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第20話 金髪の獅子と大学教授。捏造の毒と金のフクロウの幻影

いつもお楽しみいただきまして誠にありがとうございます。

子供の時は見えていないものが大人になると見えるようになります。

その時に、少し寂しく思う事もあるというお話が含まれてます。

お楽しみください。

月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。

月水土曜はガハハの日 お忘れなく。

白銀の領主館、その奥にある小会議室。

 未だ街中に残るすすの臭いと、淹れたての茶の香りが混じり合う中、極めて異質な顔ぶれが円卓を囲んでいた。

 領主オルト、その妻エレン、そして長女のセーラと次女のメイ。その対面に座るのは、ゴールドバーグ商会会頭のリノンと、酒場「赤い月亭」の看板娘ミーナ、そして椅子にふんぞり返って欠伸あくびをしているガルハートである。


街を襲った同時多発テロと、それに呼応するかのように始まったアルカディアの政治工作。その「正体」を掴んでいるのは、行政の硬直した組織ではなく、民間に根を張る彼女たちであることを、オルトは既に認め、先日より重用していたのだ。


「……まずは現状の共有から始めましょう。ミーナ、リノン。公的な伝令より早い、今の『街の様子』を聞かせて」


元外交官であるエレンの促しに、まずミーナが身を乗り出した。


「最悪よ。テロの実行犯は依然として不明だけど、街には『領主軍の実験失敗が火元の正体だ』なんてデマが、まるで伝染病みたいに広がってるわ。出所はアルカディアの息がかかった連中でしょうね。スターレを孤立させようとする、あからさまな宣伝工作よ。

しかも国外だけじゃない。『スターレ家が鋼鉄の牙の娘と叔父を匿った事実』を、奴らは王都の議会や地方領主たちの間に、『異端の傭兵団を庇護する王族』と吹聴している。スターレ家の威信を貶め、信仰の名で揺さぶろうとする、卑劣な中傷ね。さらに『神の遺産』を隠し持っているなどという根拠のない言いがかりまで広められ、王家とスターレ家を分断しようとする動きが強まっているの」


続いて、リノンが鋭い眼差しで、分厚い帳簿を激しく机に叩きつけた。


「経済面も、もはや一刻の猶予もありません。主要な穀物問屋が、示し合わせたように投機的な抱え込みを始めました。今朝だけでパンの値段は昨日の三倍に跳ね上がり、市民の間には明日の食事さえままならないという恐怖が広がっています。……信仰を盾にしながら、その裏でこれほど露骨な市場操作を仕掛けてくるとは。持続的な商流や兵站を理解せぬまま、ただ強引に市場を揺さぶり、短期間でスターレに深刻な打撃を与えようとしている。商売の本質を無視した、速攻で粗暴な策です」


七年前、叔父に両親の命と商会、さらには自身の貞操までも奪われそうになった絶望の地獄。そこからリノンを救い出したのは、当時親友のミーナから「腕はいいけど、とびきりのろくでなし」と紹介されたガルハートだった。以来、彼が時折ポツリと漏らす「情報の流れを掴まねぇ商人は、干上がった川の魚と同じだぜ」といった金言の数々は、ことごとくが商売の本質を突いた正鵠であった。


ガルハートの教えに従って、ミーナが運んでくる膨大な「ネタ」を精査し、その助言を経営に取り入れる。その積み重ねこそが、ゴールドバーグ商会を短期間で王国屈指の規模へ飛躍させた原動力であった。


そして、その判断の材料となる情報を供給しているのが、ミーナである。彼女が看板娘を務める「赤い月亭」は、単なる街の酒場ではない。曾祖父の代から百年近い歳月をかけて築き上げられた「広域酒販ネットワーク」の拠点なのだ。


「曾祖父が樽を転がし始めてから四代目。うちが扱う酒のルートは、そのまま大陸の裏動脈よ。……酒が流れる場所には、必ず本音が落ちる。誰がどこで、何のために動いているか。公文書に載らない『真実』を繋ぎ合わせるのが、四代目を継ぐ私の仕事」


