北方編:アルカディア 「善意と悪意」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
アウレリアは悪ではありません。
彼女の選択はあくまでも、本人に最終合意を求めます。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
聖都。
アウレリアの提案を受けた聖女たちは、自派閥の僧正たちへ彼女の構想を伝えた。
四人の聖女候補がそれぞれの派閥を動かす。
アウレリアは彼女たちを介として、僧正会の各派閥に“大講堂へ集うように”と手配を進めた。
大講堂は、常時の僧正会では解放されていない。
地母神教団の運営を大きく左右する会合などに使われるのみ。予算や外交の方針などの大きな会合、そして聖女を決める会合である。
そのいずれかが行われる時だけ開かれる、教団の象徴とも言える場所である。
ここに呼ばれるということは、大きな決定が下される時だ。
僧正たちは迷っていた。 自派閥の聖女候補を推すのは当然だ。
しかし、今上の聖女メルツラが行う神降ろしの儀は本物である。
法力と感応を持つ僧正たちは、漠然とではあれ、メルツラの能力が唯一無二であることを理解していた。
それでも―― 自分たちの聖女候補が白銀の聖女衣を纏い、大講堂の壇上に立つ姿を夢想してしまう。 その“夢”は、僧正たちの胸の奥で静かに燻っていた。
やがて、アウレリアに呼ばれた僧正会のメンバーが大講堂へ集う。
四人の聖女候補のシンパが凡そ百名。 アウレリアのシンパである帝国出身の僧正が六十名。 僧正会は三百名の合議制――すでに過半数が揃っていた。
呼び出された僧正たちは悟った。
「多数派工作はすでに成っている」
さて、時刻になると、見たこともない真紅の聖女服を纏ったアウレリアが壇上に現れた。
その姿は、白銀の聖女衣とは異なる“新しい時代の色”を象徴していた。
また、見なれぬ法具の一種であろうか、女性らしい美しさを持つアウレリアが身に着けるには、少々大仰な白銀で出来た猛禽の指輪だ。
その指輪を見た、帝国出身の僧正たちは、アウレリアの手元を見つめたまま、大きくうなずいていた。
アウレリアは静かに、しかしよく通る声で呼びかけた。
「さて、ここにお集まりいただいたのは他でもありません。私共は、新しい時代を、あなた方と作り上げたいのです。」
彼女は現状を淡々と語る。
「神意を地上に下ろすメルツラ様の高いお力。それを支えるセラフィナ大僧正長の政治力。 そしてグレゴ大僧正の軍事力。これが今の教国の運営の中心です。」
僧正たちは息を呑んだ。 アウレリアは続ける。
「大僧正長のご意見を受け、僧正会は、それを追認するだけの機関になっている。
これが誠に神意と呼べるのでしょうか。
真の神意であれば、スターレでの悲劇や、鋼鉄の牙の軟禁など起こりえないはずです。
神意を誤った解釈をした結果なのではありませんか。」
ざわめきが広がる。 しかし誰も否定しない。 否定できない。
アウレリアは、僧正たちの“夢”へ手を伸ばした。
「私には、現状での少数の話し合いが神意を曇らせているように考えます。
これで本当にいいのかと考えた結果、私共はこう考えました。
……新しい時代が必要だという事を」
僧正たちの心は大きく揺れた。アウレリアはそれを見逃さずに、一気に畳みかけた。
「新しい時代はこうです。神意の解釈は四人の聖女があなた方僧正会と共に話し合い、その具現化たる実働は私が統括する。つまり、神意と衆生への教えは聖女と僧正会が行い、その実働は私が担う。
この俗事を行う役割を教王と呼びましょう。」
そして、白銀の聖女衣を纏った四人の聖女候補を壇上に迎える。
僧正たちは息を呑んだ。 それは各派閥が長年夢見てきた、聖女誕生の光景だった。
アウレリアは微笑む。
「聖女が一人と、誰が決めましたか?皆、素晴らしい聖女です。
この時代に優れた四人の聖女が誕生したこと――これはまさに地母神の福音。これこそが神意ではありませんか。」
僧正たちは理解した。
すでに多数派工作は終わっている。
聖女たちは意志を一つにまとめている。
そして最後の決断を僧正会に委ねる。
この新しい指導者たちの器量に、僧正たちは静かに感じ入った。
熱に浮かされたような表情の帝国出身の僧正が一人、立ち上がる。 賛意の起立だった。
それをきっかけに、賛意の起立が雪崩のように広がった。
非公式ではあるが―― 新たな指導部、四人の聖女と教王が誕生した瞬間だった。
聖女たちは、互いに手を取り合いながら、自分たちが認められたことに涙した。
壇上の涙と、僧正たちの熱狂。その光景を見下ろしながら、アウレリアはにんまりと笑った。
「……重畳です。」
(それにしても、さすが、我が派閥。 本当によく見ている)
彼女の右手には、帝国民なら誰もが意味を理解している鷹の指輪 が光っていた。
◇◇◇
聖都の空気が、どこかざわついている。
自室のベッドにうずくまりながら、メルツラはそれを感じていたが、理由は分からなかった。
金の番ガルハートに会いたい。ただそれだけなのに――
グレゴに止められ、セラフィナに叱られた。
「一国の元首が、そう軽々しく外出してはなりませんよ、メルツラ様」
セラフィナは丁寧に言ったが、メルツラには“怒られた”としか感じられなかった。
拗ねた。とても拗ねた。
グレゴとセラフィナを通じてガルハートを“感応”することは許されたが、
二人の感応はまだ道中のものだし、その向こうにいるガルハートは遠すぎる。
そして――
教国内に、何だか不安の感情が渦巻いているように感じる。
難しいことは分からない。分かりたくもない。
メルツラはベッドの上で、布団に半分埋まりながら、うだうだと寝返りを打った。
「……やだ。金の番に会いたいのに」
その時、コン、コン、と扉をノックする音がした。
「……やだ。出ない。」
もう一度、ノック。
少し強め。
「……うぅ。」
渋々ベッドから降り、扉を開ける。
そこには――
真紅の聖女服を纏った アウレリア と、白銀の聖女衣を纏った四人の聖女候補が立っていた。
アウレリアは、
まるで“拗ねた子どもをあやす母親”のような優しい笑みを浮かべた。
「金の番様にお会いすることを、
大僧正長と相談役に止められたと伺いました。ご機嫌はいかがですか、聖女メルツラ様」
メルツラはむすっとして答えた。
「……よくない。
金の番に会いたいのに。セラフィナもグレゴも、怒るんだもん。」
アウレリアは一歩近づき、
メルツラの目線に合わせるように少し腰を落とした。
「相変わらずですね……自分に素直に生きてらっしゃる。貴方はそれでいい、それでこそ……」
その声は、セラフィナのような厳しさも、グレゴのような優しさもない。
ただ、メルツラという怪物に対する畏敬があった。
メルツラは少しだけ涙ぐんだ。
「……うん。
わたし、悪いことしてないのに。」
アウレリアは微笑んだ。
その笑みは、優しさと――底に隠れた思惑が混ざったものだった。
「ええ。
あなたは悪くありません。ただ……少しだけ、時期が悪かったのです。」
四人の聖女候補が静かに頷く。
アウレリアは続けた。
「メルツラ様。
あなたが金の番様に会いたいお気持ち――
私たちは、誰よりも理解しています。」
メルツラは涙を拭いながら、アウレリアを見上げた。
「……ほんと?」
「ええ。
私たちは皆、神意に触れられるじゃないですか。ほんとうです。
だからこそ――
あなたが“安心して会いに行けるように”、私たちが準備を整えました」
メルツラは目を丸くした。
「……準備?」
アウレリアは、
真紅の袖を軽く広げながら言った。
「はい。
あなたが“誰にも怒られずに”、 “誰にも止められずに”、“堂々と金の番様に会いに行けるように”
そのための準備です」
メルツラはぽかんとした。
「……どういうこと?」
アウレリアは優しく答えた。
「メルツラ様。
ご存じの通り、私は大僧正長と多くの仕事に当たっております。
あなたならお感じになられているでしょう。教国の情勢が大きく変わりました」
「そこで、あなたには――大僧正長と相談役への伝言をお持ちいただきたいのです」
メルツラの胸が、どくん、と跳ねた。
あの金の番が、待っている場所へ行ける。
アウレリアは、その胸の震えを見逃さなかった。
「さあ、メルツラ様。
あなたの旅路を――私たちが整えましょう」
メルツラは胸の奥が熱くなるのを感じた。
金の番に会える――その事実だけで、世界が少し明るく見えた。
アウレリアは、そんなメルツラの表情を見て、静かに言葉を重ねた。
「メルツラ様。
あなたにお持ちいただく伝言は、こちらです。」
アウレリアは一枚の文書を差し出した。
真紅の封蝋が押されている。教国の正式文書ではない。
新体制の象徴としての“教王印” だった。
メルツラは封を見つめた。
胸がどくん、と跳ねる。
「……これ、なに?」
アウレリアは優しく微笑んだ。
「新しい体制をお知らせする文です。
大僧正長と相談役への伝言――
あなたが鋼鉄の揺り籠へ向かうこと、そして新しい運営が始まったことを伝えるためのものです。」
メルツラは首をかしげた。
「……わたしが、伝えるの?」
「ええ。あなたが伝えるからこそ意味があるのです」
アウレリアは、メルツラの手をそっと包んだ。
「あなたは“神意そのもの”。
あなたが動くことは、教国の決断になります。
あなたが伝えるからこそ――この文は“神意の通達”になるのです。」
メルツラはぽかんとしたまま、文書を胸に抱きしめた。
「……わたし、難しいこと分からないよ?」
アウレリアは首を振った。
「分からなくていいのです。
あなたはただ、金の番様に会いに行けばいい。
その道を整えるのが、私たちの役目です」
四人の聖女候補がメルツラの周りに集まり、その背をそっと押した。
アウレリアは、にんまりと笑った。
「さあ、メルツラ様。
あなたが動けば――教国は動きます」
メルツラは文書を抱きしめたまま、
小さく頷いた。
「……行く。
会いに行く。それが、わたしの神意なんだよね?」
アウレリアは深く頷いた。
「ええ。あなたを止める者はありません、お気持ちのままお進みなさい」
メルツラは小さく息を吸い、
文書を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。
その姿を見ながら、アウレリアは誰にも聞こえないほどの声で、そっと呟いた。
「……重畳です」
いつもご愛読いただいありがとうございます。
別作品の紹介
星の王子様と人工知能の人情噺
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




