あくる日迷子・中編①
慌てて店に入ってきたワタルに、茶色のボーダーコリーの写真を見せられて、シオとトウマは揃って首を振る。
「見たことないです」
「俺もない」
期待した答えが得られず、ワタルはそうか…と落胆を滲ませて湿気と汗で濡れた前髪を掻きむしった。
「わかった、ありがとう。もう行くよ」
「待ってください、ワタル!その犬がどうしたのか教えてください」
くる、と背中を向けて出ていこうとするワタルを慌ててシオが引き止める。
「…悪い、詳しく話してる時間が惜しい」
申し訳なさそうに顔を歪ませてなおも出て行こうとするワタル。すかさず彼の腕を掴み、険しい顔をしたシオがその場に留める。
「迷子犬でしょ?どういう経緯で探してるのか教えてください」
「そうだよ、なんか力になれるかもしれないじゃん」
シオとトウマの頑なな様子にワタルは短く逡巡してポツポツと訳を話はじめた。
「うちで飼ってるボーダーコリーの雑種で、エイトって言うんだ。今朝起きたら家から脱走してて…それで探してる」
スマホの画面を操作してボーダーコリーのエイトの写真を数枚見せるワタル。毛艶もよく、茶色のすらっとした体躯。愛嬌のある丸い瞳。一緒に遊ぼう!と吠えてきそうな躍動感のある写真が何枚も保存されている。
「元々俺の祖父が飼ってた犬なんだけど…祖父が一年前に亡くなってからは、俺の家で一緒に暮らしてる」
「なるほど。状況は分かりました。……ちなみに、この子とは違いますよね?」
念の為、シオはトウマに抱きかかえられたままの喜左衛門をワタルに確認させる。
ワタルは喜左衛門の存在に気づいてはいたが、エイトのことで頭が一杯で触れる余裕も無かったらしい。
「…知らない犬だ。エイトと同じボーダーコリーの雑種だけど、毛の色と顔つきが違う」
喜左衛門をまじまじと観察していたワタルは首を振って答える。
その喜左衛門はというと、フンフンと鼻を鳴らしてワタルのスマホに興味を示し、首を目いっぱい伸ばしていた。
「おっと…喜左衛門、そんな暴れたら落ちるぞ!」
体を捻って暴れる喜左衛門はそのままストンとトウマの腕からすり抜けて着地し、しっぽをブンブン振ってワタルのスマホに鼻を近づける。
スマホに鼻先をぶつける犬の名前を聞いてワタルが怪訝そうに首を傾げた。
「……きざえもん?」
「わたしが保護した犬です。名付けたのはトウマ」
「ネーミングセンス、シュール過ぎるだろ」
完璧なワタルのツッコミにシオは深く頷き、それに対してトウマが「なんでだよー!かっこいいじゃん!」と騒いでいる。
人間三人がどつき漫才をしている最中、喜左衛門は我関せずと言わんばかりに鼻先をスマホにグイグイと押し付けていた。
ワタルよりもスマホの画面の方が気になるらしい。
「…お前がエイトの友達だったら、エイトの匂い辿って探してくれって頼めるのにな」
ワタルが寂しそうに笑いながら喜左衛門の頭を撫でる。
「ほら、こいつがエイト。お前と一緒の犬種かもしれないな」
スマホに写るワタルの祖父がエイトを撫でている写真。それを見た途端、喜左衛門はワフワフ!とテンションが上がったように後ろ足で立ち上がり、しっぽを左右に振りまくる。
「おいおい!どうしたんだ…?」
スマホを持っている腕ごと喜左衛門に全体重かけて乗られそうになり、慌てて両手で支えるワタル。
喜左衛門はスマホに映るワタルの祖父を見つめ鼻息を荒くしている。
「…もしかして、喜左衛門。エイトやワタルのおじい様のこと知ってるんじゃないですか?」
シオの何気ない一言にトウマもハッとする。
「確かに。喜左衛門は人懐っこいけど、ここまではしゃいだりしないし。てことは…ワタルんちのエイトと会ったことあるんじゃない?」
トウマの言葉に弾かれたように喜左衛門を見る。ワタルは息をのみ、確認するように視線を合わせて真剣に問いかけた。
「……エイトと会ったことあるのか?」
慎重に重い確認を込めた言葉を理解したのか、喜左衛門は無邪気な甘えん坊な顔からキリッとした顔つきに変え、ワン!と一声鳴いた。




