氷の妃の胸の内
どうもこんにちは。市舞ポメです。
今回の話は環視点から始まります。いつもと違う物語の雰囲気などを楽しんでいただけたらなと思います。
では、ゆっくりくつろぎながら見てくださいね!
「ふわぁ...!久しぶりのお風呂です...!」
私...戌神環は思わず感嘆の声を上げてしまう。口に手を当てても漏れ出るその声は、ドア1枚で果たして防げているのか。しかし私にそんなことなんて気にしている余裕はなかった(もちろん、この声は奏葉の耳にちゃんと届いていた)。今は今すぐこの湯船に浸かりたいという思いでいっぱいだった。部屋いっぱいに広がったハーブの香りを思いっきり肺に取り入れながら、私は湯船に足を入れた。
「はあぁ〜、沁みます〜」
そのまま肩まで湯船に浸かり、何かの入浴剤が入っているのか、黄みがかったお湯を手ですくう。ふぅ、と息をついてリラックスする。こんなにリラックスできるのはいつぶりだろう。最近は色々あって、どこかずっと気を張っていた。しかし、この家に来てからというもの、緊張がどんどんほぐされていって、まるで我が家のような安心感...まあ我が家なんてもう私にはないのですが。でも、いきなり押しかけた私を快く家に入れてくれるばかりか、すごい手際でお風呂もご飯も用意してもらえて、しかも家に泊めてもらえる...
「なんかご主人様にされてばっかりですね、私!」
バシャッ、ガン!
「痛っ!」
ハッと気づいた私は思わず、水面を大きく揺らして上体を起こしてしまう。その際、浴槽の壁に肩をぶつけてしまった。うぅ、絶対外にも聞こえてますよね...恥ずかしいです...。再び肩までお湯に浸かる。そして、私が浴槽に壁をぶつけた原因である、彼について考える。そう、ご主人様のことだ。私は人とあまり積極的にはコミュニケーションをとらない。でも、ご主人様は出席番号が近いのもあって、学校でも優しく接してくれた。私がどれだけ無愛想でも、事あるごとに声をかけてくれた。あの時も...私があの交差点で右往左往していたときも、救世主のように颯爽と現れた。親切に道を教えてくれたばかりか、命まで助けて...。
「っ!」
そこまで考えて、頬がカッと熱を持ったであろうことが自分でもわかった。あの時の彼の力強い腕の感触、大きな胸板の感触は今でもはっきりと覚えている。もう彼のことを考えるのはやめましょう。これ以上は耐えられそうにありません...!
「っ、ひぅぅぅぅ〜」
頬を手で覆い、声にならない悲鳴を上げてしまう。でも、そんなことをしても、頭の中は彼のことでいっぱいだった。彼は、なぜ私にあんなにも優しくしてくれるのだろう。あんなに純粋に人に優しく接することができる人、私は初めて見た。...もしかしたら彼なら、...いや、ダメだ。こんな事考えてはいけない。優しくしてくれる彼だからこそ、これ以上迷惑はかけられない。大丈夫、分かってる。私は自分の胸に手を置き、自身に言い聞かせる。
コンコン
「ぴえっ」
すると、突如風呂場にノックの音が響いた。唐突なノックに、私は変な声を上げてしまう。も、もう...びっくりしました。何でしょう?
