。
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お昼の混雑が過ぎた店内でノートパソコンを起動するワタルは、四人がけのテーブルを占拠してレポートを打ち込んでいた。
カタカタとキーボードを叩くワタルの側へ、お客を見送った喜左衛門がやってくる。
そのまま足元にやってくると丸くなって座り込んだ。
『どうだい?自分の接客。サマになっていたろう?』
頭の中に声が響いてきた。生意気そうな男子の声だ。
足元の喜左衛門を見るとしっぽがパタリと揺れる。まるで、話しかけたのは自分だとでも言いたげだ。
「…喜左衛門、お前…普通の犬じゃないだろ。エイトのことといい、接客のことといい、お前賢すぎるんだよ」
『当然。この姿はエイトの姿を写し取ったもの。本来の自分は姿なき怪異。そこらの犬と同じにされては困る』
頭に直接話しかける喜左衛門はフン、と鼻を鳴らしてどこか得意そうにしている。
怪異、人に認識されないこの世に存在する不可思議な存在。
幽霊、妖怪、妖精、精霊、それらの総称が怪異と呼ばれているので、喜左衛門も妖精や妖怪の類いなのかもしれない。
「お前が怪異なのはわかった。だが、何故エイトの居場所を知っていたんだ?」
『エイトをあの場所へ誘導したのは自分だ。森林公園の丘で怪異となったおじぃちゃんが消えてしまう、もう会うことは出来ないぞ、と教えてやったのさ』
それから喜左衛門は事のあらましをワタルの脳内に語りだした。
自分が森林公園の丘で生まれた怪異であること。
ワタルのおじぃちゃんが死んで怪異になり、森林公園に留まり続けたこと。
最後にエイトやワタルの姿が見たいと願ったおじぃちゃんの望みを叶えるために今回の騒動を起こしたこと。
「…やっぱり…じぃちゃん、いたのか」
ワタルの脳裏にあの日、エイトを探して森林公園の丘で見た祖父の姿が蘇る。
わからなかっただけで、森林公園に行けば祖父のその残滓を感じられていたのだ。
怪異の因子を持つワタルだが、怪異の存在を感じることはあっても波長が合わなければ視認することはできない。
ついでに言えば、喜左衛門と名乗っている怪異が常人に見える姿で人前にいて、自分にだけ思念で話しかけてくるというのも体験したことがない。
不可思議なことが次から次へとやってきていて、いま冷静に話を聞けている自分自身を褒めたいほどだ。
『お前のおじぃちゃんは、怪異となってずっとお前が丘に来てくれるのを待っていた。いつまで経ってもこないから自分が尽力したってわけさ』
「…エイトが出ていった原因、お前じゃないか。事情はわかったけど」
『だからエイトの元まで連れてったんじゃないか。感謝してほしいね。お前のおじぃちゃんにも会わせやったんだから』
軽く睨んでも喜左衛門は何処吹く風だ。なんだか知恵のある悪ガキと話してる気分だ…とワタルはメロンソーダのストローを齧る。
「お前ずっとここにいるのか?」
『ああ、そのつもりさ。今は睡蓮文具店の看板犬・喜左衛門としてここで一生を全うするのもいいと思っている。ここは、美味しいご飯も面白い人間もどっちもいるからね』
「きざえもーん。ブラッシングしよー、おいでー」
スタッフルームからトウマが顔を出して喜左衛門を呼ぶ。
喜左衛門の見た目はボーダーコリー。定期的なブラッシングが必要なのだそうだ。
『ではな、ワタル。今度はエイトと遊ばせてくれよ』
思念で話しかけ、喜左衛門は浮き足立つようにスタッフルームに入っていった。
「…不可思議なことって、ほんとにどこに転がってるかわかんないな…」
頭をガシガシと掻き、ワタルはレポートの入力を進めていく。
提出用のレポートは終わった。次は個人的なレポート、箇条書きの記録帳だ。
怪異の因子持ちは同じ怪異に引き寄せられやすく、不可思議な現象を目にすることも多々ある。
それを記録する個人的な記録帳だ。
不可思議記録帳、なんてつけてパソコンに何年も打ち込み続けている。
今回の不可思議なことも、新たにこのパソコンの記憶領域に書き込む予定だ。
「タイトルは…あくる日迷子、かな」
静かになった店内には、キーボードを打ち込む規則的な音が響いていた。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
また次回、睡蓮文具店で新たな不可思議に出会うまで。




