北方編:鋼鉄の揺り篭 「鋼鉄の獅子と懲りない面々」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
十数年ぶりの再会はやはり笑顔でとはいかず。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
鋼鉄の揺り籠――シンバの私室。
厚い鉄扉が閉じられた瞬間、外の喧騒が嘘のように消えた。 部屋の空気は重い。室内であるにもかかわらず、冬の北方よりも冷たく、 戦場の前を思わせる静けさだ。
品の良いしつらえの応接机を中央に、 応接椅子にはメイとヒサメだけが、何とも言い難い表情で座っている。
石のタイルの冷たい床に正座しているのは四人。
ガルハート。 カンナ。 シルヴィ。 カイン。
四者四様に背筋を伸ばしてはいるが、緊張の色はまったく違う。
ガルハートは悟りきった無表情。 カンナは今にも泣きそう。 シルヴィとカインは震えながらも必死に姿勢を保っている。
その前に立つのは――
シンバ。
仁王立ち。腕を組み、影が四人を覆う。
ザルカスはシンバの近くの壁際に立ち、腕を組んで黙っている。 だがその表情は、“覚悟”を感じさせた。
ただ全員が、シンバの心中を察して余るものがあり、 彼の一挙手一投足を注視していた。
沈黙を破ったのは、シンバの低い声だった。
「……ザルカス。まずはお前だ。」
このような形でガルハートとシンバの十数年ぶりの再会は、笑顔ではいかなかった。
話は少し、さかのぼる。
◇◇◇
揺り籠に到着したガルハート一行は、まず荷物を下ろした。
案内に来たのは、アルカディア外交部門の尼僧たち。 彼女たちは丁寧に頭を下げ、部屋割りや荷解きを手伝ってくれる。
だが――
鋼鉄の牙の団員が一人も出てこない。
ザルカスは眉をひそめ、 カンナは不安げに周囲を見回し、 カインは緊張で喉を鳴らす。
ガルハートだけが無表情で、荷物を肩から降ろしながらぼそりと呟いた。
「……あいつら、怒ってんだろうな。」
心当たりがありすぎる男の声だった。
ザルカスはため息をつく。
「お前の場合、理由が多すぎて特定できん。」
ガルハートの部屋は、リノンとミーナとは別室だった。
「……昼寝でもするか」
そう呟き、ベッドに横になった瞬間――
コン、コン。
扉がノックされた。
尼僧の一人が、妙に緊張した面持ちでガルハートに告げる。
「金の番様……鋼鉄の牙のシンバ様がお部屋に皆さまをお呼びです。」
ガルハートは眉を上げる。
案内された部屋の前にはすでに、 ザルカス、カンナ、シルヴィ、カイン、メイ、ヒサメが揃っていた。カンナは泣きそう。 カインは蒼白。 シルヴィは父の怒りを察して震えている。 ザルカスは覚悟を決めた顔。 メイとヒサメは「巻き込まれた側」の顔だった。
ガルハートは肩をすくめる。
「……行くか。」
尼僧が扉をノックし、一行が部屋に入る。
そこにいたのは―― ガルハートの記憶よりも少し老けたシンバだった。
軟禁生活の疲れが滲んでいるが、 隻腕でありながらも北方最強と言われる静かな覇気は健在だ。
久々でも言葉を選ばないガルハートは、悪気なく言った。
「久しぶりだなシンバ。軟禁生活で老けちまったのか。大変だったな。」
その瞬間、シンバの額に青筋が浮かぶ。
「うるせえ。お前とカンナとシルヴィは床に正座しろ!理由なんて言わなくても分かってるだろう。説教してやる。」
ガルハートは無表情のまま正座。
カンナは泣きながら正座。
シルヴィは「私も……」と正座。
カインはシルヴィに倣って正座した。 (※誰も命じていない)
メイとヒサメは応接席に座らされ、 ザルカスはシンバの椅子の隣、窓際に腕を組みながら直立した。
そして――冒頭に戻る。
◇◇◇
沈黙を破ったのは、シンバの低い声だった。
「……ザルカス。まずはお前だ。」
ザルカスは微動だにしない。腕を組んだまま、ただ静かにシンバを見返す。
シンバは一歩、ザルカスへ踏み出した。床板がわずかに軋む。
「俺の不在中に――勝手に婚姻を受けたな。」
ザルカスは短く息を吐いた。
「……ああ。」
「“ああ”じゃねえんだよ!」
シンバの怒声が部屋を震わせる。正座している四人がビクリと肩を跳ねさせた。
「お前が受けたら、断れねぇだろうが!
