北方編:アルカディア 「情報」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
投稿時間が30分ずれてしまったようです。
スミマセン。大変恐縮です。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
鋼鉄の揺り籠の中庭は、妙に静かだった。
雪は細く降り続けている。訓練場の隅には、誰かが使っていた木剣が立てかけられていた。
シンバは、その木剣には手を伸ばさず、ただ石の縁に腰を下ろして、息を吐いた。
(……ガルハートが、嫁さん連れて帰ってきた、か)
リノンとミーナ。
片方は大陸有数の商会の会頭、片方は情報屋の総元締めの跡継ぎ。
とんでもない女房を二人も連れて、
何食わぬ顔で「勝手に押しかけてきただけだ」と言い放つ男。
(……相変わらずだな、あいつは)
腹立たしさと、どうしようもない安心感が、胸の中で同居していた。
ガルハートがここにいる。
それだけで、北方の空気が少しだけ軽くなる。
(で――こっちはこっちで、娘が嫁に行く)
シルヴィのことを考えると、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
王族に嫁ぐ。
スターレ家。
剣の名門。
大剣豪と天下十剣の家系。
(……最高の縁だ。文句のつけようがねぇ)
そう思う一方で――
“噂で娘の結婚を知った父親”という事実が、じわじわと心に刺さり続けている。
(……俺は、あいつの何を見てたんだろうな)
剣の才覚。
戦場での動き。
牙の後継者としての器。
そればかり見て、本や言葉や歌を好む娘の“好きなもの”を、ほとんど見てこなかった。
(それでも、幸せになるって言った)
シルヴィは、迷いなく「幸せになれる」と言った。
カインとなら、と。
(……カイン、ね)
シンバは、ゆっくりと息を吐いた。
剣の腕は“中の下”。
戦場に放り込めば、真っ先に死ぬタイプ――
そう思っていた。
だが、氷の涯の前線で逃げなかった男。
自分より強い者がいくらいても、それでも「守る」と言い切った男。
(弱えけど、逃げねぇ)
それが、シンバにとって一番大事なことだった。
(あいつは、“シルヴィの人生を広げるために隣にいたい”って言った)
その言葉を思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなる。
(……義理の息子、か)
その言葉を頭の中で転がしてみる。
まだ、しっくりは来ない。
とはいえ、拒絶の理由もない。
(まあ……腕の一本もらう覚悟で来た奴だ。嫌いにはなれねぇな)
雪が、少し強くなった。
揺り籠の外から、遠く馬のいななきが聞こえる。
(で――使節団だ)
鋼鉄の牙への謝罪。
正式交渉。
黄金の番ガルハートとの面会。
(……面倒くせぇ話が、山ほど来る)
だが、逃げるつもりはなかった。
鋼鉄の牙の頭領として。
シルヴィの父として。
ガルハートの古い相棒として。
(俺は、ここにいる)
それだけは、はっきりしていた。
シンバはゆっくりと立ち上がり、訓練場の木剣に手を伸ばした。
(……腹は、もう括ってる)
ガルハートが嫁を連れて帰ってきたことも。
娘が王族に嫁ぐことも。
義理の息子が、自分に剣を向けたことも。
そして――これから使節団とまみえることも。
全部まとめて、“鋼鉄の牙の今”として受け止めるしかない。
(……来るなら来いだ)
雪の中で、シンバはひとり、静かに木剣を振り始めた。
身体を動かすと思考がまとまる。
雪の冷たさが、頭の中のざわつきを静かに整えていく。
考え事をするときは、いつも何となく剣を振っていた。
「傭兵家業が骨身にしみてるぜ」
そんな自分を笑いながらも、身体も思考も途切れずに動き続ける。
(……ガルハートって男は、知ってるようで知らねぇ)
十年以上の付き合いだ。
戦場で背中を預けたこともある。
牙の団員たちが「師」と呼ぶ理由も分かる。
だが――
その過去も、出自も、何を背負っているのかも、シンバはほとんど知らない。
ただ、あの男が“怪物”であることだけは、誰よりも理解していた。
(……世界樹なんて、俺は見たこともねぇ)
半年前の尋問。
氷の涯の法力僧たちが、
「世界樹の所在を吐け」と何度も迫ってきた。
法力の精神干渉は効かなかった。
シンバの自我は強すぎる。
その代わり、肉体拘束の法力は容赦なく身体を締め付けた。
筋繊維が焼けるような痛み。
骨の髄まで痺れる感覚。
あれは、拷問だった。
(……あいつら、尼僧とよく揉めてたな)
氷の涯の法力僧と、身の回りを世話する尼僧たち。
彼らはよく諍いを起こしていた。
「尋問を続けるべきだ」
「これ以上は危険です」
「グレゴ大僧正の命令だ」
「セラフィナ大僧正長さまはお怒りです」
「世界樹を見つけねば、聖女様が不安定になる」
そんな声が、薄れゆく意識の中で聞こえていた。
だが――
“黄金の番”という言葉が彼らの会話に混ざるようになってから、
状況は一変した。
待遇は目に見えて良くなり、氷の涯は揺り篭から姿を消し、尼僧たちが運営を取り仕切るようになった。
