北方編:アルカディア 「それぞれの役割」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
教団側から見たガルハートとは、そして黄金の番とは何か。
お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
馬車は雪を踏みしめながら進んでいた。
厚布で覆われた車内は暖かいが、空気は張りつめている。
セラフィナ大僧正長は、窓の外の白い景色を見つめながら静かに言った。
「……ねえ、グレゴ。
あなたが吹き飛ばされた時の“感応”。
私を含めて、多くの僧正が感応したわ。あれは地母神様のものよ」
グレゴは苦い顔で頷いた。
「ええ。
あれは私が法力での身体強化のために、地母神様と深く結びついていました。
かつてないほどの意思を感じました。“彼”に反応したのですわ。
ただ……意味が分からない」
セラフィナは目を閉じた。
「黄金の番の伝承を思い出して。 教団が確認しているのは、過去二度だけ」
グレゴは指を折りながら言った。
「800年前の初代聖女。600年前の二代目様。そして……400年前、スタン族との紛争を境に教団は黄金の番を見失いました。」
セラフィナは頷く。
「そう。いずれも女性。世界樹も女性。二人は姉妹のように育ち、世界樹が地母神となる時、黄金の番は地上を治める補佐役となる。その後、共に神界へ帰還する――これが教団の基本理解よ」
グレゴも答えた。
「つまり……黄金の番は女性であるべき存在。花のように美しく、高い徳と、神にも届く知性を持つ者……」
セラフィナは苦笑した。
「ええ。だからこそ、教団は混乱しているのよ。黄金の番と思われる、ガルハート殿は――どれにも当てはまらない」
グレゴは肩をすくめた。
「強すぎますわ。粗野で、戦士で……黄金の番の“徳”とは程遠い。美しさも……伝承とは違います」
セラフィナは静かに続けた。
「それでも地母神は反応した。それが全てよ。地母神様の意志は、私たちには読み切れない」
馬車が揺れた。
グレゴは眉をひそめる。
「しかし……伝承では、黄金の番は世界樹と共に育つはずですわ。姉妹のように。あの方は世界樹と共にあるとは思えません。鋼鉄の牙の方も世界樹の所在も知らない。 なのに……地母神様は彼に反応した」
セラフィナは窓の外を見つめた。
「そこが最大の謎よ。黄金の番は本来、世界樹と共に育つ。世界樹が芽吹いた時から寄り添い、地母神様への昇華を支える存在。それが伝承の“黄金の番”。」
グレゴは首を横に振った。
「でもあの方を調べるほどに、その可能性は低いですわ……世界樹と共に育った形跡は見つかりませんわ…… あの方の記録は戦場ばかりで、世界樹の所在も不明のまま……」
セラフィナは静かに言った。
「でもね、地母神様の反応は“再会”のように感じたのよ。初対面の響きではなかった。
まるで――長い時を経て、ようやく見つけたような……そんな感応だった」
グレゴは息を呑んだ。
「……ええ同意します。私もそのように感じました。地母神様は、彼を知っていた……?」
セラフィナは首を横に振った。
「分からない。ただ、伝承と現実が食い違っているのは確か。黄金の番は女性で、世界樹と共に育つ、美しく、徳が高く、知性に満ちた存在のはず。でも――彼は違う」
グレゴは静かに言った。
「では……彼は何者なのです?」
セラフィナは深く息を吐いた。
「分からない。ただ一つだけ確かなのは――地母神様は“彼を見つけた”。それだけは事実よ」
馬車が大きく揺れた。ザウロンの城壁が近づいている。
セラフィナは言った。
「さて……伝承を覆す男、金の傭兵王と、どう向き合うかしらね」
セラフィナがそう呟いた時、馬車の外では日が沈み、赤と紫の宵闇が平原をゆっくりと飲み込んでいった。
遠く、要害都市ザウロンの城壁が黒々と浮かび上がる。
高く、分厚く、まるで北方そのものの厳しさを象徴するような壁だった。
街に近づくにつれ、傭兵たちのざわめきが馬車の周囲を包み始める。