「戌神さ〜ん?ここにシャンプーとボディーソープ置いておくから、取ってね。俺はリビングにいるから気にしないで〜」
その後、すぐにガチャッと扉が開く音と、閉じる音がした。ご主人様は言葉通りリビングに戻ったのだろう。...気遣い上手な人ですね。丁度いいので、私は体を洗うことにした。折れ戸を開け、ご主人様が置いてくれたシャンプーとボディーソープを取る。って!このシャンプーとボディーソープはもしかして!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ご主人様〜!」
「あ、戌神さん出た?ほら、うどんできてるよ。きつねうどんだよ」
「わぁ、美味しそうです...いえ、そうではなくてですね!」
「ん?ああ、戌神さん髪長いから大変そうだもんね。わかった、手伝うよ」
「え?いや、そうではなくて...あ、ちょっと」
俺はぽふんと戌神さんをソファに座らせ、タオルを取り出す。
「戌神さんは髪が長いんだから、ちゃんと髪を拭かなきゃダメだよ?」
「は、はい...」
俺はタオルで戌神さんの頭を揉み込むように髪を拭いていく。根元の水分がある程度取れたら、次は毛先だ。毛先はタオルで挟んで優しくポンポンと叩いて水気を取っていく。そして、そこからはパパパパッとブラシとドライヤーを駆使して...戌神さんの髪をツヤッツヤのサラサラにすることができた。なぜだろう、女子の髪の毛を触ることなんて初めてのはずなのに、体が勝手に動いていた。お人好しここに極まれりってか?そんな自分に驚いていたせいで、髪から覗く戌神さんの耳が赤くなっていたことに、俺は気づかなかった。
「できたよ、戌神さん」
「ありがとうございます...ではなくてですね!」
「おおぅ、どうしたの?戌神さん?」
いきなり戌神さんが振り返り、顔をグイッとこちらに近づけてきた。その顔はなぜか真っ赤に染まっていたが、戌神さんはそんなことは気にしていないようだ。
「あのシャンプーとボディーソープ!どうしたんですか!」
「あぁ、あれ?あれは友達からもらったもので...。そんなにすごいものなの?」
「すごいなんてものじゃありませんよ!『黒髪美麗』と『白肌可憐』共同開発のものじゃないですか!つい最近話題になった超高級なものですよ!?その友達は一体何者なんですか!?」
目をぐるぐるさせながら、すごい勢いでまくしたてる戌神さん。なんか、こんな戌神さん初めて見るな...。
「ん〜。これ言っていいのかな...わからないけど、戌神さんなら悪いようにはしないか。えっとね。俺の友達は、『黒髪美麗』の社長令嬢なんだ」
「えぇえ!それは本当ですか!?」
「うん。この辺に住んでるんだ」
「あ!もしかして、さっき大きなマンションの前でご主人様と話していた可愛い子ですか?」
「うん、それが親水未来って言って...あれ?なんで戌神さんが未来と話していたのを知っているの?」
「うっ!そ、それは〜...」
痛いところをつかれたといった顔で、わかりやすく目を泳がせる戌神さん。...まさか。
「戌神さん、俺の後つけてたでしょ」
「!い、いえそんなことは〜...」
「あるでしょ」
「......」
俺がじぃ〜っと見つめると、汗をダラダラ流しながら、視線をさらに激しく泳がせ始める。そこで俺は天啓のようにひらめいた。全く答えようとしない戌神さんにカマをかけてやろうと。
「俺の家がわかったのも先生に聞いたからじゃなくて、俺についてきたからでしょ」
「なぜそれを!...あっ!」
今更口を手でぱっと塞いだってもう遅い。言質は取った。
「はぁ〜。別にいいんだけどさ。声かけてくれればよかったのに」
「そうなんですが...あまりにも楽しそうに話しているものですから、部外者の私が入っていって良いものかと思いまして...」
「まあ...そうか。俺は基本的に知り合いを見たら話しかけちゃうタイプだからわからないけど」
「ごめんなさい...」
シュン...と俯く戌神さん。...なんか怒られた子犬みたいだな。
「ふふっ」
「な、なんですか」
「ごめん、なんか...可愛いなって思って」
「かわっ...や、やめてください...」
俺が笑いながらそう言うと、戌神さんの顔はまた赤くなり、先ほどとは違い、恥じらうように顔を俯けた。
「別に後をつけたことは気にしてないから、もういいよ。それより、冷めちゃうから早くうどん食べよっか」
「は、はい!」
戌神さんが元気を取り戻したように、目を輝かせて顔を上げる。わかりやすいな〜。ほんとに見れば見るほど『氷の妃』とは別人みたいだ。それに...なんだろう。なんとなくだけど、今の戌神さんは重い荷を下ろしたような感じがする。そのきれいな笑顔の裏に、戌神さんは何を隠しているのだろうか。とても気になったが、そこで俺は思考を中断した。いや、詮索はやめよう。さっき決めたじゃないか。今俺がすべきことは疲れた女の子を癒やす、ただそれだけだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃ、おやすみー」
