北方編:アルカディア 「黄金の番」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
予期せぬ出会いは、悪くない方向に進みます。
本日は多くの謎が解き明かされます。お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
鋼鉄の揺り籠――
北方最大のクラン《鋼鉄の牙》の本拠地は、いつもの空気とは違う、張り詰めた冷気に満ちていた。
大広間の中央には、長年使い込まれた巨大なウォールナットの机が鎮座している。
その周囲には、北方の傭兵たち、王国の名家スターレ、そして教団の高僧たちが静かに陣取っていた。
氷の涯に拷問され、肉体にも精神にも深い傷を負った《鋼鉄の牙》の団員たちは、誰一人として席に着かず、机の後方に立ったまま教団使節団を睨みつけていた。
その視線は、怒りというより、真実を求める者の静かな執念に近い。
カンナは、先日の話し合いに参加したこともあり、戦意を見せず静かに成り行きを見守っている。
スターレ家の長男カインは深い呼吸を整えながら席に着き、その背後には姉であるメイが静かに立つ。妹ヒサメも剣を腰に下げたまま、鋭い視線で教団側を観察していた。共に天下十剣の一角である姉妹の気当たりは、議場の空気をさらに重くした。
そんな中、シルヴィは父シンバに一度だけ目をやり、伴侶となるカインの隣に静かに腰を下ろす。
ザルカスは、複雑な表情を浮かべるシンバとシルヴィを見て、どこかほほ笑ましげに目を細めた。
すでにアルカディア教国の使節団は指定の位置で直立していた。
黒衣のセラフィナ大僧正長。
白衣のグレゴ大僧正。
そして、氷の涯の僧正たち。
彼らは深く頭を下げていたが、
その背筋は緊張で固く、揺り籠の空気に飲まれているのが分かった。
高僧でありながら、それゆえの暴走を恥じている――その様子は、見ているだけで伝わってくる。
そして――
円卓の中央には、ガルハートがどっかりと巨躯を据えていた。
スターレ家領主代理。
長男カインの後見人。
そして、地母神の意志が反応し、教団を暴走させ、聖女を揺らがせた原因となった存在――
黄金の番。
ガルハートは腕を組み、ただ静かに全員を見渡していた。
左右にはリノンとミーナが座り、
大商会の会頭と大陸の目と謳われる情報屋として、すでに状況分析を始めていた。
教団使節団が頭を下げたまま動かない中、シンバがゆっくりと前へ出た。
北方最強と謳われた傭兵が歩くだけで、揺り籠の床石がわずかに軋む。
セラフィナの前に立ち、片眼鏡の奥の瞳を真っ直ぐに見据えたまま、低く言った。
「……謝罪の前に、まず答えてもらうぞ。教団の連中」
セラフィナが顔を上げる。グレゴは肩を震わせた。
シンバは続ける。
「俺たち鋼鉄の牙は――“世界樹の所在を吐け”と拷問された。
娘も、団員も、仲間も傷つけられた」
「その理由が“黄金の番”だと聞いた」
揺り籠の空気が静まり返る。
シンバは一歩踏み込み、ウォールナットの円卓に拳を置いた。
「だから答えろ。世界樹とは何だ。黄金の番とは何だ。なぜ鋼鉄の牙が襲われた。
そして――ガルハートは何者なんだ。」
その声は、揺り籠の石壁を震わせた。
ガルハートは腕を組んだまま、シンバの背中を見て静かに言った。
「俺も知りてぇ。俺が何者なのか、なぜ“黄金の番”なんて呼ばれるのか。この場で全部聞かせてくれ」
カインは拳を握りしめ、メイは静の剣の気配をわずかに立てる。
ヒサメは剣の柄に手を添え、リノンとミーナは緊張で背筋を伸ばした。
セラフィナは深く息を吸い、グレゴは震える声で言葉を探していた。
静まり返った揺り籠の大広間で、 セラフィナはゆっくりと頭を上げた。
黒衣の袖がわずかに震えている。 彼女ほどの高僧が、これほど緊張を露わにするのは珍しい。
