第24話 金髪の獅子と黄金の結末。 凱旋と水鉄砲
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もうすぐ第一章のフィナーレです。
凱旋と水鉄砲お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
スターレガーデンから王都中央市場へと向かう豪華な馬車の中。
窓の外では、運び込まれた穀物に歓喜する民衆の声が地鳴りのように響いている。
本来なら、スターレ家の長女としてその勝利を誇るべき場面だが、セーラは膝の上でボロボロになった童話本を、まるで壊れ物を守るようにぎゅっと抱きしめ、眉間に険しい皺を寄せていた。
彼女は突然、向かいで酒を煽るガルハートを扇子でピシィッ! と指し示した。
「ちょっと、ガルハート! 黙って聞いていれば、あんなデタラメをよくもぬけぬけと言ってくれちゃって!」
王都一の淑女の面影は、もはや欠片も残っていない。今の彼女は、余裕をかなぐり捨て、自分の心の奥底にある「少女時代の純粋な夢」を必死に守ろうと足掻く、素っ頓狂なセーラだった。
「私、昨晩は気になって一睡もできなかったんだからね! アンタが目の前で見せたあのはったり……あれのせいで、私の『金のフクロウ』が台無しなのよ! 困った女王様を救ったあの綺麗な知恵も、本当はアンタみたいに誰かの人生を天秤にかけたり、汚い嘘で相手を嵌めただけだったっていうの!? あのお話だって、本当はそうやって作られたものだったんじゃないかって思えて仕方ないのよ!」
セーラにとって、童話は汚れなき理想の世界だった。
だが、ガルハートが見せた「煤けた護符とはったりで盤面をひっくり返す姿」は、あまりに彼女の知る『金のフクロウ』の逸話と一致しすぎていた。
彼女の優れた知性が、この「不徳」こそが歴史を作る真の姿なのだと残酷にも肯定してしまい、大好きな挿絵の記憶が、ただの「巧妙な詐欺」に上書きされていく。
それが堪らなく悲しく、彼女の「少女時代の夢」を裏切るような肯定感を突きつけてくるのだ。
「ガハハ! だから言ったろ。本に書いてあるのは金メッキの表向きだ。歴史なんてのはな、勝った側が都合よく書き換えた『最高のはったり』なんだぜ。……その女王様とやらも、本当はフクロウを愛しすぎて、手に入れるために国ごと乗っ取った極悪人かもしれねぇぜ?」
「……っ! 愛しすぎて国を乗っ取った……極悪人!? アンタ、何を……そんなの、私が幼い頃から何度も何度も指でなぞってきたあの美しい救済が、ただのドロドロした愛憎劇と簒奪の話だっていうの!? 夢も希望もありゃしないわ! この、デタラメ野郎! 詐欺師! 不徳の塊!」
ガルハートを指差し、ついに「アンタ」とまで言い放って憤慨するセーラ。彼女は、目の前の現実よりも、自分の魂の拠り所だった伝説が「不徳」に暴かれたことに、泣き出しそうな勢いで怒っている。
「……む、むうぅ……! 確かにアンタのせいでスターレ家も父様も母様も助かったけれど……。でも、私の大好きだったおとぎ話が、こんな『不徳の算盤』で作られていたなんて……そんなの、私の愛読する『王都淑女教本』のどこにも載っていないんだからね――っ!」
最後には半泣きになりながら、扇子で顔を隠して唸り続けるセーラ。
「真実を知りたい」という歴史学者の業が、少女時代の夢を完膚なきまでに叩き潰す。そのあまりに無情な「学問的勝利」に、彼女は不遜な逆ギレを叫び続け、もはや現実逃避の唸り声を上げるしかなかった。
王都へ向かう前夜、公爵邸の書斎。重厚なカーテンの隙間から差し込む月光が、机の上に放り出された一枚の「号外」を白々と照らしていた。
エドワードは一人、深紅のワインを転がしながら、その紙面に躍る大見出しを何度も睨みつけていた。アルカディアの経済封鎖を逆手に取り、ルナールから物資を勝ち取ったスターレ家と鋼鉄の牙の快挙。そこには、王都の絶望を一夜で希望に塗り替えた、あまりに鮮やかな「英雄譚」が記されている。