「おやすみなさい」
布団で寝返りを打ちながら、考える。俺のベッドで寝ている戌神さんのことだ。昨日彼女を助けてから、直後は冷たい態度をとられて...っていうか、今思い出したら彼女の顔めっちゃ真っ赤だったな?あの時はただ怒ってるんだと思ってたけど、今考えたらあれは照れてただけだったりしてな。でも、それにしては今日学校に行ったときはだいぶそっけなかったよな。それがなんで急に?心の中では「ご主人様ぁ!」だったのかな?俺は寝返りを打つ。改めて考えても、別人かと思うほどに、今までの彼女からは想像もできない変貌ぶりだった。
『ご主人様♡ シャーペンの芯、お持ちしました。未熟者ですが、この戌神環今日からよろしくおねがーーー』
『閉めないでくださいぃぃ! ご主人様ぁ! 捨てられた私を拾ってくださいぃぃ!忠犬ハチ公もびっくりするぐらい働きますからぁ!だからこのドアを開けてくださいよぉ!』
俺の頭の中にあの時の言葉がリフレインする。...うん、どうした?事故のとき頭でも打ったんか?というか、正直言って可愛すぎる!なんか頭撫でたくなっちゃうような可愛さがある!学校での戌神さんはどちらかというと、「美しい」という言葉のほうが似合う。でも、今の戌神さんは「可愛い」の方が先行するな。思わず天井に向かってうんうんと頷いてしまう。そこで俺はふと思った。
(あれ?今考えたらドア開けた瞬間とちょっと様子変わった...?気のせいかな。..何か家に来てすぐと態度がぜんぜん違うなぁ。何だか、暴走が収まった、みたいな?わかんないけど)
ドアを開けたときこそ彼女はぐわっと迫ってきた。しかし、お茶を飲んでまったりし始めた辺りから、正気を取り戻したように落ち着いて...取り繕ったとも言えるし、素に戻ったとも言える。彼女の素は、どちらなのだろう。俺はなんの気なしに、戌神さんが寝る俺のベッドの方を見た。すると、こちらを見ていた戌神さんと目が合った。
「っ!」
戌神さんがバッと身を翻した。タオルケットを被った背中を揺らす戌神さんに、ふっと微笑をこぼしてしまう。寝るか、そう思い俺も目を閉じ始めたとき。
「あ、あの...」
「うん?何かな、戌神さん?」
戌神さんが何か小さく呟く声が聞こえた。俺がひょいと視線をそちらに向けると、戌神さんはまたこっちを向いていた。口元にタオルケットを当てて、少し見える頬は赤く染まっているように見える。暗くてよくわからないが。
「今日は...突然にも関わらず、ありがとうございました」
「いや、別にいいよ。一応、シャーペンの芯も助かったし...ね?」
「それあんまり助かったって思ってないですよね!?何なら私にしてばっかりで、対価と見合ってないと思ってますよねご主人様!」
ガバっと身を起こす戌神さん。もう顔を隠す気ないじゃん...。
「...思ってないよ」
「その溜めなんですかぁ!?」
俺が図星を突かれて少しだけ考える素振りを見せると、ふにゃぁ〜!と戌神さんがベッドの上で暴れ始めた。これまた何か新しい一面が出てきたな。いや、今日一日だけで、情緒どないなっとんねん。学校ではツーンとして、扉開けたらデレーっとして、今はツンデレになって...大変だなおい。ふーっふーっと息をした後、ふぅ〜っと大きな息をついて心を落ち着ける戌神さん。彼女は静かにぽふっと枕に頭を沈めた。
「私は...ほんとにここにいていいんでしょうか...?」
「...」
落ち着くと自分のネガティブな部分が出てきたのか、急に不安そうにそう呟いた。俺は一瞬だけ思考を巡らせ、こう答えた。
「...落ち着くまで、ここにいるといい」
「...何があったか、聞かないんですね。先程はスルーしましたけど、私が泊まる気だったのもわかっておられましたし、さほど仲も良くなかったクラスメイトを普通泊めますか」
「ははっ。俺はお人好しだからな。困っているなら助けてあげたい。それだけさ。話を聞いてほしいなら聞くけど」
「...」
「なら聞かないさ」
「何も...言っていませんけど」
「そう?俺には『聞かないで』って聞こえたけど?」
「っ!」
「無理をする必要はないよ。今はゆっくり休みな?」
「はい...おやすみ、なさい...」
「おやすみ、戌神さん」
「...すぅ」
「おやすみ」そう言うとすぐに彼女は寝息をたて始めた。ふぅ、俺は息をついた。それは安心したせいかはたまた...そこまで考えて俺は夢の中へ誘われた。...戌神さんは、俺が...ま、も...る。
六話からの投稿が遅れてしまい、楽しみにしていた方は本当にすみません!
現在、他の短編やシリーズの整理をしていて、今回のように前までのペースを保つのは難しいと思います。
また更新された時には見ていただけるととても嬉しいです!
では、また次回もよろしくお願いします。