ミーナが不敵に微笑むその背後には、他国にまで網の目のように張り巡らされた、民間最強の諜報網が存在していた。さらに「赤い月亭」は、スターレ家の酒保商人として王国の公的補給網にも組み込まれている。民間の諜報拠点であると同時に、兵站を支える公式の窓口でもあるため、流通情報は行政の記録よりも早く現場に届く。だからこそ、行政が報告をまとめる前に、周辺諸国の異変を察知できたのだ。


「ですが、我がゴールドバーグ商会も、ただ手をこまねいているわけではありません。北と東を囲む地母神教圏の三カ国――『サングリア聖王国』『ロメロ公国』『アルジェント騎士領』。これらはいずれも一斉に関税を引き上げ、物理的な封鎖を始めています。ですが、西側の小国**『自由都市連合ルナール』だけは動いていません。あそこは議会民主制で、周辺で唯一、地母神教を国教と定めていない国です。……商会のルナール支店を拠点に物資を集約させ、『ルナール産』のラベルに貼り替えてスターレに流し込む。いわゆる迂回貿易で、狂信者共の妨害を破る。これが現状、最善の策かと存じます」


「……ガハハ、なるほど。だがな、リノン。それだけじゃあ、お利口な王都の連中を黙らせるには足りねぇぜ」


部屋の隅で茶を啜っていたガルハートが、重い腰を上げた。その瞳の奥には、大陸全土を俯瞰するような、「鳥の目」が宿っていた。


「いいか。今回のアルカディアのやり方は、典型的な『短期決戦』の強請ゆすりだ。三カ国を煽って関税を吊り上げ、物資を止め、スターレの民を飢えさせる。そうすりゃ、腹を減らした領民は領主を恨み、王国全土の貴族どもは『スターレ家が余計な揉め事を起こしたせいで、俺たちの贅沢品が届かない』と騒ぎ立てる。……奴らの狙いは、この国内の不満を燃料にして、この街を政治的に孤立させ、折ることにある。自分たちの手を汚さず、ライナル王国の内側からスターレ家を突き上げさせて、言い分を通そうって寸法だ」


「宗教的権威を振りかざす連中は、こういう『信仰を盾にした嫌がらせ』には長けているが……ガハハ! 経済の回し方となると、途端に算盤そろばんが甘くなる」


ガルハートは、鋭い眼光で地図上の国境線をなぞった。


「奴らは、信仰があれば民は霞を食ってでも戦えると本気で信じているらしい。だがな、実際には兵站も商流も、信仰だけじゃ維持できねぇんだ。こいつら三カ国そろえば、こちらの倍規模の経済圏だが、一国単位で見りゃあ、サングリアもロメロもアルジェントも、この国の市場にぶら下がってる小粒な連中だ。最大の上客である俺たちへの輸出を止めて、一番困るのは実はあいつら自身の商人なのさ。アルカディアは短期でスターレが折れると踏んでるが、こっちがビタ一文折れずに長期戦を構えりゃあ、一ヶ月も経たねぇうちに周辺国の商人どもが、真っ先に自国の議会に石を投げ始めるぜ」


ガルハートは不敵な笑みを浮かべ、盤面の駒を一つ進めるように机を叩いた。


「だからこそだ。ただ耐えるんじゃねぇ、『ルナールをライナルの正当な補給港』に指定して、王都の腹ペコどもに極上の物資を流してやるのさ。関税を上げた三カ国を経済的に『村八分』にし、ルナール経由の物資をスターレが完全に管理する。飢えかかった王都の連中に恩を売り、連中の胃袋をこっちのパンで握っちまえば、王国内部からの突き上げはピタリと止まる。それどころか、ライナル王国自体が自分たちの食い扶持を守るために、スターレを全力で支持せざるを得なくなる。そうなれば、市場を丸ごとルナールに奪われる形になる周辺三カ国は、自分たちが張った経済封鎖の網に自分で首を絞められることになる。奴らが慌てて関税を下げて、土下座してくるまで、たった一ヶ月もかからねぇよ」


