035:社畜、割引を試みる
世界が改変できたら普通はどうします?
チートで無双? ハーレム生活? 大金無双!
ここにいるのは仕様に毒づく社畜
今日もまた佐藤匠海による、自身の心の絶対的平穏を勝ち取るための戦いが始まる
平日にこれくらい早く帰ってくるのは正直記憶がない。
いつも終電近くか泊まりだったからな。
一時期アパートの解約も考えたほどだ。
そんなことはどうでもいいが、俺は賑やかな商店街を歩いている。
慣れない対応ですり減った俺の心を癒すには、たまの贅沢が必要だと俺は革新している。
酒とつまみ買って帰ろう。
割引シールとかが貼ってないのが残念だが、それは仕方ないだろう。早い時間だし。
……いや、仕方がないではない。俺は全知全能の力を手に入れている。
そんな俺が好きなものを割引をしてもバチは当たらないはずだ……たまには役立てよクソアプリ。
「いらっしゃーい。今日はカツが特売だよ〜」
今日の気分はカツではないな。むしろハムカツ。
ハムカツにビールかチューハイだろう。
ハムカツは……割引対象ではないな。残念。
だが、この店はネットの情報によれば19時30分から残り物の割引を始めるはず。
現時刻19時15分。多少早く割引を始めても店の売上や他の客に不審がれれる心配はないはずだ。
俺は管理アプリを立ち上げた。
Object.souzai.hamkatsu
ステータスに30%割引を入れる。
実行を押すと、店主が割引シールをハムカツに貼り始めた。俺の勝利だ。
……しかし、俺の予想外の出来事が発生した。
【チュートリアルミッション】オブジェクト操作をする。達成・経験値50獲得
おいおい。待て。確か残り30だったよな、レベルアップまで……。
【レベルアップ!:検索機能解放】
そしてこの間と同じように一斉に歌い出した。
「レベルアップおめでと〜♪」
「新しいスキルおめでと〜♪」
店主も会計中の客も通りすがりのサラリーマンすらも足を止め心底楽しそうな満面な笑顔で歌っている。
俺が一番恐れていた事態だ……この場から消えてしまいたい……。
だが走ったとしても逃げられないのは分かる。
……今有効半径に入ったサラリーマンが急に合唱に加わったからな。ちょっと遠い気もするが、レベル上がったから有効範囲が広がったんだろう。
このあと俺はどんな顔をして対応すればいいんだ。
……そして地獄の時間が終わった。
「いらっしゃーい。今日はカツが特売だよ〜」
その瞬間、店主も客も通行人もまるで何事もなかったかのように、歌う前の行動を再開した。
誰一人レベルアップの歌を今合唱したことを覚えていないらしい。
俺は急いで割引されたハムカツを買い、商店街へ逃げ出した。
◇
家に帰り、管理者アプリを開いてみる。
「お、レベルアップしたんだね。今回は佐藤匠海が熱望していたことをいくつか実装することができたんだ」
俺の熱望はレベルアップの歌の廃止だが。
「今回の変更点は。今の経験値と次のレベルに必要な経験値の表示、チュートリアルミッションの実装。どちらもキミの要望だよ」
まぁたしかにそれは要望した。一番肝心なのが無視されてるけどな。
「ただ、ちょっと問題があって、リソースの兼ね合いで管理者アプリの有効半径が3mになっちゃった。」
おいおい、レベルアップの地獄はそんな半径じゃなかったぞ。
「あ、それは有効半径10mに設定されてるから。変更できないんだよね」
むしろそっちの方がリソース食ってるだろ。騙されんぞ。
あと、5mでも狭いのにナーフするな。
新春の限定キャラナーフで巻き添え食らった通常キャラみたいじゃないか。
「そう言わないでよ。経験値表示の実装は結構難題だったんだからさ」
こいつは俺が何と言っても仕様で押し切るつもりだな。
そもそもリソースっていうのも怪しい話だ。
……まぁ何を言っても仕方がない。
俺は現実逃避して今の幸せを享受することにした。
「あーハムカツとビールは最高だなぁ」




