第21話 金髪の獅子と傲慢公爵。 老害を濡らす水鉄砲
いつもお楽しみいただきありがとうございます。
皆さんのおかげで当面の目標と思っておりました1000PVに届きそうな勢いでございます。
ここに来てようやくブックマークも付いたり星もいただいたりと嬉しくてしょうがないです。
今回は嬉しさのあまり文章量が1.5倍にボリュームアップしてお送りいたしております。
ご身内の迷惑な親戚の登場になります。良かれと思ってメンドクサイ事をやる人っていますよね。
テンポよく楽しめるように頑張っておりますが、いろいろ詰め込みまくりました。
後、明日も閑話をアップいたします。是非ともお見逃しの無いように
月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。
月水土曜はガハハの日 お忘れなく。
領主館の応接室は、凍りついたような沈黙に支配されていた。
だが、その沈黙は安らぎではない。一方的に降り注ぐ「言葉の暴力」に対し、耐え忍ぶ側が作り出した、せめてもの防壁であった。
「そもそも、脇が甘いのだ。オルトよ」
扇子をパサリと閉じ、不愉快そうに鼻を鳴らしたのは、ヴァロワ公爵家当主エドワード・アルマ・ヴァロワである。王族の長老として、さらに王国の金庫を二十年守り抜いた元大蔵大臣としての威厳は、老境に入ってもなお、周囲を圧する陰湿な重みを伴っていた。
「周辺国との折衝、教圏への配慮……。私という相談役が王都に控えながら、なぜ勝手に傭兵クランなど
という不浄の輩を招き入れた? 次期予算の編成時期だということが分からんのか。 現在の大蔵大臣……我がバカ息子は、私への反発心からか、やたらと『使途不明な軍事費』を削りたがっておる。お前がそんな得体の知れない傭兵を飼えば、私がどれだけ王都で立ち回ろうとも、スターレ領への補助金は真っ先に仕分けの対象になるぞ」
エドワードは、手にした扇子を汚物を指し示すようにオルトへ向けた。
「何でも自分一人で解決できると考えるのは、スターレ一族の悪い癖だ。それは自信ではなく、ただの傲慢だ。……経済の回らぬ領地に、北方防衛の価値などない。死に金をばら撒くことしか出来ぬのなら、この街の徴税権を一時的に私へ預けたらどうだ?」
「……ああ、思い出すな。お前の父もそうだった。私の忠告を無視して辺境の防衛に固執し、結局はあのような無様な最期を遂げた。己の実力への過剰な自信が、撤退という賢明な判断を鈍らせたのだ。その結果、愚かにも敵に取り囲まれて死に、遺体の引き渡しに王家がどれほどの金を払わされたと思っている? 武人というにはあまりに無様、ただの高くついた死に損ないだ。スターレ領では大英雄などと美化しているようだが、笑わせるな」
応接室の空気が、鋭利な刃物のように張り詰めた。
オルトの父は、負傷し長くは持たぬと悟り、部下たちを逃がすために一人殿となって戦い抜いたのだ。それをこの老人は、ただの「判断ミスによる余計なコスト」と切り捨てた。
「剣聖の指名もそうだ。後ろに控えるフェリシアを見ろ」
エドワードが顎で示すと、その背後に直立していた剣士、フェリシアが微かに肩を震わせた。炎のように燃える赤毛の長髪。長く伸びた前髪が、その目元を完全に隠している。俯き加減のその表情は窺い知れないが、纏う空気だけが、武人特有の鋭利な凄みを帯びていた。
「彼女の技量は既に、お前に迫るものがあると聞いているぞ。にもかかわらず、指名を渋り、未だに『候補』に留めておくのは何故だ? 身内に自分以上の剣士が出るのが怖いのか? 狭量だな、オルト」
その言葉に、フェリシアは内心で苦汁をなめる様な思いを味わっていた。
(……閣下、おやめください。私は……私は練習ですら、オルト様に一度として勝てたことなどないのです)
彼女には分かっていた。目の前の「大剣豪」との間には、技量や速度といった数字では測れない「格」の差があることを。だが、エドワードにとって彼女は、自らの権威を誇示し、スターレ家を揺さぶるための「便利な手駒」に過ぎなかった。
「お前の母にしてもそうだ。あのような頑迷な男ではなく、もっと柔軟な――例えば私のような者と結ばれていれば、もう少し長生きできたろうに。不憫でならんよ。……まあ、顔はいいが、男を選ぶ頭は持ち合わせていない女だったな」
瞬間、部屋の明かりが明滅したかのような錯覚を、その場にいた全員が覚えた。
対面に座る領主オルトは、目を閉じ、微動だにしない。だが、その拳は膝の上で白くなるほど強く握られ、ミシミシと骨が鳴る音が沈黙の中に響いている。
エレンとセーラは、もはや「無」の境地に達していた。エレンは完璧な微笑の仮面を貼り付け、セーラは、エドワードの言葉が耳を通り抜けて壁に消えていくのを、ただ物理現象として眺めていた。
「……ふん。これ以上お前と話しても、こちらの血圧が上がるだけだ」
エドワードは立ち上がると、退屈そうに鼻を鳴らした。部屋を後にしようとした際、その足がセーラの前で止まる。
「セーラ、お前もだ。王族の血を残すという、女としての唯一にして最大の役割を果たさずに、その歳まで学問ばかりとは。頭はいいのだろうが、実に愚かな生き方だな。……まあ、お前が祖母の処世術を継いでいるのなら、それも仕方ないか」
一瞬、セーラの顔色がサッと失せた。
(このジジイ……いつか、絶対に、一発殴る……!)