深く息を吸い、 その場にいる全員へ向けて、静かに口を開いた。
「……まずは、氷の涯の暴走についてお話ししなければなりません」
その声は、揺り籠の石壁に吸い込まれるように響いた。
「氷の涯は、地母神様の御意思に触れすぎました。 地母神様は、次代の地母神となる世界樹を探し続けておられます。 その御意思は、強い感応を持つ者ほど、深く影響を受けるのです」
セラフィナは一度目を伏せた。
「最高位の法力僧であるグレゴは…… その影響を最も強く受けました。 法力の強さとは、地母神様の御意思への感応の強さでもあります。 ゆえに――飲まれやすい」
グレゴは唇を噛み、震える肩を押さえる。セラフィナは続けた。
「世界樹の代替わりは、数百年に一度。 地母神様が神の世界へ帰られる際、 新たな世界樹が芽吹き、次代の地母神となる準備を始めます」
「教団が知る限り、代替わりは三度。 八百年前、六百年前、そして四百年前―― 教国がスタン族との異教戦争に巻き込まれた際、世界樹も、黄金の番も行方を絶ちました」
揺り籠の空気がわずかに揺れる。
「それ以来、教団はずっと世界樹を探し続けてきました。 次代の地母神を守るために。 そして――黄金の番を探すために」
これまでの話を聞いたシンバは、核心の一つをセラフィナに尋ねる。
「……黄金の番とは何だ」
セラフィナは静かに頷く。
「黄金の番とは、世界樹と共に歩む者。 地母神様の代替わりを支え、 地上を守るために選ばれた“対の存在”です。教団が知る限り、黄金の番はすべて女性でした。 世界樹も女性。 二人は友として、姉妹として支え合う存在でした」
「しかし――」
セラフィナはガルハートを見た。
「今回、地母神様の御意思は“男性”に反応したのです。 ガルハート殿に…… 氷の涯が暴走した理由は、 ガルハート殿が“黄金の番”として反応したからです。地母神様の御意思は、 ガルハート殿を―― “リオネル”と呼びました」
その名が響いた瞬間、 ガルハートの胸の奥で、何かが微かに疼いた。セラフィナは続けた。
「リオネルがいかなる人物か、教団にも分かりません。 しかし、地母神様の御意思がその名を呼んだ以上、 ガルハート殿の内に“何か”があるのは間違いありません。
氷の涯があなたを求めたのは、 地母神様の御意思が、あなたを“番”として認識したからです」
セラフィナは深く頭を下げた。
「……本来なら、謝罪より先に、 この説明をしなければならないと思いました」
白衣の大僧正グレゴが、震える声で口を開いた。
「……私は……地母神様の御意思に……飲まれました」
「ガルハート殿に抱きついたのも…… カイン殿を瀕死に追いやったのも…… すべて……御意思の暴走……」
「黄金の番の理が……強制的に働いたのです……」
グレゴは膝をつき、涙を落とした。
「……本当に……申し訳ありませんでした……」
揺り籠の空気が沈黙に沈む中、 ガルハートはゆっくりと腕をほどいた。
巨躯がわずかに前へ傾く。 その動きだけで、場の視線が一斉に彼へ向いた。
ガルハートは、どこか照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……まあ、なんだ。 俺の話は、そんな大層なもんじゃねぇ」
低く、しかしよく通る声が広間に響く。
「そもそもよ。 俺は記憶がねぇことに、不便を感じたことがねぇんだ」
シンバがわずかに目を細める。 カインは息を呑んだ。ガルハートは続けた。
「気がついたときには、北方の吹き溜まり――ザウロンで真っ裸だった。 木刀一本だけ握ってよ。 寒さで死ぬかと思ったが、まあ……生きてた」
ミーナとリノンが小さく頷く。 彼女たちはその話を、何度も断片的に聞いていた。
「そのあと、シンバに拾われた。 傭兵同士は過去に触れねぇ。 だから俺も、何も言わなかったし……聞かれもしなかった」