「……ふん、馬鹿者が。外務省のあんな出鱈目な報告書、わしの目を盗めるとでも思ったか」
エドワードは鼻で笑い、グラスを置いた。歴史の表舞台に立つのは、常にこうした「美しい物語」だ。だが、彼は号外の行間に透けて見える、泥臭いまでの「はったり」と、裏で弾かれた冷徹な「算盤」の音を聞いていた。
「……カイン。お前、あんな劇薬に感化されて……」
独り言が、静まり返った部屋に虚しく響く。
エドワードにとって、カインという存在は複雑極まりない。
かつて「王都の華」と謳われ、自分を袖にしたあの苛烈な美女――カインの祖母。彼女の面影をその瞳に宿す甥は、エドワードにとって、かつて自分が跪ひざまずき、そして拒絶された過去の化身でもあった。
振られた腹いせに、せめてその孫くらいは自分の型に嵌はめて教育してやろうと、厳格な「先生」を演じてきた。
だが、その根底にあったのは、守れなかった「華」への未練と、その血を引く少年だけは王家の理不尽から遠ざけてやりたいという、歪んだ大叔父の情愛だ。
だが、号外に記された甥は、もはや大叔父の庇護など鼻で笑うかのように自立していた。
自分を拒絶したあの女(祖母)と同じ、誰にも縛られぬ強かな光を放ちながら。
「……寂しいものだな。わしが必死に盾になろうとしていたというのに、当の本人たちは、わしの想像もつかぬ不遜な手口で勝手に生き残って見せた」
エドワードの震える指先は、号外に記されたカインの名を、愛おしげにそっとなぞっていた。誇らしさと、自分を置き去りにして成長していく若者への、どうしようもない寂しさ。
「……お前までいなくなったら、わしを『大叔父様』と……いや、人前で『先生』と呼んでくれる生意気な奴が、一人もいなくなるではないか」
孤独な公爵は、誰にも見せない慈愛に満ちた微笑を浮かべ、号外を大切に机の奥へと仕舞い込んだ。
明朝、市場で彼らを迎える時には、最高の「外面」を用意しておかねばならない。 「王都の華」が遺した、生意気な甥が、北方の雪山で散ることのないよう。
王都一の「傲慢な教育者」として、その旅路に最大の箔を付けてやるために。
王都中央市場は、かつてない熱狂の坩堝るつぼと化していた。
アルカディアの工作によって「テロの元凶」と石を投げられていたスターレ家と鋼鉄の牙。だが今、市場を埋め尽くす民衆が叫んでいるのは、呪詛ではなく喉を枯らさんばかりの凱歌だった。
「スターレ様万歳!」「パンを、俺たちの命を繋いでくれた救世主だ!」
ミーナが撒いた「真実という名のはったり」は、飢えに震えていた民衆の心に完璧に突き刺さっていた。輸送隊の先頭を行くカイン、メイ、ヒサメ。そして堂々と胸を張るザルカスと照れた笑顔で手を振るシルヴィたちを、民衆は割れんばかりの拍手で迎える。
その濁流のような歓喜を割って、これ以上なく目立つ黄金の紋章を掲げた一団が現れた。
「諸君! 静粛に! このわしの前であるぞ!」
エドワード公爵である。彼は、これ見よがしに豪華な陣触れを広げさせると、馬車から降り立つなり、市場全体に響き渡る朗々とした声で言い放った。
「見たか諸君! アルカディアが我が国に仕向けた周辺国からの禁輸包囲のうち、ルナールを懐柔し、この王都に豊穣をもたらしたのは、スターレ家並びに、わがヴァロワ家の深謀遠慮! そして、わしが手塩にかけて育て上げた愛弟子の働きによるものである!」
カインは、あまりの「外面」の厚かましさに一瞬天を仰いだ。
大叔父であるエドワードは、民衆の前では「甥」という血縁を隠し、自らの教育の賜物である「弟子」として、その手柄を恥ずかしげもなく自分の方へと手繰り寄せて見せたのだ。
「おお、カインよ! よくぞわしの教えを忘れず、この難局を切り抜けた! さあ、近くへ来い!」
エドワードは野次馬たちの見守る中、わざとらしくカインを抱き寄せ、その肩を力強く叩いた。周囲からは「流石は公爵家」「師弟の絆だ」と感嘆の声が上がる。
だが、その腕の中で、カインは気づいていた。 仰々しく自分を抱きしめるエドワードの腕が、小刻みに、そして激しく震えていることに。