セーラは震える拳をドレスの襞に隠し、奥歯が軋むほど噛み締めて、微かな声で呪文のように呟いた。
「……私は、王都一の、淑女。私は、王都一の、淑女……」
「ふん。返事も出来んか。カインを呼べ。この家で唯一まともなあの子と話して、汚れた気分を濯ぐとしよう」
エドワードがフェリシアを連れて悠然と廊下へ消えていく。それから、数分後だった。
広場で出発の準備を整えていたカインの耳に、領主館の二階から窓をガタガタと震わせるほどの「絶叫」が届いた。
「――っの、クソ老害がああああああああッ!! 脳みそが化石になってんのよ!! 地母神の裁きを受ける前に私の鉄拳を受けて地獄に落ちろおぉぉおおッ!!!」
あまりの熱量に、広場の馬たちが驚いて嘶き、護衛の騎士たちが一斉に領主館を振り返る。カインが遠い目をしていると、横から太い腕がその肩を力強く掴んだ。
ガルハートだ。彼は耳を突き抜けるようなセーラの声を肴にするように、カインの耳元で低く、だが確かな重みのある声で告げた。
「いいか、カイン。よく聞いとけ。あそこで喚いてるセーラ姉ちゃんは、今、立派に『戦って』る。……こういうのは剣を振るだけが戦争じゃねぇんだ」
ガルハートの視線が、広場の入り口へと向けられる。
「あんなタイミングでノコノコやってくる奴ぁ、状況が読めてねぇバカか、自分の都合しか見えてねぇ奴だ。そういう奴と関わっても損しかしねぇ。……いいか、味方になってもらおうなんて期待すんな。だが、無駄に気を損ねさせるのも得策じゃねぇぞ。人の縁ってなぁ、いつどこでどう繋がるか分からねぇからな」
カインは驚いてガルハートを見た。単に「追い出せ」と言うと思っていた男から出た、意外なほど理性的で打算的な忠告。
「……ガルハート殿?」
「お前はスターレの長男坊として、完璧に人当たりしとけ。周辺国への陳情だの、苦労してるだの、適当な情報を食わせて納得させておけ。面倒な『嫌われ役』は、俺みたいな傭兵さんに任せときゃいいんだよ」
ガルハートはニヤリと不敵に笑い、カインの背中をポンと叩いて前へ押し出した。
「お前は自分の『根』を汚すな。……ほら、お出ましだぜ」
領主館の玄関から、誇らしげに胸を張り、この空気を清々しいまでに読めていないエドワードが、フェリシアを伴って姿を現した。
「……分かりました。……行ってきます」
カインは深呼吸をし、顔に「完璧な営業スマイル」を貼り付けた。
一方でガルハートは、背後で腕を組み、不敵な笑みを浮かべエドワードの接近を静かに見据えていた。
「……ほう。カインよ、今のはセーラの声か?何やら私を誹謗したかのように聞こえたのだがな」
エドワードの氷のような視線がカインを刺す。 カインの頬がピクリと跳ね、貼り付けた笑顔の端から冷や汗が滴り落ちた。彼は強引にエドワードの視界に割り込むと、裏返りそうな声を喉に詰まらせながら叫んだ。
「……ッ、い、いえ大叔父様! あれは、その……『馬』です! ちょうど今、厩舎で気性の荒い暴れ馬がいななきまして! 姉の声に似ていたとすれば、それは……姉が日頃から、馬を愛するあまり発声が似通ってきたのかと!」
背後で、ガルハートがついに耐えきれず、「ぶふっ……!!」と盛大に鼻を鳴らして吹き出した。護衛の騎士たちは、あまりの苦し紛れな若君の姿に、正視できず揃って地面を見つめている。
エドワードは、滝のような汗を流しながら、それでも必死に目を逸らさず「営業スマイル」を維持しようとするカインを、無言で見つめた。
エドワードは、長く、重苦しい溜息をついた。その眼差しには、怒りよりもむしろ、深い「憐憫」が混じっている。
「……カイン。もうよい。何も言うな」