「待て、ガルハート」


オルトが鋭く指摘した。彼は清廉な武人であると同時に、かつてはエレンと共に教国の懐深くへも踏み込んだ元外交官である。国家間のパワーバランスと国内法の限界を熟知する彼は、即座にその懸案を口にした。


「ルナールを『王国の正当な補給港』に指定するなど、一領主の私にできることではない。それは王都の専権事項だ」


ガルハートは不遜に鼻を鳴らした。


「領主様、まともに正面から頼み込んで許可が出るのを待つ気か? そんなの、あいつらが算盤そろばんを弾き終わる前にこっちが干からびるぜ。いいか……『事後承諾』させるのさ」


オルトは目を細め、隣に座るエレンと視線を交わした。エレンが小さく頷く。それだけで、元同僚でもあるプロの外交官夫婦の間には共通の「解」が浮かんでいた。


「……いや、やり方はあるな。エレン」


「ええ。王国通商法第十七条、『非常時における領主の緊急調達権』および『暫定航路の設定権』ね。スターレを襲ったテロを『王国への宣戦布告』と定義し直せば、法的にはオルトの署名一つでルナールを臨時拠点に指定できるわ」


オルトが引き継ぐように、冷徹な外交官の顔で言葉を重ねる。


「ゴールドバーグ商会が運び込んだ物資を、スターレが『王都への緊急救済物資』として発送する。飢えかかった王都の貴族共の胃袋をこちらのパンで満たしてやれば、奴らは自分の喉元を潤すために、喜んでルナールの特例指定を事後承認するだろう。……文句を言う奴には、食いかけのパンを吐き出せと言えばいい」


「ハッ、違ぇねぇ。さすがは元お役人様だ、話が早いぜ」


ガルハートが愉快そうに笑い、鼻先を擦って知らん顔をしていたかと思うと、ふと、何か極上の「悪巧み」でも思いついたかのような、二カッとした野卑な笑みをその口元に浮かべた。彼は懐から、制御室に落ちていた『氷のこおりのはて』の遺留品――白銀の光沢を放つ、精緻な装飾の施された護符を取り出し、もてあそぶように卓上へ放り出した。


「いいか領主様。こいつは地母神教の教えを説くことを許された、一握りの高僧だけが身につける『銀の護符』だ。坊様から説法を受けたことのある奴なら、お目にかかったことが絶対ある地母神教の法具だぜ。こいつは流通なんてしねぇ、持ち主のありがたい法力と紐付いてるって噂の唯一無二の代物よ」


ガルハートは、猫が鼠を追い詰めるような愉悦に満ちた目でオルトを見た。


「……そんなもんが、もし『街を焼こうとした放火現場』の燃え残りから見つかったら、向こうの連中はどう言い訳するかな? あいつら全員、俺が吹き飛ばした拍子に強制転移でどこかに逃げ帰りやがった。ミーナに調べさせたが、寺院にも街中にも高僧クラスの連中は見当たらねぇ。つまり、現場ここにゃ一人も残ってねぇんだ。……奴らが戻ってきて『そんな所に置いた覚えはない』と弁明するより早く、この『高僧の証』がテロ現場で見つかったと世界にバラ撒いちまえば、事実はひっくり返せねぇ」


「……証拠を、捏造ねつぞうするのか?」


オルトが眉をひそめた。その清廉な性格が「濁った手段」に拒絶反応を示すが、その視線はガルハートが掴んでいる「冷徹な正解」――高潔な敵の退路を断つための、最も確実な毒を、一刻も早く引き出そうと凝視していた。


「『事実』なんてなぁ、後から歴史家が書くもんだ。領主様、今必要なのは……奴らを外交の断頭台へ引きずり出すための、言い逃れできない泥を塗ることだ。奴らは『神意』のためなら道徳を捨てるが、その分、世俗の『汚れ』には滅法弱い。身に覚えのないテロの証拠品を突きつけられりゃあ、潔癖な高僧さまほど、その弁明に追われて足が止まる。その隙に、外側から干し殺すのさ」


