氷の妃、甘やかしてみた
今回も読みにきていただきありがとうございます!
少しでも体を休めながらお楽しみください。
「嫌です!私を見捨てないでください、ドアを開けてぇ!ひどいですよ、あのときはあんなに私に優しくしてくれたのに!そのくせしてめんどくさくなったら捨てるんですか!?うわあ〜ん!」
ドアの向こうの戌神さんの声は、静まり返った夜の街にはいささか響きすぎる。しかも、言葉選びが狙っているのか、無意識なのかわからないが、誤解を生むようなものしかない。思わず現実逃避してしまったが、これは放置したほうがヤバそうだなぁ!?
「ちょっと戌神さん!近所迷惑だし、こんなところ見られたら俺が白い目で見られちゃうから!」
危機感に駆られ、俺は覚悟を決めて勢いよくドアを開けた。
「戌神さんも一回頭を冷やして...」
視線を落とし、戌神さんの姿を目に入れた俺は思わず言葉をつまらせてしまった。そこには、コンクリートのタイルの上にぺたんと女の子座りをしてへたりこむ戌神さんがいたからだ。鼻をグズグズと鳴らし、目には涙をこれでもかと溜め込み、上目遣いで俺を見上げてくる。その手にはしっかりとシャーペンの芯が入ったケースが握られていた。もう学校での『氷の令嬢(猫)』の面影は欠片もない。真顔で誰だこれ案件である。これはなんというか...ひどく誤解を生むというか...庇護欲を掻き立てられるというか...。うん、これは無理だ。
「はあ...わかったよ。とりあえず中入って。外で座ったら汚いよ?あそこのリビングのソファで待ってて。タオル持ってくから」
「ぁ...あっ、ありがとうございます...っ。お、邪魔します...」
特性「お人好し」が発動した俺に追い返すことなんてできるわけがなく、俺は彼女を我が家へ迎え入れた。俺の言葉に戌神さんはぱっと表情を輝かせる。俺は彼女の横に置かれている大荷物を運び込み、彼女をリビングに通す。
「わぁ、広いですね...」
「そう?」
そして、最後に誰にも見られていないだろうかと玄関から顔だけ覗かせる。幸い、まだ野次馬たちは来ていないようだ。よかった、本当に。俺の明日からの生活が保証されたことに胸を撫で下ろしながら、俺は洗面所に行き、真っ白でふわふわなタオルを手に取った。リビングに戻ると、リビングのソファでは戌神さんがそわそわした様子で座っていた。
「はい、これ。汚れてるところとかこれで拭いて。あまり外で座っちゃダメだよ?」
「は、はいぃ。ありがとうございます...」
俺は彼女が足などを拭いている間に、キッチンに行く。といっても、俺の部屋はキッチンからリビングまで開けているので、ほぼ同じ部屋のようなものだ。そこで俺は、やかんの中に水を入れ、コンロで火にかけた。ついでに、クローゼットから大きなクッションを取り出す。リビングに戻り、俺はクッションを戌神さんの横に置いた。
「良ければどうぞ?このクッション、俺のお気に入りなんだ。ああ、もちろん俺が使ってるのとは別のだけどね?」
「そんな、そこまでしていただくわけには...」
「そんなの今更気にする?俺の家に泊まるんでしょ?」
「え、えぇ。まあ、そう、ですが」
「まあ無理にとは言わないけど。好きに使ってね」
「は、はい」
とは言っていたが、戌神さんはすぐにそのクッションを抱きしめた。それを見て俺は確信した。やはり戌神さんは不安なのだと。なぜかはわからないが、今の戌神さんには安らぎがきっと必要だ。だから、今俺が彼女と話すべきは...「何があったの?」や「なぜ家出したの?」なんかじゃない。
「ところで、戌神さん。俺の家、何でわかったの?」
「ふ、ふえっ!な、なんですか?」
俺が戌神さんに問いかけると、戌神さんが慌てた様子で俺に聞き返してきた。...クッション気持ちよすぎて寝そうになってたな。さすが我がクッション。かの「氷の妃」の寝ぼけ顔を引き出すとは、やるじゃないか。俺は嫌な顔一つせず、柔らかい表情でもう一度尋ねる。
「どうして、俺の家がわかったか気になっちゃって」
「え、ああ。そうでしたね。今日、担任の先生に『先日危ないところを犬飼くんに助けていただいて...』と笑顔で頼んだら住所を教えてくださいました」
「教師としての守秘義務!プライバシーはどこに行ったぁ!」
俺は思わず頭を抱えてしまう。よし決めた。明日の寿司で先生を破産させてやる。
ピーッ!
俺が頭を抱えていると、俺の感情の高まりに呼応するようにやかんも音を立てた。俺は戌神さんに「どうぞ、続けて」と促しながら、キッチンに向かった。やかんを手に取り、ティーポットにお湯を注ぐ。
「すいません、ご主人様...しかし、あの日は命の恩人に対してとる態度ではなかったと反省しております。なので、せめてきちんとお礼を言えないかと思っておりまして...」
「ああ、確かにあの日はちょっとだけ傷ついたけど、まあ戌神さんが無事なら良かったよ。それはそうと来てたならインターホン押してくれたら良かったのに」
「はい、しかしいきなり事情も言わずに家に上がり込むなど、いかがなものかと葛藤していると、ご主人様が出てこられたものですから」
「そうだよ!びっくりしたよ、俺がシャー芯買いに行くか〜、と思ってドア開けたら人がいて、しかも手にシャー芯持ってたんだから。何で俺のシャー芯がなくなったってわかったの?」
ティーポットに茶葉を入れ、ゆっくりとお湯を注ぎながら戌神さんに尋ねる。
「勘です」
「え?勘?」
「勘です」
「勘って、そんな...」
「勘です」
「そっかぁ。勘かぁ」
(う〜ん。あ、そっか。犬とかの動物って第六感?が鋭いっていうっけ...まあ猫もらしいけど。意外と野性的だな...学校の様子からは想像がつかない...)