「お前がそうやって、救いようのない家族の醜態を、恥も外聞も捨てて必死に繕おうとしていること……。その『苦労』だけは、痛いほど伝わってきた。……馬、だったか。ふん、お前も大変だな」
エドワードはカインの肩に、重々しく、同情を込めて手を置いた。
「オルトの無策、セーラの粗野な本性、そしてこの救いようのない環境……。お前のような『まともな知性』を持つ者が、これほどの泥を被らねば回らぬとは。スターレ家で、唯一お前だけが、組織を維持しようと足掻いているのだな」
「……あ、ありがたき幸せ、です……」
「苦労をかけるな、カイン。……行くぞ。馬車の中で、私とお前の未来について、静かに語り合おうではないか」
エドワードはカインを「地獄から救い出すべき同族」とでも言うような独善的な笑みを浮かべ、馬車へと歩き出した。
残されたカインは、白くなった顔で二階の窓を一度だけ睨みつけると、その後を追った。 横を通り過ぎる際、ガルハートがカインの耳元で、肩を震わせながら低く笑い飛ばした。
馬車の中は、王都の最高級香水の匂いに満ちていた。対面に座るエドワードは、既に優雅に足を組み、扇子で自らの顔を扇ぎながら、カインを待っていた。
「……カイン。よくぞ決断した。地獄のような環境でも、知性を持つ者は自ずと『出口』を見つけるものだ」
エドワードは目を細め、カインに座るよう顎で促した。
カインは深呼吸をし、ガルハートの「余計な情報は一文字も漏らすな」という忠告を脳内で反芻する。
(……利用できるものは、何でも使う。だが、この大叔父に情報を与えるのは自殺行為だ。僕は、ただの事実を一つだけ投げる)
「大叔父様……。実を申し上げれば、私もこのスターレの現状には、深い憂慮を抱いております」
カインは沈痛な面持ちで、だが事務的なトーンを維持して切り出した。
「現在、我が領はサングリア、ロメロ、アルジェントの三カ国から不当な関税圧力を受けております。このままでは物流が死に、大叔父様が危惧される予算編成にも悪影響を及ぼしかねません。つきましては、私はこれからこの三カ国へ直接、陳情に回る所存です」
「ほう、陳情か。お前一人でか?」
「はい。……大叔父様のお名前を添えれば、向こうの役人も無下にはいたしますまい。どうか、大叔父様の御力で王都の『声』を抑えていただきたいのです」
「カインよ。……お前を見ていると、昔の私を見ているようだ」
エドワードは、薄気味悪い独善的な笑みを浮かべ、カインの膝を叩いた。
「この国も、スターレの街も同じだ。我らのような『調整役』がいなければ、組織など一日も持たぬ。……大小の差はあれど、我らは同じ孤独を背負っているのだ。どうだ、カイン。陳情が終わり次第、王都へ来い。私の側で、この国の根幹を支えんか?」
カインの背筋に冷たいものが走った。エドワードの息子である現大蔵大臣は、父の傲慢な気性を嫌って別居中であることをカインは知っている。その空いた「息子の椅子」に、自分を嵌めようというのだ。
「……過分なお言葉、身に余る光栄にございます」
カインは微笑みを崩さず、深々と頭を下げた。
「お前のその『知性』が、正当に評価される場所へ導いてやろう」
エドワードは満足げに頷くと、懐から取り出した羊皮紙に素早く署名を走らせ、通行許可証をカインへと渡した。
「……ッ、おい若君! いつまで油を売ってやがる。日が暮れちまうぜ、さっさと行けよ!」
馬車の外から、静寂を切り裂くような無作法な怒声が響いた。ガルハートだ。
大切な「一族の語らい」を邪魔されたエドワードの顔が、瞬時に不快感で歪んだ。
「……何事だ。品性の欠片もない。オルトはいつから、庭先で野良犬を放し飼いにすることにしたのだ?」
