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第7話  金髪の獅子、古の詩を謳う

ガルハートの背景に少しだけ触れていきます。

金髪の獅子と大剣豪の魂のぶつかりも見どころとなっております。

今回もお楽しみください。

刹那、伯爵の剣が閃いた。ガルハートは木刀を抜かず、半歩動いてそれをかわした。

 

 ガギィィィィィンッ!!


足元の石畳が砕け散るほどの衝撃。だが、その火花の中でガルハートの視線は、広間の隅に鎮座する古びた「石碑」に吸い寄せられていた。

 その石碑こそ、王族の端くれであるスターレ家が、代々「家宝」として守り抜いてきた一族の誇り。高等教育の教科書にも載るほど有名な詩ではあるが、その真筆に近い石碑を所有し、維持し続けていたことこそがスターレの矜持。代々武の天才を輩出しながらも、同時に優れた学識を保ち続けてきた文武両道の本質が、そこにはあった。「石碑」には、中世最高の悲恋歌と謳われながらも「下の句」が欠落しており、「上の句」のみが刻まれている。


(……間違いない。この重心の移動、殺気のいなし方。三つの大傭兵団を一夜で壊滅に追い込んだ、あの『金の傭兵王』そのものだ)


伯爵は、内心で激しい違和感に唇を噛んでいた。


(なぜだ、ガルハート。なぜ貴殿ほどの男が、市井で酔い潰れ、あろうことか『按摩の助手』などと自称して腐っている!?)


「……抜かぬか、傭兵王! その貴公子然とした皮を脱ぎ捨て、かつての猛犬としての牙を見せてみろ!」


スターレ伯が長剣を抜き放ち、一歩を踏み出した。

『筆頭の大剣豪』が放つプレッシャーは、それだけで広間の空気を氷点下まで叩き落とす

「……行くぞ!」


一撃、二撃、三撃。完璧な「正解」を斬っているはずなのに、ガルハートの肌に触れることすら叶わない。ガルハートは不敵に笑い、激しい剣戟の合間に、ふいと石碑へ視線を投げた。


「ガハハ! 傭兵王だか何だか知らねぇが、あんた、そんな昔の名前にこだわって、目の前の大事なもんを見落としてやしねぇか?」


「何だと……?」


「『凍てつく空に、残りし熱を。君が髪から、零れし色を』……懐かしいな。この詩を書いたノンマルトってのは、死ぬ間際まで、自分の地位や名声なんてどうでもいいと思ってたぜ」


ガルハートの口から滑り出したのは、石碑に刻まれた「上の句」だった。スターレ伯の動きが止まる。それはこの家の誇りそのものである言葉。


「ただ一人の女に、自分の『後悔』が届くことだけを願ってた」


ガルハートは、あたかも遠い日の記憶をたぐるように慈しみを込めて、欠落していたはずの言葉を紡ぎ出す。


「『白銀の夢に、囚われし春よ。我が悔恨は、溶けぬ氷となりて――永久とこしえに君を、抱き締めん』」


静寂が、広間を支配した。

 朗々と響き渡る声は、まるで一流の謡い手が魂を削って披露する独唱アリアのようだった。


 天下十剣の才を持ち、凄まじい剣戟にも眉一つ動かさない次女メイ。そんな冷徹な美女である彼女が、その見事な発声と情緒的な響きに、見た目に合わない間延びした口調で呟いた。


「……えぇー……。信じられませーん……。今のは、完璧な、詠唱うたいです」


声楽を深くたしなむ彼女だからこそ分かる。ガルハートの声は、単なる暗記の披露ではなく、詠唱そのものに命が宿っていた。


「あり得ない。なぜ、その続きをあなたが……!?」


絶叫に近い声を上げたのは、長女セーラだった。彼女は国家の頂点・ソルボ大学の史学科で教鞭を執る才媛であり、今まさに「世紀の発見」を形にしようとしていた。


「その下の句は、四百年前の宰相が遺した秘蔵の私信の中にしか存在しなかったはずよ! 私の教え子が書庫の奥底で見つけ出し、現在、私たちが論文をまとめている最先端の、最秘匿の情報なのよ!?」


セーラを襲ったのは、整理のつかない困惑だった。

手元の報告書によれば、この男は街の掃き溜めで泥酔し、安酒を煽っては笑い飛ばす「無頼の傭兵」に過ぎないはずだった。警邏隊やスターレ・ガードが書き連ねた、粗暴で品性を欠いた男の記録。

なにゆえ今、目の前で漆黒の儀礼服を悠然と着こなし、自分たちが一生をかけて追ってきた言葉を、誰よりも深く理解した響きで謳い上げているのか。


下品な傭兵としての粗雑さと、非の打ち所がない貴公子の佇まい。そして、国家の最高学府すら掴みきれていない高度な知性。そのあまりに極端なギャップを前に、セーラの論理は完全に立ち往生していた。


セーラの指先は、手にした扇子をへし折らんばかりに震えていた。

どこから流れてきたかも知れぬ無頼漢が、自分たちの研究成果すら飛び越えて、美しく完結させてしまった。


理屈では説明のつかない「事実」を前に、彼女は戦慄した。



それは、スターレ伯も同じだった。


 武人としての直感は警戒信号を鳴らしている。


しかし、剣を持つ手からは力が抜け、切っ先がわずかに震えた。

 戦意が削がれたわけではない。だが、目の前の男から漂う「正体不明の重圧」が、物理的な壁となって次の一歩を阻んでいる。


(この男、歴史を知っているのではない。……まるで、歴史そのものがこの男の血の中に流れているかのようだ)


「困惑」が、最強の大剣豪たるスターレ伯を支配していた。

 自分たちが一族の誇りとして、何代もかけて積み上げてきた「武」と「学」の結晶。その、容易には辿り着けぬはずの高みに、一振りの木刀を担いだ男が、あろうことか最初から腰を下ろしていたことへの、底知れぬ困惑であった。


 漆黒の儀礼服を悠然と着こなし、四百年前の宰相が愛した詩を、当時の息遣いそのままに謳い上げる姿。

 下品な傭兵としての露悪的な振る舞いの奥に、国家の最高学府すら未だ解き明かせていない深淵な知性が同居している。このあまりに極端で、整合性の取れない「個」の存在。


 知を司る母エレン、長女セーラ、声を司る次女メイ、武を司る自分と三女ヒサメ。スターレ家が誇る「英知と武」のすべてが、ガルハートという一人の男が放つ圧倒的な存在感の前に、なす術もなく立ち往生していた。



広間を支配したのは、耳が痛くなるほどの、濃密な静寂。

 スターレ家が守り抜いてきた「歴史」という名の聖域に、この男はただ当然のように馴染み、そして遠い眼差しで石碑を見つめていた。



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