北方編:鋼鉄の揺り篭 「金髪の獅子と揺れる聖都」
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
ようやくシンバが登場します。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
アルカディアの中心、聖都にある地母神寺院の最上階。
僧正会の議事堂に隣接するこの部屋は、 大僧正長だけに許された“政治の心臓部”だった。
高い天井には地母神のレリーフが彫られ、 壁には各地から届いた書状が整然と並ぶ。
香炉から立ち上る白煙が、 静謐な空気に淡く揺れていた。
巨大な机の上には、 アルカディア全土の地図と、 山のように積まれた書状。
僧正会の会議が終わった後、グレゴ大僧正はこの部屋に呼び出されていた。
その中心に座るセラフィナ大僧正長は、 書状をぱたんと閉じ、深い溜息をついた。
「……グレゴ。あなた、また私に報告を上げていなかったでしょう?」
「えっ……あ、あの……その……」
グレゴは肩をすくめ、指先をもじもじと絡めた。
戦場では氷の涯を率いる猛将でありながら、こういう場面では妙に弱い。
「聖女様が……どうしても“あの方”の動向を気にされていて……。 わ、わたくしも……つい……」
セラフィナはこめかみを押さえた。
「“つい”じゃありません。ガルハート様がザウロンに入ったことも、鋼鉄の揺り篭に向かっていることも、 先触れに鋼鉄の牙のザルカス副団長を出したことも――」
書状を机に叩きつける。
「全部、あなたと聖女様だけで把握していたなんて!」
グレゴはしゅんと肩を落とした。
「……ご、ごめんなさい……。 聖女様が、わたくしを通して感応を強めれば……
“黄金の番”の動きがよく見えると……信じておられて……」
「だからと言って、勝手にギルドへ書状を送るなんて!」
「うぅ……。で、でも……聖女様が“今すぐにでも会いたい”と仰るから……
わたくし……断れなくて……」
セラフィナは額を押さえたまま、深く息を吐いた。
「……何のための相談役なの。あなたは本当に、甘いのよ。戦場ではあんなに強いのに、どうして聖女様には逆らえないの?」
「だ、だって……聖女様ったら……すぐ泣いちゃうんですもの……」
「泣かせなさいよ!」
「む、無理ですわぁ……!」
二人の声が重なり、しばし沈黙が落ちた。
セラフィナは椅子に腰を下ろし、少しだけ柔らかい声で言った。
「……でも、あなたが聖女の相談役に選ばれた理由は……よく分かるわ。あなたは、誰よりも“寄り添ってしまう”人だから」
グレゴは目を瞬かせた。
「セラフィナ……?」
「勘違いしないで。私はあなたを褒めているわけじゃないの。ただ……羨ましいだけ」
その言葉には、高位僧侶の家系に生まれながら、“聖女の相談役”の座に届かなかった女の、
抑えきれない本音が滲んでいた。
グレゴは困ったように微笑んだ。
「……セラフィナ。わたくし、あなたのこと……とても頼りにしていますのよ?」
「……そういうところが腹立つのよ、あなたは」
セラフィナはそっぽを向いたが、その頬はわずかに赤かった。
セラフィナは机の上の書状を指先で軽く叩き、静かに続けた。
「……グレゴ。あなたも感じているでしょう? 聖女様が不安定になっていることを」
グレゴの肩がわずかに震えた。
「……はい。 最近は……“番”の感応が強すぎて……わたくしでも、抑えきれない時が……」
セラフィナは頷き、視線を落とした。
「僧正会でも、不安が生じているの。地母神が“金の番”を求める神意に、聖女様が完全に飲み込まれつつあるのではないかと」
グレゴは胸元を押さえた。
「そ、そんな……メルツラ様は……ただ、少し繊細なだけで……」
「繊細で済めばいいけれどね」
セラフィナは椅子の背にもたれ、冷静な目でグレゴを見つめた。
「いい? これは聖女様が憎くて言っているわけじゃない。公平な視点から見て、教国の均衡が危ういのよ」