シンバは静かに目を伏せた。 その沈黙には、十年以上の戦友としての重みがあった。
「シンバの手をダメにして、帝国の軍勢とやり合ってから、また記憶が飛ぶんだぜ。 本当に参ったわ」
ザルカスがわずかに眉を上げる。 その戦いは、鋼鉄の牙にとっても忘れられない出来事だった。
「その後、スターレで真っ裸のところを、鼻垂れ嬢ちゃんだったミーナとリノンに助けられた」
ミーナが頬を赤らめ、リノンは肩を震わせた。
「ミーナとリノンは、十四の頃から俺の過去を調べてくれた。だが、ザウロンよりも前の事は何も分からなかった。俺の事なんかに大枚はたいてくれて、何年も調べてくれた。
ありがとうな、ミーナ、リノン」
思わぬねぎらいに、リノンは唇を噛み、ミーナは拳を握った。 二人の表情には、長年の苦労と諦めと、そして今ようやく真実に触れられる安堵が混じっていた。
「カインには、北方へ向かう道中で少し話したな。 ……まあ、はぐらかしたように聞こえたかもしれねぇが」
カインは静かに頷いた。 その瞳には、あの日の違和感が蘇っていた。
「鋼鉄の牙の連中、大事なお前らに再会したとき、ようやく言ったんだ。 “過去は知らねぇ”ってな」
ガルハートは、円卓の上に置かれた自分の木刀へ視線を落とした。
「ただ――記憶がねぇくせに、妙なことがいくつかある」
揺り籠の空気がわずかに揺れる。
「戦場に立つと、意識が鳥みてぇに空へ昇る。 敵の配置も、呼吸も、金の流れも、人の動きも……全部見える」
「金勘定も、数学も、なんでか知らねぇが頭に入る。 言語も大概理解できる。 教国の古語も、王国や帝国の古典も、なんとなく分かる」
セラフィナが息を呑む。 グレゴは震えた。
「あと――この木刀だ」
ガルハートは木刀の柄を軽く叩いた。
「俺が勝手に“世界樹”って名付けた。 理由はねぇ。 ただ、そう呼ぶのが自然だと思った」
ミーナが目を見開く。 リノンは息を止めた。
「それと……傍らに“あれ”が必要だって感覚がある。 何のことかは分からねぇ。 だが、ずっと胸の奥で疼いてる」
ガルハートは胸に手を当てた。
「あとは、俺自身に負けねぇって決心も、ずっとある。 理由はねぇ。 ただ、そう思うんだ」
その言葉は、揺り籠の空気をさらに重くした。
「……まあ、そんなとこだ。 俺の過去は空っぽだ。 だが、空っぽのくせに……妙に詰まってる」
ガルハートは静かに息を吐いた。
「だからこそ、聞きてぇんだ。 俺が何者なのか。 “黄金の番”ってのが何なのか」
ガルハートの言葉が揺り籠の石壁に染み込んだその瞬間―― 大広間の扉が、叩きつけられるように開いた。
冷たい外気が一気に流れ込み、 場の空気が揺れる。
黒衣の尼僧が一人、 息も絶え絶えのまま、よろめきながら駆け込んできた。
顔は蒼白。 呼吸は荒く、胸が上下に跳ねている。 足元はふらつき、今にも倒れそうだった。
その姿は、ただの急報ではないと明らかだ。
尼僧はセラフィナを見つけると、 膝から崩れ落ちるようにして床に手をついた。
声にならない声を絞り出す。
「だ……大僧正長……っ……」
セラフィナが立ち上がる。 その顔色が、見る間に青ざめた。
尼僧は震える唇を必死に動かした。
「アウレリア様が……教王と名乗られ……政変の……準備が……っ…… アウレリア派が……僧正会を……掌握……しつつ……あります……!」
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別作品の紹介
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火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
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