閑話 白銀の剣豪と剣の求道者。 彼岸の残光と、ほぐされた矜持
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お楽しみください。
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
エドワードを乗せた馬車が、泥を跳ね上げ、悲鳴のような車輪の音を立てて去っていった。
静寂が戻った広場の入り口で、フェリシアはただ一人、刀を構えたまま立ち尽くしていた。その指先は、いまだ止まらぬ微かな震えを刻んでいる。
「……フェリシア。ガルハート殿に、会ったか」
背後からかけられた穏やかな声に、彼女の肩が大きく跳ねた。
振り返れば、そこには領主の重圧を脱ぎ捨て、一人の武人としての静謐さを纏ったオルトが立っていた。
「オルト様……。あ、あの方は、一体何なのですか。……人の手で至るには、あまりにも遠い。あれは……彼岸そのものではありませんか」
フェリシアの声は掠れていた。剣を志し、血を吐くような修練を積んできた彼女にとって、ガルハートという存在は「努力」や「才能」といった言葉で測れる対象ではなかった。
「ふむ。そこまで読み取れるのなら、やはり貴女の技量は確かなものだ」
オルトは教え子の震えを責めることもなく、慈しむように目を細めた。
「……あの方に、『中身が無い』と言われました。使えるだけだと……」
フェリシアは俯き、絞り出すように告白した。「剣聖」の称号を求め、周囲から「既にオルトに並ぶ技量」と持て囃されるうちに、彼女の心には澱のような傲慢が溜まっていた。師の背中はもう目の前だ。自分こそが次代の象徴だ。そんな浅薄な自惚れが、あの一瞥で、文字通り粉々に粉砕されたのだ。
オルトは、意外なほど明るい声で笑った。
「ふふっ。さすがは良く見ておられる。……案ずるな。我が息子カインも、家族も、そして私でさえな。あの御仁の『按摩』には、随分と心身をほぐされたものだよ」
「オルト様……貴方様ほどのお方が、ほぐされた、と……?」
「今すぐではないが、一度、あの御仁と立ち会うと良い。貴女に必要な『中身』を得る、良い機会になるだろう。……実はな、私も今、あの御仁の背を目指して歩いている最中なのだ」
フェリシアは耳を疑った。王国最強と謳われる「大剣豪」が、今この瞬間も、誰かの背を追っている。その事実に、彼女の中の「剣」という世界の天井が、音を立てて崩れ去った。
「目指すべきものがあるということは、幸せなことだ。フェリシア、私は大剣豪という名を求めて歩んだわけではない。目指すべき先に至る道中で、周りからそのように呼ばれるようになっただけだ」
オルトの視線は、今なお「不徳の策士」がどっしりと鎮座している領主館の最上階へと向けられていた。
「私は今、大剣豪という名よりも、はるかな道を目指している。……それを貴女が彼岸と呼ぶのなら、彼岸へ至るのみだ」
その言葉に、フェリシアの瞳に宿っていた暗い色が、不純物を濾過するように消えていった。 「剣聖」という称号に固執し、師に並んだという錯覚に溺れていた狭い迷路。そこから、果てしなく広がる「武」の荒野へ、彼女の心は解き放たれたのだ。
「……オルト様。私は、間違っていました。彼岸へ至るには、ただ技を磨くだけでは足りない。……そこへ届こうとする『意志』が必要なのだと、今、ようやくわかりました」
フェリシアは静かに刀を鞘に収め、師に向かって深く、これまでで最も誠実な一礼を捧げた。 次代の剣聖、などという安っぽい看板はもういらない。彼女の背筋は、もはやエドワードの手駒としての怯えはなく、一人の剣士としての誇りを取り戻していた。
「……準備をいたします、オルト様。いつか、私もその彼岸の景色を……この目で見るために」
春の北風が、広場の砂を巻き上げて通り過ぎる。
その頃、最上階の客間では――。
「ちょっと! 歴史学者としての私の良心が、さっきから『偽造は万死に値する』って小声で囁き続けているんですけど! バレるようなことがあったらどうする気よ、あんたの策が詰めが甘いかどうかもう一度確認させなさい」
「……いいか、あいつらを信じて送り出したんだ。果報は寝て待てってな。……っつーか、お前、最後は手伝う気満々じゃねぇか。あぁ、その菓子は美味いな。もう一個くれ」
セーラの素っ頓狂な抗議を受け流しながら、当のガルハートは欠伸混じりにお茶を啜っていた。
和解した師弟の真剣な眼差しの先にいる男が、これほどまでに「不徳」で悠然としているとは、今のフェリシアには知る由もなかった。
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