北方編:序章「獅子の胎動」4
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
一人称での小説を書いたことないから試行錯誤です。
シンバという男の内面を上手く書きたいです。
あとがきにお知らせがあります。是非ご一読ください
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
黒霧の谷は、夜になると“世界の形”が変わる。
霧が地面から湧き上がり、木々の影を飲み込み、音を吸い、匂いを歪め、方向感覚を奪っていく。
谷の入口に立った瞬間、
俺――シンバは、肺の奥がひゅっと縮むのを感じた。
「……ここが、黒霧の谷か」
目の前に広がるのは、白でも灰でもない、霧の濃さが不安を掻き立てて心が苦しくなって来る様な色だ。
谷の入口は、まるで巨大な獣の口のようだった。
霧がゆっくりと蠢き、“入った者を二度と返さない”と囁いているように見える。
隣では、ガルハートが無言で霧を見つめていた。
毛布一枚。
裸同然。
木刀一本。
それなのに、寒さに震える気配がまるでない。ただそこに居て遠くをじっと見据えてる;
俺は思わず口を開いた。
「……怖くねぇのか?」
ガルハートは短く答えた。
「怖ぇよ」
「え?」
「怖ぇから……生き残る」
その声は、妙に静かで、妙に重かった。
ガルハートは、恐怖を否定したり拒絶したりするために戦うんじゃない。
恐怖を抱えたまま戦場に立つ男だった。
その強さが、俺には底知れなかった。
◇◇◇
黒霧の谷に足を踏み入れた瞬間、世界から音が消えた。
風の音も、木々のざわめきも、自分の足音さえも、霧に吸い込まれて消えていく。
まるで、谷そのものが巨大な大口になって、音という音をすべて吸い込んでいるようだった。
霧は相変わらず俺の不安を掻き立てる、重く、湿った色をしている。
足元の土は、凍土と泥が混ざり合い、踏むたびにぬるりと沈む。
その感触が、まるで死に絶えた兵士の無念そのものを踏んでいるようで気味が悪い。
「……気持ち悪ぃな、ここ」
俺の声だけが、やけに大きく響いた。
霧が音を吸うせいで、逆に“自分の声だけが浮いて聞こえる”。
ガルハートは霧の中で立ち止まり、ゆっくりと目を閉じた。
その姿は、まるで霧の呼吸を聞いているようだった。
霧が彼の金髪にまとわりつき、その輪郭を曖昧にする。だが、彼の周囲だけは霧が薄い。
不思議な事だが、彼はこの霧の中でも何かに気が付いているようだ。
「……音じゃねぇ。気配でもねぇ。……方向だ」
「方向?」
ガルハートの声は、霧の中で妙に澄んで聞こえた。
「殺す気が来る……方向」
その言葉の意味を理解する前に――
霧の奥で、“何か”が動いた。
音はしない。だが、空気が揺れた。
霧がわずかに波打ち、その波紋がこちらへ向かってくる。
ガルハートが木刀を構える。
その動きは、構えたというより、流れに合わせて自然に腕が上がったようだった。
無駄も無理もない動き。
「……来るぞ」
「どこからだ?」
「全部だ」
その言葉が、霧の中で異様に重く響いた。
霧が、まるで“獲物を囲む獣の息”のように揺れた。
俺は喉がひゅっと鳴るのを感じた。
黒霧の谷は、ただの地形じゃない。“死そのものが形を持った場所”だ。
そして、その死が――俺たちを見つけた。
◇◇◇
霧の奥から、黒い影が“滑るように”現れた。
ジョルカス帝国国境警備隊――だが、傭兵たちは敬意を込めてこう呼ぶ。
黒霧警備隊理由は簡単だ。
この霧の中で、“彼らだけが生き物のように動ける”からだ。
黒霧警備隊の兵は、鎧の金具すら外し、布で全身を包み、霧の中で音を殺すために
“呼吸の仕方”まで訓練されていると祖父から聞いた。
彼らは、霧の中で“存在を消す”。
だから――見えない。聞こえない。気配すらない。ただ、“死の向き”だけが迫ってくる。
一人が俺の喉元へ短剣を突き立てようとした。
見えない。気配もない。ただ、死だけが迫ってくる。
俺は反射的に剣を構えたが――
ガルハートの木刀が、霧を裂いた。
ドンッ
霧の中で鈍い音が響き、黒霧兵が吹き飛んだ。
俺は息を呑んだ。
「……見えてんのか?」
ガルハートは答えない。
ただ、霧の奥を睨んでいた。
次の瞬間――霧が揺れた。黒霧兵が四方から襲いかかる。
霧が揺れる。
影が走る。
刃が閃く。
だが、ガルハートは微動だにしない。霧の中で、彼だけが“静止している”。
次の瞬間。
木刀が、霧の中で音もなく振るわれた。
ボグッ
黒霧兵が宙を舞う。霧に溶けるように消える。
ドゴッ
別の兵が胸を砕かれ、霧の中に沈む。
バキッ
骨の折れる音が、霧の中で乾いた響きを残す。
俺は震えた。
ガルハートは、見えているんじゃない。
霧の中で、敵の呼吸を聞いている。足音ではなく、体温を感じている。気配ではなく、殺意の方向を読んでいる。
だから、黒霧警備隊の無音の殺意すら捉えられる。
あれは人間じゃない。霧の中で、彼だけが獅子だった。俺は霧の中で立ちすくんでいた。
ガルハートの動きが再び止まる。
「……終わったのか?」
唐突に動きを止めた彼に、俺は問いかけた。
ガルハートが一点だけを見つめている。俺もつられてそちらへ振り向く。
視線の先の霧が左右に割れた。
そこに立っていたのは――黒い布に全身を包んだ男。顔は見えない。肌も見えない。
ただ、黒だけがそこにあった。
だが、その黒は闇ではない。死そのものの色だった。
黒狼隊長。
国境警備隊の中でも、霧の中での戦闘に特化した“影の処刑人”。
傭兵たちが恐れ、同時に敬意を抱く存在。
黒狼は、ゆっくりと歩みを進めた。
その歩みは――音がしない。
霧が彼の足元を避け、地面が沈む音すら吸い込まれていく。まるで、幽霊が歩いているようだった。
「……あれが、黒狼……?」
ガルハートは答えない。ただ、木刀を少しだけ下げた。
構えではない。迎え撃つ準備でもない。同じ場所に立つ者への騎士礼のような動きだった。
黒狼が立ち止まった。
霧が、その周囲だけ凍ったように動かない。黒狼は、布の奥から低く囁いた。
「……木刀の怪物。噂は聞いている」
その声は、墓の底から響くような乾いた声。
だが、そこには侮蔑も嘲笑もなかった。ただ――好奇心に駆られたような浮つきさえ感じられた。黒狼は続けた。
「重槍騎兵二十を、無傷で屠ったと聞いた。……荒唐無稽な噂だと思っていたが――」
霧が揺れた。黒狼の視線が、ガルハートの足元に沈む黒霧兵たちへ向けられる。
「どうやら本物のようだな」
その言葉には、恐怖でも驚愕でもない。戦場の獅子に対する静かな敬意 があった。
ガルハートの瞳が、わずかに揺れた。
「……噂なんてどうでもいい。俺はただ……やることをやっただけだ」
黒狼は、布の奥で笑ったように見えた。
「ならば――次は、俺が確かめよう」
その瞬間、霧が――爆ぜた。
黒狼が消え、
殺意が走り、
霧が裂ける。
ガルハートが一歩踏み出す。
その一歩が、
霧の流れを変えた。
黒の死と金の獅子が、霧の底でぶつかる。
いつもご愛読いただいありがとうございます。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
別件ですが、本日より15日間連続で新作アップいたします。
重力100/1 〜コンテナ暮らしの宇宙人は世界を救う神らしい〜
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ふざけたSFファンタジーです。
5月18日 月曜日18:00から連続投稿
1話から15話までは毎日更新で、以降は火木金の週3投稿です。
皆さんのご声援が有れば、上記より頑張ります。
どうぞ気軽にご一読ください。




