037:社畜、筋肉に圧倒される
世界が改変できたら普通はどうします?
チートで無双? ハーレム生活? 大金無双!
ここにいるのはストレッチを勧められる社畜
今日もまた佐藤匠海による、自身の心の絶対的平穏を勝ち取るための戦いが始まる
「改めて自己紹介をしよう!私は総務課の藤原健だっ!補佐を任されたからにはっ!全力でその任にあたるっ!みんなっ!よろしく頼む!」
えーと、何でこの人はいちいちポーズ取るんですかね。その度にスーツがミシミシ言ってますけど……。
あと、総務課とか言ってなかったか?……マジで?
唖然とする俺たちを無視して、藤原補佐は話を進める。
「これから備品チェックを行う。こういう時は二人一組で行うのが原則!バーベルを使う時に補助が入るようにだっ!」
「は、はぁ……。」
よく分からない例えだ……。
「諸君!元気が足りていないなっ!希望者には後で元気の出る筋トレのやり方を伝授するからなっ!」
……何かこう……見てるだけで暑苦しい……。
「ヨシ。高橋くんだったね!私と組もうじゃないか!効率的なリストチェックに有効な筋肉を伝授するぞっ!」
よしっ。指名は高橋だ。
内心ガッツポーズを決めた俺と横井はそっと退散する。
高橋は何とも言えない顔をしていたが、調子のいいあいつのことだ、きっとうまくやるだろう。
俺と横井はできる限り距離を置き、備品チェックを継続することにした。
「あー45分経ったな。集中力が落ちる時間帯だっ!何か飲み物を飲んでストレッチをしよう。さぁ一緒にしよう!」
……うざい……だが一応上司である。
満面の笑みでポーズを取り、飲み物を飲んだ藤原さんに合わせて俺達は渋々ストレッチをするのであった。
……身体が痛い……。
◇
藤原係長代理……補佐?はたしかに有能だった。
タスクの割り振りやその場に合わせた調整が抜群に上手い。思わず唸るレベルだ。
ただ問題なのは脳の中まで筋肉であることだろうか。
備品チェックでは台帳の記載漏れや重複の洗い出しが尋常じゃなく早い。
「佐藤君! この機器番号は昨年度の除却処理の際に廃棄されたはずのPCだっ! 本社の台帳と照合してみたまえ」
本社の台帳?俺が手間取っていると手招きをする。
「佐藤くん。マウスを握るときは回外筋を意識するんだ。」
よく分からないことを言いながら猛烈なスピードで操作する。
総務課出身というのは伊達ではないらしい。
社内手続きを完全に把握しており、俺たちがやったら何日もかかるような雑務の山が、信じられないスピードで片付いていく。
指示も的確で、小山のように責任を押し付けるような曖昧さが微塵もない。
……いちいち語彙が暑苦しく、指示のたびに筋肉を例えにすることさえ我慢すれば、上司としては間違いなく大当たりだった。
◇
午後になると峯本さんが再び来社した。
「ご迷惑をおかけしてすみません。よろしければこれを皆さんでどうぞ」
などと言いつつ菓子折りを持ってくる辺り、苦労人である。
そしてテキパキと業者を呼び込んで入り口の扉を補修し始めた。
……新しいドアは電子錠なんだな……。
そもそもこういう職場に物理キーはないよな。普通。
……今までがおかしかったんだ……。
何故か業者に混じってスーツ姿のマッチョがいるように見えるんだが、見なかったことにしておく。
「藤原さん、やっと扉更新のプロジェクトが進みますね。あといくつでしたっけ?」
業者の人が言うと、扉の枠を怪力で支えていた藤原補佐が白い歯を見せた。
「うむ! 残りは2カ所だな。ここは小山くんが『物理キーの鍵の重みが責任感を生む』などと断固拒否していたから仕方なかったのだ。」
あーだから在庫があったのか、納得。
……というかあいつみたいなのがあと二人いるっていう事実が怖いんだが。
ここの鍵が物理だったのはあいつのせいか……っていうかもう全部あいつのせいでいいんじゃないかな。平和になるし。




