北方編:アルカディア 「王都一の淑女と最高の種馬」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
本日はあの親子が久しぶりの登場です。
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
王国の領主館、その重厚な執務室。
ゴールドバーグ商会の秘匿回線を経由し、リノンが準備した重装馬車から送られてきた魔導通信の書状を読み終えたオルトは、ふっと短く息を吐いて羊皮紙を机に置いた。
「……帝国が送り出した聖女候補が皇帝の後ろ盾を得て一気に国盗りをしたというのか、アウレリアと言うのか。ヴァルツォークと言うのは皇族の家系では有力とは聞くが」
その言葉に、机の向かいから静かに応じたのは、彼の妻であり、婚前はオルトと共に二人で外交官として大陸を股に掛けて活躍していたエレンであった。彼女は手元に控えた帝国貴族の系譜録に目を落としながら、確かな記憶を紐解いていく。
「歴代皇帝も多く出していた家系だったはずよ、長男のレオニド殿と父である先代を北方で亡くされて、唯一残った分家の娘も出家して廃されたと聞いていますが……」
「ああ、その『廃された娘』がアウレリアだ。それが今や教国を乗っ取り、教王を名乗っている。……アウレリアの新体制が帝国の傀儡である以上、旧聖女派を王国が正式に庇護する事が帝国への最大の牽制になるな」
大局を見据えた政治判断を夫婦で一瞬にして共有していく。しかし、オルトが次に浮かべた笑みは、政治家のものではなかった。どこか血の気の多い、獰猛な戦士の笑み。
「それに、ちょうどいい。ガルハート殿から方針を話し合いたいと声がかかったんだ。断る理由がない。何より、あの『鋼鉄の牙』のシンバ殿がいる場所だからな」
エレンは夫のその笑みの意味を即座に察し、呆れたように、しかし愛おしげに小さく溜息をついた。
「シンバ殿……かつて王国を騒がせた、北方最強と名高い隻腕剣の傭兵ですね。あなた、またその顔をして……」
「ガルハート殿曰く、この大陸で私に次ぐ腕を持つ男という事だ。ずっと気になっていた。シルヴィの輿入れを強引に進めた事もある。北方へ足を踏み入れるなら、まずはあの男に『スターレ家の挨拶』をしておかねば、礼儀に反するというものだ」
手合わせ、というよりは、もはや挨拶代わりに拳を交わしたいと言わんばかりの夫の好戦的な本質に、エレンは「家族になる方への挨拶に拳を持ち込まないでくださいね」と釘を刺すように微笑んだ。
「カインもシルヴィも向こうにいる。親としては、倅が北方の地でどれほど身の程を知り、覚悟を固めたかも見物だ。……よし、エレン、急ぎ支度を。これより『鋼鉄の揺り籠』へ向かう。王国が旧聖女派を庇護する方針を固め、鋼鉄の牙とシンバ殿との縁を確たるものにするぞ」
私はここに残り、王都の政庁とゴールドバーグ商会の網を抑えておきます。あなたが北方で暴れてもいいようにね」
エレンは呆れたような笑みを浮かべながらも、すでに領主館の通信魔導具の配置と、商会の秘匿回線の暗号鍵を頭の中で整理していた。元・超一流の外交官であり、オルトの妻である彼女の本領は、この圧倒的な危機管理能力にある。最前線に赴く夫の背後を完璧に統治する――それこそが「出来る奥様」のバックアップだった。この辺り、ガルハートの押しかけ女房リノンとミーナは数歩及ばない。
オルトは、その頼もしすぎる妻の言葉に不敵に笑った。
「助かる。お前がここにいてくれれば、私は何の憂いもなく動けるからな」
オルトは視線を、執飾室の端で控えていた長女セーラへと向けた。王国の最高学府ソルボ大学の史学科大教授。表向きは王都一の完璧な淑女を演じている娘だが、その本質をオルトはよく知っている。
アウレリアが仕掛けた教国の政変、そして正聖女メルツラとセラフィナたちの保護。これは国家レベルの外交・宗教案件だ。歴史学のを修め、宗教史にも当然のごとく精通しているセーラは、これ以上ない適任だった。
「セーラ、お前も公務だ。北方へついてこい。大学の講義はどうする?」
その問いに対し、セーラは完璧で優雅な淑女の礼を執ってみせた。しかし、その瞳はすでに怪しいまでの学術的好奇心の光でぎらぎらと爛漫に輝いている。
「ご心配には及びませんわ、父様。ソルボ大学の私の講義は、すべて『歴史的大事件の発生に伴う急病』ということで、本日から無期限の休講といたしましたもの」
「……そうか、そりゃ重病だな……すまないが、エレン。ソルボ大の学長にスターレ家からの正式な謝罪を頼む」
オルトは苦笑した。かつてガルハートが「400年前の悲恋歌の下の句」を完璧に詠唱して以来、セーラはあの金の傭兵王の正体とルーツに異常なまでの執着を示している。今回の教国政変、そしてガルハートが「黄金の番」と地母神に認められたというのだ。ゴールドバーグ商会の魔導通信で耳にした瞬間から、彼女の淑女の仮面は裏地までひび割れていた。
オルトはマントを翻しながら、至って真面目な顔で続けた。
「セラフィナ殿やメルツラ様との交渉には、実務を仕切れる優秀な外交官が必要だ。それに、カインの奴が北方の地でどれほどの覚悟を固めたか、お前もその目で見ておくといい」
もっともらしい大義名分を並べるオルトだったが、エレンだけはその目の奥にある
「北方最強のシンバに早く挨拶したい」という武人としての血の気の多さを見抜いていた。セーラを同行させるのは、お互いの「個人的な動機」を隠すための、これ以上ない建前だ。
エレンは似た者親子をクスリと笑い、娘の肩を優しく叩いた。
「セーラ、手綱をしっかり握っておきなさい。この人は放っておくと、外交の場に拳を持ち込みかねないから」
「母様……。お任せくださいませ。神話と歴史が現実と交差する瞬間ですもの。脳の髄まで擦り切れるほど、しっかりと特等席で見届けてまいりますわ」
セーラは淑女の微笑みを浮かべながらも、密かに歴史への情熱に身を震わせ、弟カインと義理の妹となるシルヴィが待つ北方へ向けて、きりりと表情を引き締めた。
「よし、出立だ。これより『鋼鉄の揺り籠』へ向かう!」
エレンの完璧なバックアップを受け、戦いたがりの最高峰オルトと、休講届を叩きつけてきた学問狂セーラを乗せた快速馬車は、王都の門を抜けて、北方へと駆け出した。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
別作品の紹介
宇宙人が訳アリ地球人とワチャワチャする人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください




