北方編:アルカディア 「黄金の男と女」
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久しぶりにあの男が返ってきます。
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
アルカディア教国とジョルカス帝国の国境地帯。
雪解けのぬかるみが残る街道に、数万の旗印を掲げた帝国軍の前進基地が築かれつつあった。
「——本当に、単身で教国を盗り果せおったか」
重厚な幕舎の深奥。総大将を務めるヴォルク・ヴァイス将軍——かつて『黒狼』と呼ばれ北方で死線を潜り抜け、叩き上げで将軍の座まで登り詰めた男は、手にした一通の書状を眺め、深く息を吐いた。
差出人は、アルカディア教国・教王アウレリア。
そこには『僧正会の多数派工作を完了し、聖女の正当性も認めさせた。約束通り、教国をほぼ掌握した。国境に軍勢を前進させられたし』と、優雅な筆致で記されていた。
将軍の脳裏に、数日前に帝都から届いた御前会議の密書が蘇る。
◇◇◇
帝都ジョルカス、皇帝の御前会議。
教王アウレリアからの「教国掌握」の文を受け取った皇帝は、居並ぶ皇子や皇女、重臣たちの前で、腹を抱えて大笑いしてみせたのだった。
「ハハハハ! ヴァルツァーク家の娘が……アウレリアが、ついにやりおったぞ! 我が一族の小娘が、たった一人で教国を盗み取ってみせた!」
帝位を狙い、日々陰謀を巡らせていた皇子や皇女たちは、皇帝の異様な機嫌の良さに不気味なものを感じ、息を殺した。
そんな我が子たちの顔を見回すと、皇帝は愉快でたまらないといった様子で口角を上げた。
「お前たちには話していなかったがな……あやつが教国へ出家する折、この我が手で『鷹の指輪』を授けてある」
「「「……っ!?」」」
御前会議の空気が、一瞬で氷ついた。
『鷹の指輪』——それは、ジョルカス帝国における皇位継承権を持つ者の証。
かつてヴァルツァーク公爵家が全滅し、優秀な将兵と正統な後継を失った際、皇子や皇女たちは歓喜の声を上げた。これで自分たちにこそ『鷹の指輪』が巡ってくるはずだと。
だが、どれほど待っても指輪が彼らの元にやって来ることはなかった。
まさか海外の、教国へ出家した小娘の手に渡っていたなど、夢にも思っていなかったのだ。
皇帝は凍りつく子供たちを冷ややかな眼差しで見下ろし、愉悦を深めた。
「ヴァルツァーク家を継がず教国へ出家する際、かの者は我に約束したのだ。『教団を盗ったあかつきには力を貸してほしい』とな。才気あふれる娘よ……約束通り、帝国全軍の圧力を以て、あやつの後押しをしてやるぞ」
皇子と皇女たちは、戦慄に身を震わせた。
無血で一国を盗み取り、さらに皇帝の絶大な信頼と『鷹の指輪』を携えて戻ってくる怪物——アウレリア・ヴァルツァークという存在の恐怖に。
◇◇◇
再び、アルカディア教国とジョルカス帝国の国境地帯。
巨大な幕舎が立ち上がり、帝国軍の本陣としての威容を教国に示さんとするその時、見張りの兵たちの鋭い怒号とどよめきが駆け巡った。
「な、何者だッ!? 先触れもなく国境線を越えてくる者があるか!」
見張り兵たちが一斉に槍を構えて身構える中、ぬかるんだ泥道を我関せずに走ってきたのは、兵の身長を優に超えるほど巨大な漆黒の軍馬であった。
その巨馬の背に跨がっているのは、鮮烈な赤い僧衣を纏った、目を見張るほど美しく可憐な金髪碧眼の少女。
「……何事だ!」
騒ぎを聞きつけた本陣の将校たちが幕舎から飛び出し、異様な威圧感を纏う少女を詰問しようと囲い込む。
だが、少女は馬上でふっと細い顎を上げ、鈴を転がすような声で爽やかに名乗った。
「黒狼将軍がお見えになったと聞き及び、馳せ参じましたわ。……私が教王、アウレリア・ヴァルツァークです」
教王でありながら、あえて『ヴァルツァーク』の名を口にした赤い衣の少女。
その言葉と同時に、彼女は馬上でそっと右手を掲げて見せた。
その細い手指に嵌められていたのは、鈍い銀の光沢を放つ——『鷹の指輪』。
帝国軍の将校や兵士たちは、幼少期から「貴人の右手を見よ」と徹底的に叩き込まれている。帝国の貴族はその身分に応じた指輪を嵌める定めであり、中でもその鷹の意匠が意味する重みを、帝国軍人で知らぬ者はいない。
「……ッ!? た、鷹の……っ!?」
「皇位……継承権……ッ! 全員、傾注敬礼ッ!!」
一瞬で顔色を変えた将校の一声により、一帯にいた数百の兵たちが、一斉に雪泥を踏みしめて背筋を伸ばし、最敬礼の姿勢をとった。
