北方編:アルカディア 「盤外戦術」
いつも皆様お楽しみいただきありがとうございます。
セラフィナ、グレゴ、メルツラの三者三様のお話。
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
朝の柔らかな光が差し込む『鋼鉄の揺り籠』の客間。
その静寂は、前触れもなく粉々に打ち砕かれた。
「――ドーーーンッ!!」
「ぐおっ!?」
みぞおちに食らいついた砲弾のような体当たり。衝撃と落差でガルハートの肺から盛大に空気が押し出され、彼の巨躯はベッドごとキシキシと悲鳴を上げた。
「ふへへ~! ガルハートー、朝だよー! 起きて起きてー!」
布団の上に馬乗りになり、無邪気な大満面の笑みでバンバンと胸を叩いてくるのは、聖女メルツラだった。
数千キロの距離を超えてアルカディア大使の身体を乗っ取り、部屋全体の空気を氷点下に凍りつかせたような、神々しくも恐ろしい「地母神の感応」や圧力など微塵もない。そこにいるのは、ただの天真爛漫で無邪気すぎる少女そのものだった。
「……てめぇ、朝っぱらから人の腹の上に飛び込んでくるんじゃねぇよ……っ」
ガルハートは苦笑いしながら上半身を起こしたが、次の瞬間、眉根を大袈裟にひそめた。
メルツラが着ているのは、寝間着代わりの年齢不相応に薄い子供のような肌着だった。だが、無防備にすべり落ちた肩口や胸元からは、大人へと差し掛かる艶やかな肌や、目につく「色っぽい部分」があられもなく覗いている。
ガルハートは即座に脇にあった毛布を引っつかむと、バサッとメルツラの頭から全身へかぶせ、てるてる坊主のように丸め込んだ。
「おい、冗談でも男のベッドにそんな格好で突撃してくるんじゃねぇ! ほんのちょっとでも理性が吹き飛んだら、お前、今頃食われてるぞ!」
「きゃははっ! 暗いー! でもあったかい~!」
毛布の中からモコモコと動くメルツラは、怒られるどころかニコニコと愛らしい顔を覗かせ、楽しそうに笑っている。
教国の頂点に立つ「正統なる依り代」でありながら、その中身は驚くほど素直で、感情のままに甘えてくる少女。この無垢な笑顔の裏に、地母神が抱く四百年越しの「黄金の番」への激しい恋慕と執着が眠っているとは、目の前で毛布に包まって戯れる姿からは到底信じられないガルハートであった。
朝日が差し込む部屋に、冷たい北風と共に外からガラリと窓が開く音が響いた。
「ああ、メルツラ様! 人様にまたご迷惑になります! そんなカッコで歩き回ってはいけません!」
必死の様相で追いついてきたのは、大僧正グレゴだった。
ここは三階だ。壁面にはろくな足場すらないというのに、彼女は『氷の涯』特有の、あの垂直の壁すら移動する蜘蛛のような軽やかな身ごなしで窓の桟に器用に足をかけた。
だが、問題はその体勢と装束だった。
純白のローブ状の僧衣を纏っているにもかかわらず、窓枠を越える際に豪快に脚を開いて足場を確保したため、スリットから艶めかしく伸びた美脚がバッチリとガルハートの視界に飛び込んできた。
メルツラといいグレゴといい、目の保養には違いない。だが、それ以上にガルハートの胸に湧き上がってきたのは、このあまりにもスキだらけで残念な師弟二人に対する強烈な呆れと怒りだった。
「……なあ、グレゴの尼さんよ。お前さんの格好も大概だぜ。このクランハウスはなぁ、血の気の多い荒くれ者が集まる男所帯なんだよ。万が一何があったら……いや、まあ、お前さんレベルの『達人』をどうこうできる奴なんざ、ここにはいねぇだろうけどよ……はぁっ」
男性の視線というものを根本から意識していない、無頓着すぎる二人の「無防備さ」に対して、頭を抱えながら説教を垂れるガルハート。
その時、コンコンと控えめなノックの音が聞こえ、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは、手に大陸地図と赤・白の付箋メモを大事そうに抱えたミーナとリノンの二人だ。毎朝の日課となっている「情報すり合わせ(情報遊び)」の時間だった。
この教団の師弟を上手く叱りきれないガルハートは、二人の顔を見た瞬間、まるで救世主でも見つけたかのように声を張り上げた。
「おぉ、ちょうどよかったぜ! 二人とも助けてくれ! この聖女さんもグレゴの尼さんもな、僧院なんて浮世離れした場所にしかいなかったせいで、男の目をまるで意識できてねぇんだ!