グレゴは唇を噛んだ。
セラフィナは続ける。
「法力も、地母神への感応も、歴代の聖女の中でも群を抜いている。それは認めるわ。
でも――」
机の上の書状を指で弾く。
「振り回されすぎる。神意に呑まれ、己を保てなくなる。その危うさが、僧正会全体の懸念なの」
グレゴは俯いたまま、か細い声で言った。
「……わたくしが……もっと導ければ……」
セラフィナは首を横に振った。
「あなた一人の責任じゃない。でも、あなたにしかできないことがある」
セラフィナは身を乗り出し、グレゴの白い僧衣の袖をそっと掴んだ。
「あなたが聖女様を導きなさい。“番”に呑まれないように。地母神の残響に溺れないように。 あなたしか、あの子を止められない」
グレゴは驚いたように目を見開いた。
「セラフィナ……わたくし……そんなに……?」
「ええ。あなたは相談役であり、聖女様にとって“唯一の拠り所”よ」
セラフィナは一度だけ目を閉じ、そして静かに告げた。
「……でもね、グレゴ。
僧正会では、最悪の場合“新しい聖女を立てる”話し合いが進んでいる。」
グレゴは息を呑んだ。
「そ、そんな……!」
「落ち着いて。まだ決定ではないわ。ただ――」
セラフィナは視線を窓の外へ向けた。
「聖女候補は何人かいる。彼女たちは感応も高く、克己心もある。だから“金の番”の存在も察しているけれど、聖女様ほど思慕の念を募らせてはいないし、安定している」
グレゴは胸を押さえ、震える声で言った。
「……わたくし……メルツラ様を……失いたくありません……」
セラフィナは静かに頷いた。
「分かっている。だからこそ言うの。あなたが導かなければ、僧正会は動く。その時は……新しい聖女が立つ」
そして、少しだけ苦笑した。
「……若い彼女たちもね。野心が強い子が多いのよ。“銀の僧衣”を着て聖女になりたいって、平然と言う子もいるくらい」
グレゴは自分の白い僧衣を見下ろした。
「……正直に言うとね。私だって、新しい聖女を立てて、白の僧衣をまとって相談役に収まりたいわよ。大僧正長の仕事をこなしながらでもね。」
セラフィナは冗談めかして笑ったが、その瞳の奥には本気の光が宿っていた。
グレゴは目を丸くした。
「セラフィナ……そんな……」
セラフィナは微笑んだが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「忘れないで。そういう思いを持つ者が、僧正会には多い。あなたが聖女様を守りたいなら――“導く”しかないのよ」
グレゴは胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。聖女を守りたい気持ちと、自分の無力さへの恐れが入り混じる。
そして、胸に手を当て、深く、深く息を吸い込んだ。
「……はい。わたくし……必ず……メルツラ様をお守りいたします……」
セラフィナは満足げに頷いた。
「それでいいわ。あなたにしかできないことよ、グレゴ」
◇◇◇
鋼鉄の揺り篭。
かつて鋼鉄の牙の誇りだったギルドハウスは、今や氷の涯の法力僧に占拠されていた。
シンバは、自室のベッドで法力による拘束を受けていた。
半年前に受けた法力による衝撃の後遺症が、今もなお、身体に刻み込まれたままだ。
(……クソッ……半年経っても、まだ痛みが抜けねぇのかよ……)
セラフィナ直属の法力僧3名が、無表情のまま彼を囲んでいた。
掌から伸びる淡い光の鎖が、シンバの四肢に絡みつき、
まるで“巨人の手で握りしめられている”ような圧迫感を与えている。
身体の内側も外側も法力という枷でシンバを雁字搦めにしていた。
「……こんなもんで俺を押さえ込めると思ってんのかよ」
口だけは強気だが、声はかすれ、息は荒い。
法力僧の一人が淡々と告げる。
「抵抗は無意味です。大僧正長セラフィナ様の命令です」
「何度も言うが世界樹なんて俺は見たこともねえ、何を企んでやがる」