指輪一つで精鋭軍の空気を一変させたアウレリアは、満足そうに瞳を細めた。
「素晴らしいわ。さすがは我が帝国の精鋭、主が誰かを正しく理解しておられますのね。……重畳です」
馬上から見下ろすアウレリアは、平伏し敬礼を捧げる軍人たちへ向けて、太陽のように美しく、そしてどこまでも不敵な満面の笑みを浮かべた。その圧倒的な器量と美しさに、その場の全員が息を呑む。
「黒狼将軍……いえ、ヴォルク・ヴァイス殿にお会いしたいのだけれど、よろしいかしら?」
◇◇◇
通された重厚な幕舎の深奥。
直立不動で迎えたヴォルク・ヴァイス将軍へ、アウレリアは赤い僧衣の裾を優雅になびかせて腰を下ろした。
「幼少のころ以来ね、ヴォルク将軍。……貴方がこの軍勢の総大将と聞いて、どうしてもお会いしたくなったの」
「身にあまる光栄にございます、教王殿下……いえ、アウレリア様。しかし、奪取されたばかりの聖都を留守にされて、政務に支障はございませんのか」
叩き上げの将軍らしい硬い問いかけに、アウレリアは鈴を転がすように微笑んだ。
「心配ご無用です。僧正会も議会もすでに掌握し、残された四聖女たちも実に優秀に動いてくれておりますの。私がどこにいようと、教国は私の手の中で完璧に治まっておりますわ」
圧倒的な統治能力と全能。ヴォルク将軍は感服しつつも、自らの傷痕が残る腕をそっと擦った。
「それよりも、将軍。私がお会いしたかったのは他でもありませんの」
アウレリアは細い指先で自らの唇をそっと撫で、黄金の瞳に怪しい熱を宿らせた。
「——貴方、かつてあの『黄金の獅子』と直接やり合って、生きて陣へ戻られたのでしょう? あの男の感触を、私に教えてくださらない?」
「……それは何ゆえに?」
「教国の秘事ですが、貴方になら大丈夫でしょう。あの人は地母神教の聖人たる『黄金の番』なのです。ライナル王国の客将のようですが、近々教国にお招きしようかと」
ヴォルク将軍の眉根が寄る。帝国軍の中で、唯一あの男の規格外の暴威を知る男。
「……あのような怪物は二度とお目にかかりたくありませんな。私を殺す必要が無かったから生き延びた……ただそれだけです。それほどに隔絶した存在でした。ご満足でしょうか、アウレリア様」
「ふふ、素晴らしいわ……」
自らの退屈を打ち砕いた男の評を聞き、アウレリアが目を細めたその時であった。
――ガタタッ!
本陣の陣幕を叩き破るようにして、血相を変えた早馬の使者が雪泥に滑り込みながら飛び込んできた。
「ほ、報せ! 報せにございます!!」
「無礼者、教王様のお前(御前)だぞ!」
「北……北方にて一大事にございます! 追放されたはずのセラフィナ大僧正長と真なる聖女メルツラが、ライナル王国とスターレ家の後見を得て——『地母神教正統派』の立ち上げを宣言いたしました!」
「……な、何だと……!?」
ヴォルク将軍の顔から、一瞬で血の気が引いた。
将軍が戦慄する中——アウレリアは、そっと自らの胸元に手を当てて考えた。
セラフィナという女は、教団と教国への愛は本物だ。優れた見識や行動力、人を引き付ける魅力はあれど、自ら国を割るような大それた真似はできぬ常識人に過ぎない。
それではかの地にいるのは誰だ。
アウレリアの脳裏には、自身と相対しながらも一切飲み込まれることがなかった、あの男が明確に思い浮かぶ。狂気と智謀と圧倒的暴力を兼ね備えた、神に愛される黄金の男。
「……あははっ! あははははっ……!」
幕舎に、可憐で狂おしい笑い声が響き渡る。
「やってくれましたわね、ガルハート……! 計算の『枠外』から毒針を叩き込んでくるなんて……! ああ、やっぱり貴方こそが、私の『黄金の番』ですのね……!」
自らの退屈を殺し、世界を揺るがす黄金の男。
だが——彼を迎え撃つアウレリア自身もまた、己の望む未来のためならば、地母神すら敵に回して戦う圧倒的な狂気と智謀を兼ね備えた『黄金の女』であった。
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別作品の紹介
十代の女の子たちの悩みを宇宙人が解決する人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
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火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
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