窓の外を睨みつけるエドワードの目に、ふんぞり返るガルハートが映る。
「……その金髪。北方あたりの貴族崩れの傭兵といったところだな。不浄な。ライナルの王族では禁忌の色とされるその金髪を家内に留め置くとは。オルトめ、客人の選定どころか、使用人の教育すら出来ていないとは……」
エドワードが扇子の先でガルハートを指し、吐き捨てるようになじった。だが、ガルハートは怒るどころか、その喉を震わせて低く笑い始めた。
「……あぁん? 教育だぁ? じいさん、アンタみたいな『形』にしか興味がねぇ奴に、俺の何が分かるってんだ?」
瞬間、ガルハートがわずかに碧眼を見開いた。 彼にとっては、少しばかり「気」を当てただけのつもりだった。だが、エドワードにとってそれは、文字通り戦慄を感じさせる衝撃だった。
凄まじい「気当たり」が馬車の中を吹き抜ける。 王族の中で最も高い王位継承権を持ち、長老としての教育を受けてきたエドワードには、その「碧眼」が持つ真の意味が、血脈に刻まれた恐怖として蘇っていた。
(金髪、そして、碧眼……。揃うはずがない、存在してはならぬはずの……!)
「さ、簒奪王……っ!? ば、馬鹿なッ……!!!」
エドワードの顔から血の気が失せた。あまりの恐怖に喉が引き攣り、腰が抜ける。長老としての威厳など霧散し、豪華な椅子の敷物へと、じわりと情けない温かさが染み込んでいく。
「がはは! おじいちゃん、お漏らしか? 悪ぃな、俺はあいにく予備のおむつは持ってねぇんだぜ」
「な、何事ですか、閣下!」
異変を察知し、護衛のフェリシアが押っ取り刀で駆けつけた。だが、彼女はガルハートを一瞥した瞬間、その場に縫い付けられたように硬直した。
目の前に立つ男。それは、峻厳な峰であり巨大な巌だ。フェリシアは自分の指先が絶望に震えるのを止めることができなかった。オルトはおろか、かつて相まみえた剣豪など寄せ付けない「圧倒的な格」がそこには有った。
「……あんた、そこそこ使えるみたいだが、使えるってだけだな。中身がまるでねぇよ」
フェリシアを一目見て、ガルハートが退屈そうに言い放った言葉は、「自分には何かが足りない」というフェリシアのコンプレックスを正確に、残酷に抉り抜いた。
「ゆ、行け! 出せ! 早くここを離れるのだ!」
エドワードの悲鳴に近い叫びが響き、馬車が跳ねるように走り出した。王都の権威を乗せた豪華な轍が、無様に泥を跳ね上げながら遠ざかっていく。
入れ替わるように、一台の堅牢な、だが贅を尽くした馬車が滑り込んできた。ゴールドバーグ商会の紋章が刻まれたその馬車からは、リノンとミーナが窓から顔を出し、カインを急かしている。カインの背後から、肩を震わせて笑いを堪えていたガルハートが歩み寄ってきた。
「――ガハハ! 見事なもんだぜ。あの爺さん、お前を完全に『身内』だと思い込んでやがる」
「……笑わないでください、ガルハート殿。心臓が止まるかと思いました」
カインは冷や汗を拭い、手にした通行証を握りしめた。
行き先は三カ国への陳情ではない。エドワードという王族最高の「通行証明書」を使い、あらゆる検問を突破してルナールへ入り、スターレ領の喉元を潤すための不徳の行軍。
「……ザルカス殿。メイ姉様、ヒサメ。シルヴィ。準備はいいかい」
カインの呼びかけに、リノンとミーナを乗せたゴールドバーグ商会の馬車を先頭に、旅装を整えた女傑たちと傭兵団が姿を現した。
「……これより、ルナールへ向かう。……僕たちの、反撃を始めよう」
カインの号令と共に、スターレの逆転劇の幕が上がる。
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