父親の俺を飛ばしてどうする!」
ザルカスは頭を下げずに、シンバの目を真正面から見据えて答えた。
「……シンバ。お前がいなかったからだ。」
「言い訳すんな!」
「言い訳じゃない。」
ザルカスは静かに言葉を続けた。
「シルヴィとカインが――二人で揃って頭を下げに来た。」
シンバの怒りが一瞬だけ止まる。
ザルカスは淡々と、しかし真剣に言った。
「二人とも“覚悟”を持って来たんだ。」
シルヴィが小さく肩を震わせる。
「若君は剣の腕は強くない。だが逃げねぇ。必要なら、一歩も引かねえ。相手が誰だろうともな。氷の涯の襲撃の時も、ガルハート殿抜きで前線を支えた。」
カインは正座のまま、唇を噛みしめている。
「スターレガードと牙の混成部隊を率いて、崩壊寸前の前線を持ちこたえた。
すさまじい法力の白衣の尼僧にはやられたが……ガルハート殿が来れば戦局がひっくり返ることも計算に入れていた。」
ガルハートは無表情のまま、わずかに目を細めた。
「俺も、牙の連中も、あの坊ちゃんを認めている。強くねえが、逃げねぇ。
王族の坊ちゃんじゃなくて“仲間”だ。」
シンバの表情が揺れる。
ザルカスは、そこで一拍置いてから言った。
「……それにな、シンバ。」
「なんだ。」
「お前の娘は――跡取りを望んでいない。」
シンバの目が大きく開かれた。
ザルカスは静かに続ける。
「シルヴィは剣も天才だ。頭も良い。ミルカに似て器量も良い。傭兵の後継としては最高かもしれん。」
「……だが?」
「だがな。あの子はずっと本が好きで、言葉や数字や歌が好きだった。」
シルヴィが息を呑む。
「だから俺は遠征の度に、土産と称して学問の本を渡してた。あの子が好きな本を探してな」
シンバの拳が震えた。
ザルカスは、そこで初めてシンバの目を真正面から射抜く。
「……お前は……あの子の何を見ていた?」
シンバの呼吸が止まった。
その一言は、 シンバ自身が心の奥底で気づいていながら、 決して認めたくなかった“痛み”そのものだった。
シルヴィは唇を噛みしめ、 父の背中を見つめる。
ザルカスは無言でシンバを見つめていた。
軽く息を吐くとシンバは、ゆっくりと視線をザルカスから横へ滑らせた。
正座している三人のうち――一番分かりやすく震えている少女へ。
「……次は、お前だ。カンナ。」
カンナは肩を跳ねさせ、涙目のままガルハートの袖をぎゅっと掴んだ。
「ひ、ひぃ……っ」
シンバは低く、十分に凄みのある声で怒鳴らずに言った。
「お前……“牙の娘と白銀の貴公子”なんて歌を広めたな。」
カンナの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさい……!