見えちゃいけないものがチラチラ見えちまって、慎みってものがまるでねぇんだよ!」
鼻息荒く熱弁を振るうガルハートだったが、部屋に入ってきたミーナとリノンは、助けを求められたことよりも別の「異常事態」に固まっていた。
ミーナが頭を押さえ、心底呆れたような目をガルハートに向けた。
「……事情は何となく分かったけどね。それ、ガルが言えることじゃないよ」
続いてリノンが、手にしていた白いメモ用紙をパサリと床に落としかけながら、刺すような冷ややかな視線を投げかける。
「北方でこんなに寒いのに、また全裸で寝てたのね。ガル、人間という生き物は寝間着を着て寝るのよ。……うちの旦那様は、いつまで経ってもお猿さんから進化しないのね」
熱っぽく「女の慎み」について説教を垂れていたガルハート本人が、布団から立ち上がった姿は――見事なまでに、何一つ身につけていない完全な全裸だった。
部屋の中には、毛布から顔を出して無邪気に笑うメルツラ、窓枠に足をかけたままフリーズする美脚のグレゴ、頭をおさえるミーナ、軽蔑の目を向けるリノン、そして堂々と全裸で立ち尽くすガルハートという、あんまりな朝の風景が広がっていた。
◇◇◇
朝の騒々しい一幕がどうにか収まり、雪の冷気が差し込む大広間には、主要な顔ぶれが勢揃いしていた。
広間の中央で真っ先に深く、深く頭を下げたのは大僧正長セラフィナだった。
「……ガルハート殿、そして『鋼鉄の牙』の皆様、スターレ家の皆様。旧外交部および『氷の涯』がこれまで犯してきた非礼、不当な拘束、そして数々の愚行……本当に、申し訳ありませんでした」
モノクルの奥の目を伏せ、震える声で誠心誠意の謝罪を口にするセラフィナ。その隣では、あの驚異的な武力を誇る『氷の涯』のトップ・グレゴまでもが、自らの浅はかさを恥じるように、豊かな胸元をすっぽり隠すほど深く頭を下げている。
だが、その重苦しい謝罪の空気とは対照的に、当の聖女メルツラだけは「ふへへ~、みんなで仲良くゴメンナサイだね~」と、天真爛漫な笑みを浮かべて呑気に手を振っていた。
そのあまりのギャップに、頭領シンバは不敵に鼻を鳴らした。
「ハッ……過ぎたことをいつまでもネチネチほじくり返すのは、北方の男のやり方じゃねぇよ。謝罪はもう十分だ。腹に据えかねる部分は山ほどあったが、お前さんたちが『本気で頭を下げに来た』ってことくらい、俺たちにも分かってる」
副団長ザルカスも黒い毛皮を揺らし、重厚な声で追随する。
「ああ。過去の遺恨に囚われているヒマはない。問題は――『これからどうするか』だ」
ザルカスの問題提起を受けてガルハートはセラフィナに水を向けた。
「スターレ家と鋼鉄の牙、そして俺達の聖都行きは確定事項だ。だが、旧執行部の面々と聖女さん達はどうする。帰っても碌な事にならないのは分かってるだろ」
アウレリアが教国で電撃的にクーデターを成功させ『教王』を名乗り、旧執行部を「政治的拘束力なし」とバッサリ切り捨てた現体制。そして国境付近で不穏な集結を見せるジョルカス帝国の軍勢。退任合意書を持参のうえでセラフィナやグレゴ、聖女の身柄を聖都に戻せと言う不遜な命令。これらは到底セラフィナ達には受け入れられるものではなかった。
ガルハートの言葉を受け、小さく首を振るセラフィナ。
「……ええ、私たちは恐らく退位の上、軟禁されて生涯を終えるのではないかと思います。あなた方を監禁したこの身が言える事ではないのですが……」
首を振るセラフィナにガルハートは続ける。
「お前さんたちの選択肢は二つ、帰るか、こちらに残るかだ。聖都に帰れば詰む、お終いしかねえ」
「ならばどうしろと言うのです! アウレリアはジョルカス帝国と言う後ろ盾を手に入れてます。こちらにも帝国の兵が国境に詰めているではないですか。既に詰んでるんです!」
冷静だったセラフィナが、追い詰められた感情をガルハートにぶつけた。苛立ちと怒りのこもった瞳を受けてもなお、ガルハートは笑いながら言った。
「まともに考えればな、詰んでるかもしれねえ。だがな、あんたたちはチェスや将棋のコマじゃねえ。盤外でだって戦えるんだ。杓子定規に考えちゃいけねえ。もうすぐこの状況をひっくり返すジョーカーがやって来る。それから考えようぜ、ガハハ!」
――その時だった。
『鋼鉄の揺り籠』の中庭から、雪空を突くような鋭い馬の嘶きと、勢いよく滑り込む快速馬車の車輪の音が響き渡る。
中庭の馬車からは、王都一の淑女であるはずのセーラが分厚い書籍を両手に抱えて、我先にと駆け出してきた。そして呆れ顔でそれを見送るスターレの領主オルトが、静かに北方の大地を踏みしめたのだった。
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別作品の紹介
宇宙人が訳アリ地球人とワチャワチャする人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
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