「了解よ、ガル。街中の噂は書き換えてやるわ」


ミーナが力強く頷いた。広がり続けるデマという「伝染病」に、特効薬という名のさらなる猛毒を注ぎ込む。曾祖父から四代続く「赤い月亭」のネットワークを通じて、まずは「単なる不運な事故」へ。そして次には「高僧が起こしたテロ」へと塗り替える。真実を加工することなど、彼女には造作もなかった。


「サングリア、ロメロ、アルジェントの三カ国から物資をルナールに集める手配と、ルナール議会への調略をすぐ始めるよう、支店に打診します。……あちらが算盤を弾き始めた時、ガルの言う『証拠品』が、奴らの退路を断つ決定打になるでしょう」


リノンもまた、冷徹な商人の顔で追随する。

セーラは、刻一刻と塗り替えられていく「盤面」を前に、呼吸をすることさえ忘れていた。


脳裏をよぎるのは、幼い頃に何度も指でなぞったおとぎ話の挿絵。困った時にどこからともなく現れ、知恵を授けてくれる愛らしい「金のフクロウ」の姿が、目の前で下卑た笑い声を上げながら脇腹を掻く男と重なり、無惨に歪んでいく。


(あのお話も、本当はこんな風に、誰かの人生を算盤そろばんで弾き、聖者の名誉をドブに捨てて作られたものだったのかしら。……金のフクロウも、本当はちっとも可愛らしい救世主なんかじゃなかったのかもしれない……)


大好きだった無邪気な思い出が、目の前のガルハートという「現実」にどんどん塗りつぶされていく。歴史学者としての知性が、この「捏造と経済戦」こそが伝説の真の姿なのだと非情にも理解してしまい、少女時代の夢を裏切るような肯定感を突きつけてくるのだ。あまりに「正しい」歴史の作り方を目の当たりにしたセーラは、あまりのショックに頭を抱えてうずくまりたい衝動を必死に堪えていた。


そんな娘の、今にも泣き出しそうな懊悩をよそに、母エレンが外交官の冷徹な顔で新たな書簡を広げた。


「……みんな、追加の報告があるわ。アルカディアから、妙な打診が届いているの。今回の騒動に関わったすべての人間と面会したい……特に、直接戦闘に加わった者から真偽の聞き取りをしたい、と。シルヴィさんの身柄よりも、その『面会』そのものに異様な熱意を感じるわ。会話の内容からは、こちらの非を突くことよりも、誰かを探しているような……執念に近い何かを」


会議室の空気が、一気に凝固した。ガルハートの瞳が、わずかに細まる。


「……なるほどな。身柄確保が目的じゃねぇ。いいぜ、受けてやろうじゃねぇか、領主様。ただし、場所はこっちで選ぶ。奴らの胡散臭い術が使いづらい、人目の多い公の場だ」


ガルハートが断言し、最後に卓上の銀の護符を指先で弾いた。


沈黙が流れる。捏造という、本来ならば騎士道から最も遠い「毒」を盛るという提案。オルトは目を閉じ、深く息を吐き出した。その胸中にはまだ、清廉な武人としての抵抗がくすぶっている。だが、彼は目を見開き、迷いを断ち切るように短く頷いた。


「……承知した。民を飢えさせ、不当な汚名を着せようとする者に、もはや騎士の礼節など不要。ガルハート、その『毒』……私が預かろう。全てはスターレを守るためだ」


領主の重い言葉が、正式な「決定」として部屋に響いた。その決断を見届けたガルハートが、口角を吊り上げる。


「決まりだな。……さぁて、リノン。迂回貿易の準備を急がせろ。『情報』と『経済』、この両輪が揃わなきゃ、この戦は勝てねぇからな」


ガルハートの即断に、異論を挟む者はいなかった。

リノンによる「経済」の掌握。ミーナによる「情報」の操作。そして、ガルハートによる「捏造」という名の逆転劇。


白銀の領主館で、アルカディアという巨人を引きずり倒すための、最も「正しくない」勝利への算段が整った。


いつもご愛読いただいありがとうございます。

月、水、土曜 18時の週3回投稿になります。

月水土曜はガハハの日 お忘れなく。

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