だ、だって……シルヴィがあまりにも幸せそうで……!」
「そのせいでな――」
シンバは拳を握りしめ、
怒りというより“父としての痛み”を滲ませた。
「俺は“噂”で娘の結婚を知ったんだぞ。」
カンナは泣きそうな声で叫ぶ。
「ひぃっ……! ご、ごめんなさいぃ……!」
シルヴィも思わず口を押さえた。
カインは蒼白になり、ガルハートは無表情のまま視線を逸らす。
シンバは続ける。
「父親が一番最後ってどういうことだ……!」
カンナは涙をぽろぽろこぼしながら、必死に言葉を絞り出した。
「で、でも……シルヴィたちの幸せをたくさんの人に知ってもらいたかったんだもん……
わ、私……!」
その言葉に、シンバの怒りが一瞬だけ揺らぐ。
だが――
すぐに隣の男へ矛先が向いた。
「……で。ガルハート。」
ガルハートは無表情のまま、「来たか」という顔でシンバを見上げる。
「お前もだ。カンナとお前が揃うと碌なことがねえ」
シンバの額に青筋が浮かぶ。
「それにな……“獅子狩り”だってお前の鼻歌を
カンナがザウロンで歌ったから起こった出来事だろうに!帝国にまで広まっちまったせいで」
カンナは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、ガルハートの袖にしがみつく。
ガルハートは少しだけ首を傾げた。
「……待てシンバ。
まるで俺に責任があるみたいな言い方だな。……無いよな、それ。」
シンバは目をそらし、小さく、しかしはっきりと呟いた。
「……うるせえ。」
ガルハートはさらに追撃する。
「あと一ついいか、シンバ。」
「なんだ。」
「お前――
“娘の幸せより、自分が最後に知ったこと”に怒ってるだろ。」
シンバの呼吸が止まった。
カンナは泣きながら頷き、シルヴィは唇を噛みしめ、ザルカスは目を伏せる。
ガルハートは淡々と続ける。
「……最後に、十年以上留守にしてすまん。」
シンバは即座に怒鳴った。
「それ、今言う流れかよ!!」
ガルハートは無表情のまま。
「違うのか。」
「違うわ!!」
シンバは頭を抱え、深く、深く息を吐いた。
「……もういい。お前らに怒っても仕方ない。」
部屋の空気が、怒りと笑いと家族の気配で満たされる。
そして――シンバの視線は、ゆっくりとシルヴィへ向けられた。
シンバの視線が、ゆっくりとシルヴィへ向けられた。
その瞬間、部屋の空気がまた一段階、重く沈む。シルヴィは正座のまま、ぎゅっと拳を握りしめていた。
「……シルヴィ。」
シンバの声は、誰よりも重かった。
シルヴィは小さく息を吸い、父の目をまっすぐ見返す。
「……はい、父様。」
シンバは一歩、娘の前に進む。
「なんで――俺に言わなかった。」
シルヴィの肩が震えた。
「……だって……」
「“だって”じゃねえ。」
シンバは心底怒っていた。
だがその怒りは、ザルカスやカンナに向けたものとは違う。もっと深く、もっと痛い場所から出ている。
「お前……俺に言えねぇほど、俺は頼りなかったか。」
シルヴィは首を振る。
「違う……違うよ、父様……!」
声が震えている。
涙がこぼれそうなのを必死にこらえている。
「父様……ずっと忙しかった。
鋼鉄の牙のこと、北方のこと、戦のこと……私のことなんて、言ったら迷惑になると思って……」
シンバの表情が歪む。
「迷惑なわけあるか。」
その一言は、怒りではなく、父としての叫びだった。
シルヴィは唇を噛みしめ、涙を一粒こぼした。
「……でも……私は、私の道を歩きたかったの。」
「道?」
「剣も好き。戦うのも嫌いじゃない。でも……本が好きで、言葉が好きで……
数字や歌や、知らない世界を知るのが好きで……」
シンバは目を閉じた。
娘の“好きなもの”を、自分は何一つ知らなかった。
「……俺は……」
声が震える。
「……お前の何を見ていた……?」
シルヴィは涙を拭い、父の目をまっすぐ見つめた。
「父様のこと、嫌いになったことなんて一度もないよ。でも……私は、私の人生を歩きたかった。」
「……カイン様となら、幸せになれると思ったの。」
シンバは拳を握りしめ、娘の言葉を噛みしめるように沈黙した。
やがて、低く、絞り出すように言った。
「……幸せになれるんだな?」