「おい、あれ教団の馬車じゃねえか」
「中に誰が乗ってんだ?」
「大僧正長って噂だぞ」
興味深そうに覗き込もうとする視線が増えていく。
馬の蹄が石畳を叩く音、鎧の擦れる音、傭兵たちの笑い声、街の喧騒――
すべてが近づいてくる。
だが、その中心に座るセラフィナだけは、まるで別の世界にいるかのように静かだった。
外のざわめきが耳に届いているはずなのに、彼女の瞳は揺れない。視線は宵闇の向こう、黒い城壁のさらに先へ向けられていた。
◇◇◇
聖女が旅に出るという事は、アルカディア教国にとっては一大イベントになる。
聖女の旅は『聖女御幸』と呼ばれ、数多くの従者を伴い、御料車と呼ばれる専用馬車で旅に出るのが習わしである。
神殿の奥、御料車が並ぶ中庭は、 朝の光が差し込んでいるのに、どこか慌ただしい空気に満ちていた。
メルツラは御料車の扉を開けて、クッションに腰を下ろした瞬間、 眉をひそめた。
「……固い」
アウレリアは、連日の激務による徹夜明けの顔を必死に整えながら微笑んだ。
「メルツラ様、これは馬車としては――」
「固い。あと、お菓子がない。旅に出るのに、お菓子がないのはおかしいと思う」
従者たちが一斉に動揺した。
「お、お菓子……!? メルツラ様、旅は厳粛な儀式で――」
「でもお菓子がないと嫌」
アウレリアは、メルツラの奔放さに慣れているのか、ため息ひとつで受け止める。
「……分かりました。すぐに用意します。甘いものと、塩気のあるもの、どちらがよろしいですか?」
「両方」
「……」
無言の後、アウレリアは静かに頷いた。 その頷きは、徹夜明けの人間がするものではないほど優しかった。
そんなアウレリアの様子に気にも留めない、メルツラは御料車の中で足をぶらぶらさせながら言った。
「このクッション、固い。もっとふわふわがいい」
「メルツラ様、神意の旅でもある聖女御幸は修業の場でも――」
「固い」
不毛なやり取りにアウレリアは深く息を吐いた。
そして、疲労の色を隠すようにまばたきをし、それ以上は言わずにクッションを手に取った。
「……私が縫い直します」
その言葉に従者たちは動揺した。
「えっ、アウレリア様が!? そんな、御手を煩わせるなど――」
「聖女の旅立ちを妨げるものは、すべて取り除きます。私にお任せ下さい」
アウレリアは素早く自室に戻り、 徹夜明けの手で、 クッションを解体し、 中身を増やし、 柔らかさを調整し、完璧な仕上がりにして戻ってきた。
「どうでしょうか、聖女?」
メルツラは座ってみて、 満足そうに頷いた。
「うん。これならいい」
アウレリアはその場で少しふらついた。従者たちが慌てて支える。
「アウレリア様、寝てください……!」
「大丈夫よ。聖女の旅立ちが最優先だから。他の準備も、もう整えてあります」
その言葉に、従者たちは胸を打たれた。
御料車の前で、 メルツラは満足そうにお菓子の箱を抱え、 ふわふわのクッションに座り、 外套を整えていた。
アウレリアは、 疲労で少し目の下に影を落としながらも、 優しく言った。
「メルツラ様。準備は整いました。あなたの旅路は、世界樹と黄金の番を結ぶ旅です。どうか――神意のままに進んでください」
メルツラは頷いた。
「行ってきます」
御料車がゆっくりと動き出す。
アウレリアはその背中を見送りながら、 静かに呟いた。
「……どうか、無事で。
あなたと セラフィナ大僧正長、そして グレゴ大僧正が、遠い北方で“最後のお役目”を成すことを願っております。 その間に――私も己の役割を果たします」
アウレリアはゆっくりと振り返り、 集った四聖女たちを見つめた。
疲労で少し赤くなった目元を隠すように微笑む。
「さあ、我々の仕事に戻りましょう」
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別作品の紹介
高校男子と男装美女の人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください




