第23話 金髪の獅子と黄金色の瞳。 不徳の勝利と聖女降臨
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居酒屋で自慢話するときもおっさんは屁理屈こくのです。
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月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
翌朝。スターレガーデンの会議室には、アルカディア大使、スターレ夫妻のかつての同僚である王国外務官僚ハワード、スターレ夫妻と長女セーラ、幾人の秘書官、そして安酒を持ったガルハートがいた。
ガルハートがわざとらしく卓上に放り出した、煤けた銀の護符。アルカディア大使は、雷に打たれたような衝撃でそれを凝視していた。その瞳に宿っているのは、信じがたいものを見たという、純粋な「驚愕」だ。
(……馬鹿な。あり得ん。それは数日前、我々の『氷の涯』が白銀の牢獄を襲撃した際、指揮官が奪われたはずの……!)
それは地母神教の幹部にして、実戦部隊を率いる高僧のみが所持を許される特別な護符だ。数日前のあの夜、地下の禁域で、正体不明の「金髪の男」によって指揮官が完膚なきまでに叩き伏せられ、紛失した地母神教徒の法具であった。
大使の頭脳はフル回転する。これを否定し、「それは数日前の牢獄襲撃の際に奪われたものだ」と反論すれば、不法侵入と重要施設への攻撃を自白することになる。逆に沈黙すれば、「学区テロの首謀者」を認める事となる。
その様子を、王国外交官のハワードは戦慄に近い違和感で見つめていた。ハワードはオルトやエレンとかつて席を並べた、絵に描いたようなエリート官僚だ。
ハワードがそれを見たのは、公式の外交テーブルであるにもかかわらず、安酒を煽っているガルハートという男だった。単なる「テロ現場に居合わせた当事者」に過ぎないこの男、本来ならば、この交渉の席に座っていること自体が異例なのだ。
だがスターレ夫妻から事前に聞かされた「ブラフも交えたロジックで交渉を行う」方針、さらに「主導をこの風来坊に任せている」という事実は前代未聞の話であった。
(……なぜだ。なぜこの男は、これほどまでに相手の急所を熟知している?)
ハワードたちが数日間、不眠不休で国際法をひっくり返しても見つけられなかった「アルカディアを沈黙させる一手」。それを、この野蛮な男は「学区のゴミの中から拾ってきた」という真っ赤な嘘ブラフ一つで、いとも容易く成立させてしまった。
「どうした、大使さん。弁解の一つもねぇのか? 地母神様の加護があれば、護符が勝手に空を飛んで学区まで散歩することもあるのかねぇ?」
ガルハートの下品な笑い声が、大使の神経を逆なでする。
ハワードは、隣で静かに微笑む元同僚のエレンを見た。彼女は確信していたのだ。この、野蛮さと緻密な知略を併せ持つ「怪物」ならば、外交の常識を破壊し、最短距離で勝利を掴み取ることを。
「……真偽の程は、本国にて精査せねばならん。だが、……我が国としても、今回の『不幸な事故』については、誠意ある対話を行う用意がある……」
大使が屈辱に震えながら、事実上の敗北宣言を口にした、その刹那。ガルハートの瞳が、獲物を仕留める瞬間の獣のように細まった。
「――なら、話は早いな。お宅の親分に会ってやるよ」
相手が外交的な守りに入った瞬間。そこが最も防御が薄くなることを、ガルハートは本能的に理解していた。彼は空の酒瓶を卓に置き、威圧するように身を乗り出す。
「ただし、場所は北方の激戦区、クランハウス『鋼鉄の揺り篭クレイドル』だ。立会人はスターレ家から長男のカイン、次女のメイ、三女のヒサメ。それと、俺の身内の女性二名だ」
「な……ッ!? 紛争の最前線に王族を連れて行くと!?」
ハワードが驚愕の声を上げるが、ガルハートは止まらない。大使の顔を覗き込み、極上の「不徳の笑み」を浮かべた。
「それに……そちらさんが学校に火をつけてまで欲しがった当事者たちも、だ。鋼鉄の牙のザルカス、シルヴィ……。あぁ、それとそっちで『保護』してるって噂の団長シンバ。こいつも立ち合いに同席させろ。……アルカディアとしても最高の落とし所だろ? そちらが喉から手が出るほど求めてる当事者が全員、北方の一箇所に集まるんだぜ。……なぁ、大使さん。あんた、今『誠意を見せる』って言ったよなぁ?」
ハワードは絶句した。
(この男は……相手が吐いた「誠意」という言葉を逃さず、それをそのまま、こちらの要求をすべて丸飲みさせるための鎖に変えてしまった)
シンバたちの解放、北方への移動の大義名分、そしてスターレの次世代たちの安全。それらすべてを、「アルカディアの望む面会」という落としどころに詰め込んで、相手に飲ませたのだ。
ハワードは知る由もなかったが、これこそがガルハートが事前にスターレ夫妻へ告げていた「鋼鉄の牙」からのオーダーの完遂であった。囚われの団長シンバの解放、そしてアルカディアに占拠された自分たちの家――クランハウスの奪還。
シルヴィたちが命を懸けてガルハートに託した願いを、彼は外交という名の「戦場」で、不徳を尽くして誰にも文句を言わせぬ形でねじ伏せてみせたのだ。
(オルト殿、エレン殿……。一体どこでこんな『怪物』を拾ってきたんだ……)
長年積み上げてきたハワードの外交の常識は、ガルハートの型破りなロジックの前に、ただただ圧倒されていた。
かつての同僚であるオルトとエレンの顔を交互に見たが、彼らが何を考えているのか、今のハワードには全く読み取れなかった。
ただ、目の前の男が「不法侵入した側の弱み」を「被害者としての正論」にすり替え、さらには「敵の要求」を「こちらの要求」に一本化して飲み込ませた。ハワードはその交渉がなされた事実を、ただ受け入れざるを得なかった。
だが、会議室の温度が急激に下がったのは、その直後のことだった。
「……っ!?」
ガルハートが、初めて卓上の酒瓶から手を離した。その瞳から余裕が消え、獣のような鋭さが宿る。
「おい、大使さん……。あんた、大丈夫かよ?」
ガルハートの問いかけに、アルカディア大使は答えなかった。
ガクガクと、何かに憑りつかれたように大使の体が痙攣し始める。椅子を鳴らし、白目を剥いて泡を吹く大使の姿に、ハワードは恐怖で椅子を引いた。
「た、大使殿!? 救急隊を――」
ハワードが叫ぼうとしたその瞬間、大使の動きが止まった。
ゆっくりと持ち上がったその顔。見開かれたその瞳は、人の温かみを一切失い、異常なまでに鮮烈な、そして神々しいほどの「黄金色」に染まっていた。
『……あぁ、ようやく。ようやく見つけたわ。懐かしい、理と黄金の匂い』
少女の鈴鳴りと老婆のしわがれ声が重なり和音となった、何者かの声。それは数千キロの距離を超え、地母神の感応によって大使を「依代」とした、聖女メルツラの精神投射であった。
黄金の瞳をした「何か」は、恍惚とした表情でガルハートを見つめる。ハワードやスターレ夫妻など、初めからこの世に存在しない無機物であるかのように一瞥もくれず、ただ、ガルハート一点のみを熱烈に射抜く。
「……。大使じゃねえな。いったい誰だ、あんた?」
ガルハートの全身から、凄まじい量の蒸気が渦を巻いて立ち昇る。
だが、黄金の瞳は瞬き一つせず、慈母のような、あるいは捕食者のような歪んだ微笑を湛えた。
『不屈の魂……不徳を以て徳を成す、愛しい、愛しい、伝説の欠片。……良いだろう、その条件、受理する。……北方の揺り篭で、貴方を待っている。我らの番』
自らの名を名乗ることすら、神の意志の前では不要。一方的な宣告。拒絶を許さぬ圧倒的な「肯定」。
パチン、と。張り詰めた糸が切れるような音が、ハワードの耳元で聞こえた。 大使の瞳から黄金の輝きが消え、彼はそのまま、魂を抜かれた抜け殻のようにテーブルに突っ伏した。
異常な法力の残滓が、会議室に澱んでいる。
ガルハートは額に一筋の冷や汗を流しながらも、忌々しげに舌打ちすると、空になった酒瓶を床に転がした。
「ちっ。藪をつついたらドラゴンが出てきちまった。最後にとんだ置き土産をもらっちまったな。おい、領主様。予定変更だ。算盤の次は、本物の喧嘩になるぜ」
ガルハートは、動けないハワードを横目に、窓の外、北方の空を睨みつけた。そこには、知略や外交では決して解決できない、血と鉄、そして何者かの意志が待っていることを、彼はすでに確信していた。
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