シルヴィは迷わず頷く。
「……うん。」
シンバはゆっくりと息を吐き、視線をシルヴィから外した。
「……なら、もう何も言わん。だが――」
シンバの声が鋭くなる。
「お前は別だ。カインとか言ったな。」
カインは正座のまま、 背筋を伸ばし、震えながらも視線を逸らさない。
「……はい。」
シンバはゆっくりと歩み寄る。その足音だけで、部屋の空気が張り詰めていく。
「お前は、弱い。」
カインは一瞬だけ目を閉じ、 すぐに開いた。
「……はい。」
「剣も、体も、経験も足りねぇ。戦場の中に放り込めば、真っ先に死ぬのはお前だ。」
「……はい。」
「それでも――逃げなかった。」
カインの肩がわずかに揺れる。シンバは続ける。
「氷の涯の襲撃の時も、ガルハートが来るまで前線を支えたんだろ。死ぬほど怖かったはずだ。」
「……怖かったです。」
「だろうな。」
シンバは鼻で笑う。
「王族の坊ちゃんが、命を賭ける理由なんざ本来どこにもねぇ。」
カインは拳を握りしめた。
「……でも、僕は……シルヴィ殿を守りたかった。」
シンバの目が細くなる。
「守る? お前が?」
「はい。」
「お前より強い奴なんざ、 この部屋に何人いると思ってんだ。」
「……分かっています。」
「じゃあ言え。」
シンバは真正面からカインを見下ろす。
「お前は―― どうやってシルヴィを幸せにする?」
カインは震えていた。 だが、逃げなかった。
「僕は……強くありません。剣でも、体でも、誰にも勝てません。
でも……シルヴィの“好きなもの”を、僕は一緒に見たいんです。本も、歌も、数字も……彼女が笑う世界を、僕は守りたい。」
カインは深く頭を下げた。
「僕は……シルヴィの人生を奪うために結婚するんじゃありません。彼女の人生を“広げる”ために、隣にいたいんです。」
シンバは腕を組み、 しばらく黙った。
カインを真正面から見据える。
その瞬間、カインは決意したように口を開いた。
「……シンバ様。」
声は震えている。だが、逃げる気配は一切ない。
「僕は……北方流の挨拶をさせていただきます。」
シンバの眉がわずかに動く。
「……ほう?」
カインは深く頭を下げた。
「父から教わりました。“本気で分かり合いたい相手には、言葉より先に、覚悟を示せ”と。」
シルヴィが息を呑む。
カインはシルヴィへ手を伸ばした。
「……シルヴィ。剣を。」
シルヴィは震える手で、自分の腰の二本剣を外し、そっとカインに渡した。
カインはそれを両手で受け取り、シンバの前に置く。
「僕は……本気であなたと向き合いたい。あなたの娘を幸せにする覚悟を、北方の流儀で示します。」
シンバは腕を組んだまま、低く呟く。
「本気か。腕の一本、もらうことになるぞ。」
カインは迷わず答えた。
「それでもかまいません。その価値が、シルヴィにはあります。」
シルヴィの目に涙が滲む。カインはさらに続けた。
「僕の全力で――あなたを説き伏せます。」
シンバの口元が、わずかに吊り上がった。
「……言うじゃねぇか。」
カインは顔を上げる。
シンバはゆっくりと顎をしゃくった。
「なら――剣で語れ。
“娘を幸せにする”って言った以上、その覚悟を俺に見せろ。」
カインは震えながらも、はっきりと頷いた。
「……はい。」
シンバは背を向け、ザルカスに言う。
「場所を用意しろ。手合わせだ。」
ザルカスは静かに頷いた。
「了解した。」
メイとヒサメは息を呑み、カンナは泣きながらガルハートの袖を掴む。ガルハートは無表情のまま、「やれやれ」という顔で立ち上がった。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
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重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
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火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