「……大叔父様」
「黙れ。今はわしの『弟子』として、殊勝な顔をしておれ。……いいか、二度とわしに、こんな……こんな心臓に悪い真似をさせるな。わかったな、この馬鹿者が」
耳元で囁かれた声は、傲慢な公爵のそれではなく、ただひたすらに甥の生存を安堵する、情けないほどに不器用な大叔父の震え声だった。カインは苦笑し、その震える背中にそっと手を回す。
「はい。……ありがとうございます、先生」
その瞬間、エドワードはさらに顔を真っ赤にしてカインを突き放した。
「ふん! 言葉遣いがなっとらんわ! 帰ったら再教育だ!」
カインを突き放し、バツが悪そうに咳払いを一つしたエドワードは、次にその後ろに控えるスターレ家の面々へと視線を向けた。その瞳には、公爵としての冷徹な光と、親族としての歪んだ自尊心が同居している。
「……オルト、エレン。貴殿らも、よくぞこの難局を乗り越えて見せた。スターレの庭が守られたことは、ライナルの貴族社会にとっても、わがヴァロワ家にとっても……まあ、一応の慶事と言っておこう」
傲慢に、不遜に、それでいて誰よりも深い安堵を隠して。王都一の見栄っ張りな叔父は、熱狂する民衆のど真ん中で、最高の「外面」という名の嘘を演じきってみせた。
そんな中、ガルハートが、人込みをかき分けながら、ずい、と公爵の目の前に歩み寄った。
「よぉ、公爵様よ。……一言、礼を言わせてくれや」
エドワードが「なんだ貴様は、無礼な!」と身構えるのも構わず、ガルハートはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「あんたがカインに持たせたあの通行証明書……ありゃあ効いたぜ。おかげでルナールの不愛想な門番どもを、魔法みたいに黙らせることができたらしい。スムーズに事が運んだのは、あんたが用意したあの『正義の通行手形』のおかげだ。……ありがとな、おっさん」
意外にも素直な感謝の言葉に、エドワードは毒気を抜かれたように瞬きをし、フンと鼻を鳴らした。
「……当然だ。わしの名が記された書状に、ルナールごときが異を唱えられるはずもなかろう。礼などいらん、わしは自分の教え子のために――」
「――いやぁ、助かったぜ。『ひねくれ爺の心配性』が、まさか王都を救う最強の武器になるなんてなぁ!」
ガルハートは、一気に距離を詰めると、エドワードの耳元で――周囲の野次馬にもしっかり聞こえるような絶妙な音量で、とどめの一撃を放った。
「……あぁ、それと悪かったな。予備のおむつを持ってねぇのに、あんなにビビらせちまって。まさか公爵様ともあろうお方が、俺の顔を見ただけで『あんなこと』になるとは思わなかったんだ。……ガハハ! 洗濯代は俺のツケにしといてくれや!」
「な……っ!? き、貴様……っ!!」
エドワードの顔が、一瞬で土気色からドス赤色へと変色する。
脳裏に蘇るのは、先日の恐怖だ。ガルハートが放った、あの「簒奪王」の影を纏った殺気。それに呑まれ、失禁するという、公爵人生最大の屈辱――。
それを、今、この王都の民衆が英雄を称えている「最高の舞台」で、この男はぶち撒けやがったのだ。
「し、失礼な! 誰が、誰がそのような……っ! 諸君、聞くな! 今のはデタラメだ! わしは断じて、漏らしてなどおらーーん!!」
必死の形相で叫ぶエドワード。だが、必死になればなるほど、周囲の民衆は「えっ、まさか公爵様が……?」「英雄を見て……?」と、ニヤニヤしながら彼の下半身に視線を集中させ始める。
「ガハハ! 行こうぜカイン! お前の大叔父さんの『水鉄砲』が、これ以上暴発しねぇうちによぉ!」
ガルハートは、カインの肩を叩いて悠々と歩き出す。 背後では、エドワードが顔を真っ赤にして「貴様を呪い殺してやる!」と絶叫し続けていたが、もはやその声に公爵の威厳は一欠片も残っていなかった。
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