俺はそんな事を考える。こころなしか少し自慢げな様子の戌神さんに、俺は苦笑いをしてしまう。そして、淹れたラベンダーのハーブティーをリビングの机に置く。懐かしい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「はちみつもあるから、よかったら入れてね」
「え、ありがとうございます...」
「隣、いいかな?」
「え?は、はい...」
戌神さんに確認を取った俺は、肩が触れるか触れないかぐらいの距離に座る。すると、部屋に少しの沈黙が降りた。夜ということもあり、外からも何一つ物音が聞こえてこない。でも、この沈黙は心地よい、そう感じる。戌神さんも同じことを感じているだろうか。ハーブティーを味わいながら、俺は少し考えを巡らせる。頭に思い浮かぶのは彼女を助けたあの日の、助けを求めるような顔だ。あの表情を見たとき、俺は反射的に俺は彼女の助けになりたい、そう思った。だから、俺は...。なんの気なしに戌神さんの方を見る。すると、彼女はマグカップを手に水面(いや茶面?)を見つめていた。
(ああ、ハーブティー苦手か...?じゃあ俺が先にはちみつ入れてみせたほうが良いか...その方が戌神さんも気にしないよな)
俺ははちみつをスプーンで掬い、そのスプーンでカップの中を軽くかき混ぜた。スプーンを置き、ゆっくりと一口。うん、やっぱりラベンダーは落ち着くなぁ。...「やっぱり」?俺ラベンダーティー飲んだことあったっけ?そんな疑問を抱きながら、戌神さんの反応が気になって、横目に彼女を見やる。彼女は俺の横顔を見つめ、はちみつを見つめ、最後に自身のマグカップに目を落とした。恐る恐るスプーンを手に取り、俺と同じようにはちみつをハーブティーに混ぜる。口元にマグカップを寄せ、まずは香りを嗅いでみる。どうやらこれはいけると判断したらしく、口をつけた。その瞬間、彼女は目を見開いた。
「つっ!」
少し熱かったのか、マグカップを反射的に離す戌神さん。
(猫舌なんだ。ちょくちょく猫要素入れてくるなこの子は)
戌神さんはふーっふーっと念入りにお茶を冷ました後、満を持してハーブティーにもう一度チャレンジした。今度は熱くなかったらしく、こくりこくりとのどを動かしている。すると、いきなり戌神さんがびっくりしたように口を離し、マグカップを見つめた。そして、再びハーブティーを飲んだ。
(よかった...気に入ってくれたみたいだ)
俺はハーブティー一つで表情をコロコロ変える彼女を見て、微笑ましく思いながら密かに安堵したのだった。その後、二人ともハーブティーを飲み終わり、戌神さんは最初より幾分かリラックスした様子に見えた。
「ごちそうさまでした。そ、その美味しかった、です...」
「それは良かった...少しは落ち着いた?」
「はい、おかげさまで」
「それはよかった。外で待ってて冷えたでしょ?お風呂を沸かしておいたよ」
少し顔を赤くしてそっぽを向きながらお礼を言う戌神さん。ふふっと思わず笑みも漏らしてしまいそうになりながら、俺はさっき準備しておいたお風呂はどうかと提案する。
「えっ!そんな、お風呂までありがとうございます」
「気にしないで。ぬるめに入れているからゆっくりつかってきな」
「は、はい...!」
「お風呂」という単語を聞いた瞬間、戌神さんの背筋がピンと伸び、目が光り輝いたのを俺は見逃さなかった。すぐに取り繕った戌神さんだったが、俺の目は騙せない。
(お風呂は好きなんだ...そこは犬のほうなんだな...)
ぐぅ〜...
「ふぁっ!」
俺がまたしょうもないことを考えていると、辺りに気が抜ける音が響いた。視線を上げるとお腹を抑える戌神さんが。その頬がカッと熱を持っている。
「お腹が空いてるんだね」
「うぅ、恥ずかしいです」
「いいよ。何が食べたい?おじやか、うどんか、味噌汁。お風呂に入っている間に作っておくよ」
「そうですね...」
「それとも味噌汁にご飯入れる?」
「...『たま』だからねこまんまですか?」
「おっよくわかったね〜」
「うどんでお願いします」
「うどんなんだ...」
素っ気なく言っているが、その顔はどこか赤いままだ。俺もそこに触れるのは野暮かと思い、何も言わずに風呂場に向かう彼女を見送った。あっ、今気づいたけど...シャンプーとかボディーソープは俺のと同じやつを使わせるわけにはいかないよな...。そうだ!この前未来にもらった、アレならいいか。なんか、もったいなくて使えてなかったんだよな。丁度いい。戌神さんにはアレを使ってもらおう。そして、俺はクローゼットからそのシャンプーとボディーソープを取り出した。そして、風呂場に向かおうとして...足を止めた。
「今向かったら確実に鉢合わせる...ちょっと時間を置いて行こう」
俺はこういうところにもちゃんと気を遣える男なのだ。学園一の美少女がうちの風呂場で着替えてる?だからなんだ。今俺の家にいるのは弱った一人の女の子だ。脳が煩悩で埋め尽くされた一般男子高校生じゃないんだぞ俺は。
「ふぅ。じゃあうどんでも作っておきますかね。えっとまずは...」
はい。やっと来ました、甘々回!ここからがこの作品の本領発揮ということで。お人好しご主人と忠犬の尽くし尽くされる毎日をこれからも楽しんでいただけたら幸いです!次回もよろしくお願いします。




