北方編:アルカディア 「喪失」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
ガルハートの過去について少し触れます。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
「……いいぜ。知ってる事は全部話す。場所を移そうぜ、他の連中も広間に呼んでくれ」
ガルハートがそう言った瞬間、空気が静かに変わった。
リノンとミーナは、
赤と白の紙をそっと地図の端へ寄せた。
遊びの時間が終わったのだと、自然に理解している。
カンナは慌てて立ち上がり、
「みんな呼んでくる!」と駆け出した。
雪が静かに降り続ける中、
鋼鉄の牙の“家族”が次々と広間へ集まってきた。
ザルカス。
シルヴィ。
カイン。
メイ。
ヒサメ。
そして、笑顔でガルハートに手を振る懐かしい鋼鉄の牙の面々。
広間は、まるで昔の鋼鉄の揺り篭に戻った賑やかさだった。
ガルハートは、
赤と白の紙が貼られた大陸地図を前にゆっくりと立ち上がると、地図の上に貼られた赤い紙を一枚指で弾いた。
「……教国については、俺も“情報”は持ってねぇ」
シンバが眉をひそめる。
「情報がねぇ……?」
ガルハートは静かに続けた。
「だが――“感じる”んだよ。何かがあの国で起こった。理屈じゃねぇが、分かる。」
リノンが笑いながら頷いた。
「出たわね、ガルの直感」
ミーナも肩をすくめる。
「ガルが“感じる”って言った時は、ほぼ外れないのよ。赤い月亭でも、ガルの直感は最優先で扱ってる」
ザルカスが腕を組んだまま、静かに言った。
「同感だ。昔からこの方の直感は信用に足る。戦場でも、金勘定でも、何度も助けられた」
シンバは鼻を鳴らした。
「……まあ、否定はできねぇな。あいつの勘は、昔からおかしいくらい当たる」
ガルハートは地図の北東――ジョルカス帝国との国境付近を指で叩いた。
「で、俺の直感とは別に―― “帝国の動き”が、明らかにおかしい」
リノンが白い紙を並べる。
「国境警備隊よりも大きな軍勢が動いてるわ。 物資の流れが偏ってる。戦争の準備じゃない。“何かに備えた動き”よ」
ミーナが赤い紙を重ねる。
「赤い月亭の情報でも、帝国の国境付近で“静かな集結”が起きてる。政局的に騒いでないのに、兵だけが増えてるのよ」
ガルハートは短く言った。
「教国の動きを察して、兵を国境に集めてるんだろうな」
シンバが息を呑む。
「……ヤバい事が起きるってことか?」
ガルハートは首を横に振った。
「“内容”までは分からねぇ。だが――帝国は何かを掴んでる。そして軍を使って“利用しようとしてる”。」
ザルカスが静かに補足する。
「牽制か、進攻か……どちらにせよ、帝国は動く気だな」
ガルハートは淡々と続けた。
「ジョルカス帝国は、強い勢力が生まれるのを嫌う。仮に教国で新しい変化が起こるなら、牽制する。逆に――教国の内部に“内通者”が生まれたなら、進攻する」
ミーナが赤い紙を指で弾く。
「赤い月亭でも、帝国の情報網が妙に活発なのよ。“何かを待ってる”動き」
リノンが白い紙を並べる。
「商会の相場も、帝国側だけ不自然に安定してる。これは“準備が終わってる”時の動きよ」
ガルハートは静かに息を吐いた。
「……こいつは様子見だな。帝国はまだ動かねぇ。だが――“動く準備”は終わってる」
シンバは腕を組んだまま、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど。教国は揺れるんでしょうな。それに帝国が備えた。何があるかまでは分からんが―― 碌なことは起きんのでしょう」
ザルカスも同意するように頷いた。
「俺もそう思う。帝国が兵を動かす時は、必ず裏がある」
ガルハートは、 地図の上に貼られた赤い紙を一枚摘んだ。
「だから――使節団にはカマをかける。情報を引き出すにも材料が足りねえ。
帝国軍の動きが状況証拠にはなるが…… まあ、上手くやるしかねえな」
「……で、世界樹と“黄金の番”の話だ」
広間の空気が、さらに静まり返った。
シンバは手を握りしめたまま固まる。 シルヴィは息を呑み、カインは背筋を伸ばす。 ザルカスは目を細めた。
ガルハートは淡々と続けた。
「教国は、“黄金の番”を探してると聞いた。昔話に出てくる世界樹の対の存在だな。世界樹が芽の頃から世話をして、新しい地母神になるってのは有名な話だ」
シンバが付け加える。
「俺たちの扱いも“黄金の番を探せ”って話が出てから、良くなった。みんなもそうだろ」
鋼鉄の牙の面々も各々首肯した。
「そして、尼さんたちは、ガルハートの事を黄金の番様と呼んでいた。こいつに関してはどうなんだ」
ガルハートは静かに息を吸った。
そして――初めて、広間の全員に向けて言った。
「……ああ、尼さんたちが俺を“黄金の番”と呼んでるのは知っている。
正直、心当たりはねえ。だが一つだけ言えることがある」
広間が静まり返る。
ガルハートは、自分の胸を軽く叩いた。
「……俺には過去の記憶が無い。完全にだ」
広間が凍りついた。
シンバは息を呑む。
シルヴィはカインの袖を掴む。
カインは目を見開く。
ザルカスは静かに目を閉じた。
ヒサメはガルハートを見つめる。
メイは遠くを見ているようだった。
ガルハートは続けた。
「俺の記憶は、この激戦区に居たことが一番古い。真っ裸で木刀一本持ってたのが、最初の記憶だ」
ミーナとリノンがガルハートの隣に立ち、広間の皆に向かって語り出した。
ミーナが言う。
「ガルと知り合って、しばらくしてから聞いたのよ。生い立ちの記憶が無いって。
私は実家の赤い月亭で、リノンはゴールドバーグ商会を使って徹底的に調べたわ。
知り合ってもう七年以上になるけど―― その間ずっと調べ続けた」
リノンが続けた。
「ええ、それでも何もわからなかった。
北方の激戦区で寝物語の怪物みたいに語られる金の傭兵王ってこと以外は。
鋼鉄の牙にいた以前の動きは、本当に分からなかった。
いったい何者なのかしらね?このお猿さん―― それでも私たちのガルって事は変わらないもの」
二人は笑いながらガルハートをじっと見つめた。
照れくさそうに顔を掻き、まんざらでもなさそうにガルハートは笑った。
「俺の押しかけ女房は、強ええなあ」
広間に、静かな笑いが広がった。
だがその裏で――
ガルハートの記憶喪失は、世界樹と黄金の番の謎と直結している。
そして、それこそが全てのカギになるのだという事を、この場にいる全員が、静かに理解した。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
別作品の紹介
星の王子様と人工知能の人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