返事はない。ただ、冷たい法力の枷が全身を締め付けている。絶え間ない責め苦の中でシンバの意識は静かに遠のいた。
◇◇◇
それは、何の変哲もない夜だった。
若い傭兵団のリーダーが、妙に丁寧な態度で声をかけてきた。
「シンバさん、いつも世話になってます!今日は礼をしたくて……食事、どうですか?」
シンバは断れなかった。断る理由も無かったし、面倒見の良さが災いした。
濃い目の酒を進められるがままに飲み、酔いも回った頃合いに、違和感が走った。
(……おい……まさか……)
シンバは、立ち上がろうとした瞬間、背後から気配を感じた。
首筋に手を添えられ、叩き込まれた未知の“衝撃”。
視界が白く弾け、内臓はかき回され、骨が軋む音が自分の内側から聞こえた。
「すみません……シンバさん…… 俺たち、僧正様に頼まれたんです。
鋼鉄の牙が地母神様の大切なものを隠してるから話し合いがしたいって……
俺たちみんな地母神教だから……すみません」
首から手を離した、僧正は慈しみある表情でリーダーに語り掛けた。
「若い信者の皆さん、ご協力に感謝致します。……鋼鉄の牙とシンバ殿には丁重にお話を伺いますのでご心配なく。貴方たちの御功徳に地母神様も喜ばれます」
「俺たち……良かったんですよね。僧正様……」
裏切った若い傭兵たちの震える声と僧正の優し気な声が、遠ざかる意識の中で聞こえた。
だがシンバの胸に湧き上がったのは、裏切りへの怒りではなかった。
(……甘いな、俺は。仲間の顔を立てることばっか考えて……自分で自分の首を差し出したようなもんじゃねぇか……)
焼けた鉄のように胸を刺した。
意識を失ったシンバは、氷の涯に引き渡された。
たった一度の衝撃。筋繊維が焼けるような痛み。骨の髄まで痺れる感覚。
半年経った今も、未知なる力は呪いのように体内から消えていない。
◇◇◇
「鋼鉄の牙の皆様への誤解と懸念が解けました。……地母神様のお声を我々が正しく受け取れていなかったようです。……皆様には本当に何とお詫びすべきか」
銀の護符を胸元に下げた黒衣の僧正が、 深々と頭を下げた。
(……半年も前に捕まえたくせに…… 今さら“丁重な扱い”なんて、気味が悪ぃ……)
シンバはふらつく身体を僧に支えられ、鋼鉄の揺り篭の広間に通された。
そこには団員たちが全員そろっていた。憔悴はあるが、命に別状はなさそうだった。
シンバと同様に団員たちも同じ疑問を抱いていた。
「……なんで急に優しくなったんだ?」
「昨日まで法力で世界樹はどこかって自白させようとしてたのに……」
「意味が分からねぇ……」
団員のひとりが呟いた。
「金の傭兵王がザウロンに着いたって、さっき坊さんが話してた。」
「それってガルハートだろ。ザウロンに居るのか」
「……なあ、あの緑の光、覚えてるか?」
全員が息を呑む。
「帝国六〇〇〇を吹き飛ばした、あの嵐と光……世界樹の話に似てるって、俺……あの時、思ったんだ」
「馬鹿言うなよ。世界樹なんて神話だろ」
「でも…… ガルハートなら、あり得る気がするんだよ」
沈黙が落ちた。
シンバもまた、天井を睨んでいた。
(……あの嵐。あの光。あれは……何だったんだ?)
確証はない。だが胸の奥で、ひとつだけ確信している。
(――ガルハートは、必ず来る)
その瞬間、揺り篭の外で風が鳴った。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
別作品の紹介
美少女ハイパーバトルと人情噺のハイブリッドコメディ
重力1/100 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
https://ncode.syosetu.com/n7660me/
火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




