北方編:鋼鉄の揺り篭 「二人の獅子とそれぞれの覚悟」
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再びの出会いを前に、二人の獅子が決める覚悟とは
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
朝の冷たい空気が、鋼鉄の揺り篭の中庭を静かに満たしていた。
ここ数日、シンバの周囲は妙に落ち着かない。
急に扱いが良くなったのだ。
新しく赴任した若い尼僧たちが、身の回りの世話だけでなく、街の噂や世上の話まで嬉々として聞かせてくれるようになった。
「シンバ様、ただいま戻りました」
買い物籠を抱えた尼僧の一人が、頬を紅潮させながら駆け寄ってくる。
「今日はザウロンの市場がとても賑やかで……あの、シンバ様」
「なんだ」
「シンバ様には……娘がおられるのですか?」
シンバは思わず眉をひそめた。
「……一人いるが。それがどうした」
尼僧はぱっと顔を輝かせた。
「やっぱり! では、今ザウロンで歌われている歌……あれは本当に、シンバ様の娘さんのことなのですね!」
「……歌?」
シンバの胸がざわつく。
尼僧は嬉しそうに続けた。
「はい! ザウロンの鋼の獅子亭という酒場で、カンナさんとメイさんという二人の歌姫が歌っているそうです。
“牙の娘と白銀の貴公子”という歌で、今大変な騒ぎになっていて……!」
シンバは固まった。
「……牙の娘?」
「はい! “牙の娘が、無実の父を救い、白銀の鎧の貴公子に見初められる”という物語で……ザウロン中がその歌で持ちきりだとか!」
尼僧は楽しげに語るが、シンバの表情はみるみる険しくなっていく。
(……まさか)
胸の奥がざわつく。嫌な汗が背中を伝う。
――以前にもあった。
幼いカンナが、ガルハートの鼻歌をザウロンで歌い、それがジョルカス帝国中の流行歌になったことが。
そのせいで、帝国軍と国境警備隊を敵に回し、獅子狩りが行われたのだ。
あの悪夢のような日々が、鮮明に蘇る。
「……本当なのか、その話は」
声が震えた。
尼僧は気づかず、無邪気に頷く。
「はい! 市場の誰もが口ずさんでいました。“牙の娘”はとても強くて、気高くて……
まるでシンバ様の娘さんのようだと!」
シンバは拳を握りしめた。
(カンナ……お前、また……)
胸の奥で、怒りとも不安ともつかない熱が渦を巻く。
そして――その熱の中心には、もう一つの名が浮かんでいた。
ガルハート。
そこへ――控えめなノックが響いた。
「シンバ殿。失礼いたします」
入ってきたのは、揺り籠の中でも位の高い、銀の護符を付けた尼僧と、見慣れぬ若い書記官だった。二人とも、どこか緊張した面持ちをしている。
「……なんだ」
シンバが低く問うと書記官が胸に抱えた封書を差し出した。
「シンバ殿。これは“鋼鉄の牙”に宛てられた正式通達です。あなたにも、内容を確認していただく必要があるとのこと」
シンバの眉がわずかに動く。
「……俺に?」
尼僧が静かに頷いた。
「はい。あなたは“鋼鉄の牙”の頭領として、今回の交渉において重要な立会人として指名されています」
書記官が封を切り、恭しく文面を読み上げた。
「――本日より五日後。鋼鉄の揺り籠にて、ライナル王国スターレ家領主代理、
ガルハート殿との正式交渉を行いたい」
シンバの心臓が跳ねた。
書記官は続ける。
「立会人として――スターレ家より、カイン殿、メイ殿、ヒサメ殿。鋼鉄の牙より、シンバ殿、シルヴィ殿、ザルカス殿。また、領主代行の随員二名の同行も認める」
読み終えると、部屋に重い沈黙が落ちた。
シンバはゆっくりと息を吐く。
「……ガルハートが、来るのか」
尼僧は静かに答えた。
「はい。そして――あなたにも出席を求めています」
シンバは立ち上がり、窓の外の冷たい空を見上げた。
胸の奥で渦巻いていた熱は、別の温かい何かへと変わっていった。
(ガルハート……お前、本当に……帰ってくるのか)
その名を呟いた瞬間、
巨漢に似合わぬ、風に舞う金髪と朴訥な語り口、そして久しく忘れていた右手の疼きが走った。
そんなシンバに、書記官が恐る恐る口を開いた。
「……あの、シンバ殿。ひとつ、補足がございます」
「なんだ」
シンバの声は低い。
だが書記官は怯えながらも、職務として言葉を続けた。
「スターレ家……というのは、ライナル王国北部を治める王族筋の家門でして」
シンバは眉をひそめた。
「……知ってる。剣豪の王族だろう?なんでそんな連中が、揺り籠の交渉に立ち会う」
書記官は銀の護符をつけた尼僧と視線を交わし、慎重に言葉を選んだ。
「神意の行き違いで……
スターレの街で、いろいろと問題が起きまして。その調停も兼ねているとのことです」
「調停……?」
「はい。鋼鉄の牙の方々にも、同様の説明が行われるはずです」
シンバは理解が追いつかず、ただ険しい顔で書記官を見つめる。
「あと、シンバ様宛にアルカディア本国より……祝辞が届いております」
「……祝辞?」
「はい。スターレ家への――シルヴィ様の輿入れを祝う正式な文書です」
シンバは固まった。
「…………は?」
書記官は気まずそうに視線を落とした。
「アルカディア教国は、スターレ家と鋼鉄の牙の“縁組”を神意に適うものとして歓迎する、と」
尼僧が補足するように微笑んだ。
「おめでたいことです、シンバ様。
娘御が王族に嫁がれるなど、誇らしいことではありませんか」
(…………は?)
(シルヴィが……嫁入り……?王族に……?そんな大事な話を俺は……“噂”で……?)
(おい待て……なんで俺が……“噂”で娘の嫁入りを知るんだ……?)
「……ったく。結婚だの、縁組だの……こっちは心の準備もできてねぇってのによ。
逃げられねぇ。なら、腹括るしかねぇだろ」
ふうっと大きく息を吐きだすと、シンバの視線は完全に変わっていた。
◇◇◇
ザウロンの朝は、夜の喧騒が嘘のように静かだった。
昨夜の営業に、明日からしばらくの休業をカンナが告げると、客席からはため息が漏れる。
早い期間の再営業を約束して、昨晩の営業はお開きとなった。
鋼の獅子亭の裏庭で、ガルハートはひとり、重装馬車の前に立っていた。
すると、休業を告げる看板を店の前に立てたカンナが駆け寄ってきた。
「おじちゃん、緊張してないの?」
「してねぇよ」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
カンナはじっとガルハートの顔を見つめ、ふっと笑った。
「……そっか。じゃあ大丈夫だね」
ガルハートは肩をすくめた。
「お前が言うと、なんか変な気分だな」
「だって、おじちゃんが腹くくってる顔してるから」
カンナの言葉に、ガルハートは少しだけ目を細めた。
「ガルハート殿、準備できました」
ザルカスの声に、ガルハートはゆっくりと頷いた。
「よし。行くぞ」
4両の重装馬車が動き出す。
ザウロンの街を抜け、花街の喧騒を背に、鋼鉄の揺り籠へ向かう道を進んでいく。
ガルハートの背中は、迷いはなかった。
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別作品の紹介
現代ファンタジーの皮をかぶった人情噺のハイブリッドコメディ
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
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