「地母神教の信者じゃねぇが、“黄金の番”が世界樹の対だって話くらいは、童話や民謡で聞いたことがある」
(……分からねぇことが多すぎる)
ガルハートがザウロンに現れたこと。
黄金の番という呼び名。
教国の態度の急変。
揺り篭の空気の変化。
どれも説明がつかない。
(……情報が欲しい)
シンバは、拳を握った。
情報と言えば――
ガルハートの嫁さんだ。
ミーナ。
赤い月亭の後継。
大陸最大級の情報網を持つ家の娘。
(……一度、ガルハートたちと情報の整理が必要だな)
ガルハート。
ザルカス。
ミーナ。
リノン。
そしてシルヴィとカイン。
鋼鉄の牙の“家族”が揃った今だからこそ、北方で何が起きているのか、教国が何を考えているのか、ガルハートが何を背負っているのか――
全部まとめて、一度話し合う必要がある。
(……俺は、頭領だ。知らねぇままじゃ済まねぇ)
雪が強くなった。
揺り篭の外から、馬の蹄の音が微かに響く。
シンバはゆっくりと立ち上がり、訓練場の木剣に手を伸ばした。
(……来るなら来いだ。使節団でも何でもよ)
その瞳は、北方最強の獅子としての静かな覚悟を宿していた。
◇◇◇
鋼鉄の揺り篭の中庭に面した縁側は、雪の白さを反射して薄く明るかった。
シンバが歩み寄ると、そこには案の定――ガルハートがいた。
中庭に面した大きな縁側。 かつてガルハートがよく座っていた場所。
今は、彼の左右に二人の嫁が並んでいた。
リノンとミーナ。
そしてその肩越しには、 カンナがちゃっかりと覗き込んでいる。 驚いたような、感心したような顔で三人の会話を聞いていた。
縁側の前には、 大陸全土の地図が広げられている。
その地図には―― 赤い紙と白い紙のメモが、びっしりと貼り付けられていた。
だが、シンバが驚いたのはそこではない。
三人が―― 笑っていた。
まるで遊びのように、 赤と白の紙を貼り替え、 地図の上で大陸を動かしていた。
ミーナが赤い紙をひょいと摘んで笑う。
「この街、また領主が変わったわよ。うちの情報網、ほんと忙しいんだから!」
リノンが白い紙を重ねて、くすりと笑う。
「はいはい。で、金相場は下落。油の価格は上昇。商会の支店は増えてるから、布の需要も伸びてるわね」
ガルハートは無表情のまま、 二人の紙を見比べて―― ふっと鼻で笑った。
「……じゃあ、この街は“ジョルカス帝国の影響”だな。領主交代と物価の動きが一致してる」
ミーナが指を鳴らす。
「ほらね!うちの情報は正しいのよ!」
リノンが肩をすくめる。
「情報だけじゃ足りないの。相場と合わせて初めて“流れ”になるのよ」
ガルハートは赤い紙を一枚剥がし、白い紙を少しずらして貼り直した。
「……で、こっちの街は“動かねぇ”。あの領主はそんな器じゃねぇ」
ミーナとリノンは同時に笑った。
「「はいはい、ガルの“直感”ね」」
カンナは目を丸くしていた。
「おじちゃん、すごいんだよ! リノンさんとミーナさんが全部説明してくれて、 おじちゃんが“ここは違う”って言うと、 また全部組み直すの!」
三人は、まるで遊んでいるようだった。
赤い紙(出来事) 白い紙(相場) 地図(大陸の流れ)
それらを組み合わせて、 散発的な情報を“生きた情報”に変えていく。
ミーナが赤い紙を貼りながら笑う。
「これを赤い月亭に戻すと、情報の精度が跳ね上がるのよ」
リノンが白い紙を並べながら笑う。
「そして商会が動きやすくなる。だからゴールドバーグ商会は伸びたのよ」
ガルハートは肩をすくめた。
「俺はただ、まとめてるだけだ」
ミーナが笑う。
「その“まとめ”が一番大事なのよ」
リノンも笑う。
「この遊び、ガルと始めたのは私たちが十四の時よ。もう七年以上やってるわね」
ガルハートは鼻を鳴らした。
「……遊びじゃねぇよ」
ミーナとリノンは同時に言った。
「「遊びよ!」」
シンバは盛大にむせた。
(……なんだこの光景は)
赤い月亭の後継と、ゴールドバーグ商会の会頭。 大陸最大級の情報網を持つ二人が、 毎日のようにガルハートにくっついて情報を整理しているというのだ。
そして―― その総括を担っているのがガルハートだ。
三人は笑いながら、 大陸の裏側を読み解いていた。
(……俺が知らねぇ世界を、こいつらは見てる)
シンバはゆっくりと歩み寄り、 縁側の前で立ち止まった。
「……ガルハート」
ガルハートは顔を上げた。
「……どうした?」
シンバは地図を見下ろし、 赤と白の紙を指で弾いた。
「情報が欲しい。全部だ。教国のことも、黄金の番のことも、お前のことも―― 俺が知らねぇままじゃ済まねぇ」
縁側の空気が、 静かに張りつめた。
ガルハートは、 ほんの少しだけ目を細めた。
リノンとミーナは、 同時に手を止めた。
カンナは息を呑んだ。
そして―― ガルハートは短く言った。
「……いいぜ。知ってる事は全部話す。他の連中も呼んでくれ」
雪が静かに降り続ける中、 縁側の獅子たちは静かに見つめ合った。
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別作品の紹介
星の王子様と人工知能の人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




